エピローグ
「嘘だ! これはイカサマに決まっている!」
「ずいぶん失礼なことをおっしゃいますね」
「どう考えたっておかしいだろう!? どうしてこんなに俺が負けるんだ!」
「簡単ですよ。あなたが不運だった。それだけです」
「だがこんな……こんなゲームで全財産を失うなんて馬鹿げている!」
「その賭け事に全財産を賭けたのはあなたです、ヘイク・プレスト伯爵」
ヘイクは目の前に座って、テーブルの上のカードをすばやく切る相手を怒鳴りつけた。
少し前までは調子よく勝っていたのだ。
それがちょっとばかり負けが続き、先ほどの勝ちを取り戻そうとゲームを続けた結果、ヘイクは父親から譲られた全財産を賭ける羽目になってしまった。
頭を抱えるヘイクを、周囲の男たちが同情や愉悦を含んだ目で見ている。
「父さんにどう説明すればいいんだ……。妻にだって……」
「お父君に頼んで資金を出してもらえばどうですか? 領地は適正価格でお売りしますよ?」
「何が適正価格だ! それは私のものだぞ!?」
「いいえ。今は私のものです。取り戻したければ賭けを続ければいい。ただし、今のあなたに賭けられるものが残っているのならですが?」
高齢の父親に甘やかされて育ったヘイクは、今までいつも父親に尻拭いしてもらっていた。
勢いに任せて婚約破棄を宣言したあの後も、シャルロットやエクフイユ伯爵夫妻だけでなく、国王に無許可の婚約解消を謝罪し、受け入れてもらっていたのだ。
そしてほんのひと月前、先代プレスト伯爵は息子が結婚したことで肩の力が抜けたのか体調を崩し、爵位や領地など諸々を息子に譲って別邸にて隠居することにしたのだった。
ヘイクは震えながらも考えていた。
確かに父親名義の財産ならまだある。
王都の屋敷や少しばかりの土地、それ以外に母親名義の財産もあるのだ。
「……屋敷を担保に――」
「それはあなたの財産ではないでしょう。賭け事は借金をしてまでするものではありませんしね。遊びなんですから。お父上に許可を得てからにしてください」
そう言い残して男はテーブルを去っていった。
後の手続きは代理人に任せればいい。
男はライツェン王国を拠点として世界中に手を広げている商会の代表だった。
商会はここ十年ほどで急成長を遂げており、彼は〝ライツェンの錬金術師〟と呼ばれている。
どうやってそれほど成長することができたのかと誰かが質問したとき、彼は「幸運な出会いがあったからだ」と答えたらしい。
この後、ヘイクの代になってプレスト伯爵家は瞬く間に没落していくのである。
またプレスト伯爵領地は、その行く末を心配する隣人のエクフイユ伯爵たちのために、娘婿のハルツハイム公爵が購入することになった。
こうしてハルツハイム公爵夫妻は末永く幸せにくらしたのでした。~めでたし、めでたし~。
――って、おかしいだろ。
いったい何人の不幸の上に幸せが成り立ってんだよ。
まあ、他のやつらは自業自得だが、俺に関しては完全に被害者。
何で俺は未だにこき使われてんの?
それはね、敵が増えたからだよ!
ってか、公爵があのピクニックの事件を機に色々はっちゃけちゃったせいで、恨みを超高価格で買い取りしたわけ。
それで奥様を狙うアホどもが増えたってわけ。
狙うなら公爵にしろ。そしてさっさと殺れ。
あとさ、奥様に護衛いるかな?
正直、俺いらねんじゃね?
だってさ、あのピクニック――森で襲われたとき。
俺が三人倒してる間に奥様は自分に襲いかかってきたやつを隠し持ってたナイフでグサリ。
似たもの夫婦かな。
で、きちんと致命的な急所を外しつつ痛みで動けなくなるところを狙うなんて、凄腕の暗殺者か何かですか?
小さい頃から剣の稽古をしてたのは知ってたけど、あんな手練れになってるとか思わねえだろ。
しかも実践経験はなかったはずなのに。
あれか。猪に狙われたことがあったけど、あの経験が活きたのか?
返り血を浴びても平気だったのは、常日頃から獲物を捌いていたからか?
それに、あの娘に襲いかかった男――従僕だったらしいが、あいつは茂みに隠れていたときに毒蛇を刺激して噛まれたらしい。超間抜け。
それを見た奥様はすぐさまその毒蛇の頭を踏みつけて殺し、パニックになる男を殴って気絶させたんだからビックリ。
動くと毒の回りが早くなるからって照れ笑いする奥様に戦慄したよ。
俺が見守っていた十二年間は何だったの?
ちょっとお転婆で破天荒だとは思ってたけど、想像以上だったな。
最近では『狂犬令嬢』改め『凶暴夫人』って陰で呼ばれてる。
それを知った奥様が面白がって笑ってるからこそ、そいつらは生きていられるんだけどな。
公爵は怒ってたからな。
まあ、とりあえず公爵と奥様はやべえ者同士、お似合いなのは間違いない。
というわけで、どうぞ幸せに暮らしてください。――俺と関係ないところでな!