シャルロット:綴じ蓋
しまったわ。
素敵な蛇の皮を得ることができて喜んでいたけれど、それどころじゃなかった。
そもそもこの状況ってどう考えてもドン引きしかなくない?
返り血がついた泥だらけのドレスを着た妻が、毒蛇の死骸を嬉しそうに持っているなんて。
「そこに置いて大丈夫かい? 何か入れる袋があればよかったね」
「いえ……あ、では手提げ袋に入れておきます」
いえ、これも怪しいわよね。
死骸をそっと丸めて座席の隅に置いたけど、レオンはすぐに気付いて気遣ってくれた。
だから手提げ袋に突っ込んだものの、入りきらなくてしっぽがはみ出てる。
それなのにレオンはにこにこしてくれるなんて。
やっぱりレオンは神様の化身かしら。
「あの、今日はお騒がせして申し訳ありませんでした」
「謝らないで。シャルロットは何も悪くないんだから。まあ、心配はしたし、あいつらには怒りを覚えるけど、シャルロットが無事だったんだ。それが一番だよ」
「……幻滅はしていませんか?」
「幻滅?」
「ええ。こんなに泥だらけになって、蛇まで摑んで喜ぶ妻なんて……」
「馬鹿なことを言わないでくれ、シャルロット。そんなことあるはずがないよ。シャルロットの喜びが私の喜びなんだから。どうかこれからも好きなことをして私を喜ばせてほしい」
「レオン……」
ああ、もうダメ。
こんなに素敵な夫を相手に気持ちを隠しているなんてもう無理よ。
「あのっ――」
レオンの手を握ろうとしたけど、泥と血とたぶん他の何かの汁もついて汚れた手袋に気付いた。
危ない。これはさすがに引かれるわ。
「シャルロット? まさかどこか痛むのか?」
「い、いえ! 違います!」
痛むのは心です!
ああ! やっぱり無理!
この衝動を抑えられない!
急いで手袋を外してぽいっと投げて、驚いているレオンの首に腕を回して引き寄せた。
あれよ、あれ。
きっと私はもう発情期に入ったのよ。
これはそのせい。はしたないとかどうでもいいわ!
えいっとレオンの唇に唇を重ねる。
前回は一瞬だったけど、今回はもう少し長く……!?
え? んん? えええっ!?
レオンの腕が私の背中に回って……これは抱きしめられているみたい。
というか、頭を押さえられていて唇が離せない。
息が……あっ、離れ……んん!
「っ、レオン……私……」
どうしよう。息をするのが精いっぱいで頭が回らない。
何をしようとしていたんだっけ?
えっと、えっと、レオンとの距離が近すぎて、というかほとんどなくて、もう!
「つらい!」
「え?」
「レオンが好きすぎてつらいです! 好き!」
言った。言ってしまった。
抱きついてしまったのは恥ずかしすぎて顔を見れないから。
このまま抱きついていれば、レオンは私のもの。
幸運なことに、その気持ちはバレなかったみたい。
レオンが私をさらに強く抱きしめてくれた。
どうしよう? 嬉しいけど恥ずかしくて、どうすればいいの?
「……シャルロット」
「ひゃい!」
ああ、変な返事になってしまった……。
それなのにレオンは笑ってくれる。その声が直接体に響いてくすぐったいわ。
「ああ、好き。大好き」
「うん。……ありがとう」
「え? 声に出てました!?」
何という大失敗。
驚きすぎて慌てすぎて勢いついて、レオンの腕の中から離れてしまうなんて。
こんなに間近でレオンの神々しいお顔を目にして冷静でなんていられない。
まあ、その唇にキスしたばかりだけど。
って、考えたら余計無理!
「シャルロット、どうか目を逸らさないで」
「で、ですが……」
恥ずかしすぎてどうしても目を合わせられないんです。
そう言えればいいのだけれど、できなくておろおろしているうちに、レオンが両手で私の頬に触れた。
「シャルロット、ちゃんと私を見て」
これ以上は逆らえない。
おそるおそる目を上げると、レオンは嬉しそうに微笑んでいた。
「レオン……?」
「私はシャルロットが大好きだ。愛している」
「愛し――!?」
レオンの告白を私がのみ込む前に、キスをされてしまった。
待って。頭が追いつかないの。
レオンが私を好きだと言ってくれた。
それどころか「愛している」とまで。
夢じゃない? 夢かもしれない。
だって、キスまでしているなんて!
「やっと……やっと言えたよ。ずっと気持ちを伝えたかった。だけど初めて好きだと言ったとき、シャルロットは驚いていただろう? それに信じられないようだった。だから信じてもらえるようにしようと、それまではもう言わないでおこうと思っていた。それなのにシャルロットと一緒に過ごせば過ごすほど好きになっていって、口にしないでいることがつらかった」
「レオン……」
そんなに想っていてくれたなんて嬉しすぎる。
いったい私のどこが好きなのかわからないけれど、もう細かいことはいいわ。
私はレオンが好き。レオンは私が好き。
夫婦にとって一番大切なのはお互いの気持ちだと思うの。
「私たち、両想いなんですね?」
「嬉しいことにそうだね」
「では、あとは夜の営みですね?」
「ん?」
「レオンの発情期はまだですか? 私はもう入ったみたいです」
「んん?」
「来年の春には子どもを授かれるといいですね!」
レオンにプロポーズされたときには驚いて、勢いで受けたときには不安だった。
それがまさかこんなに幸せになれるなんて。
式場でレオンを目にしたときには神様が現れたのかと思ったけれど、それは間違いではなかったみたい。
だってレオンは私にとって最高に素敵な存在なんだもの!