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レオン:破れ鍋

 

 シャルロットがあの無礼な娘と森のほうへ散策に向かうと、あいつから火急の知らせがあったのは私がモレット平原に到着したときだった。

 もうすぐ一向に合流できるところだったが、行先を急ぎ森へと変える。


 普段ならそれほど焦りはしないが、あいつの知らせには森に不穏な気配があるとあった。

 この急なピクニックを思えば、もっと警戒しているべきだったのだ。

 己の判断力の甘さ、驕りが悔やまれる。


「いやあぁ! 助けてえっ!」


 くそ! 娘の悲鳴だ。

 シャルロットはどこにいる!?

 どうか無事でいてくれ!


「閣下!?」

「お前たちは迂回しろ!」


 悲鳴が聞こえたのは森に入ってすぐ――あの木立の向こう側。

 馬で駆けこむのは危険だとわかってはいるが、今は馬が怪我をしなければそれでいい。

 従者たちに無理をさせるつもりもない。

 木立の間からは男たちの悲鳴も聞こえてくる。

 あいつが応戦しているのか?

 声が聞こえるのはほんのわずか先のはずなのに、今はやけに遠く感じた。


「シャルロット――っ!?」


 ようやく遊歩道へと出た私はシャルロットを捜してあたりを見回し……状況把握に少々時間を要してしまった。

 男が五人倒れており、そのうちの一人の男の傍にシャルロットが膝をついている。

 他の四人は動けなくなっているが、致命傷ではないようだ。


「公爵さまぁ! 助け――っ!?」

「邪魔だ」


 馬を下りると邪魔が入ってきた。

 一刻でも早くシャルロットの許へ行きたいのに煩わしい。

 あいつもシャルロットの傍に屈みこんでいるが、いったい何をしているんだ?

 さっさとこの危険な場所からシャルロットを連れ出すべきだろう。


「シャルロット、大丈夫……なのか?」

「閣下、大変です。この方が毒蛇(マブラ)に噛まれてしまって……」

「……そうか」


 冷静になれ。

 これはただの毒蛇の死骸だ。

 おそらくこの男を噛んだであろう毒蛇が、頭を潰されて死んでいる。

 ただ、シャルロットは毒蛇の死骸がすぐ傍にあっても気にならないらしい。

 それはそうだ。生け捕りするくらいの度胸があるのだからな。


 とにかくシャルロットが無事ならそれでいい。

 そして慈愛の女神なシャルロットは放っておけばいいものを男を助けようとしている。

 男は気絶しているようだが、毒蛇に噛まれてこんなに早く意識を失うものだろうか。


 男の足を縛っている紐はどこから出てきた?

 ジョン(偽)が男のズボンを裂き、シャルロットが何かの軟膏を手提げ袋から取り出している。

 なるほど。よくわからないが準備がいいな。さすがシャルロットだ。


 それにしてももったいない。シャルロットの慈愛をこんなやつに分け与える必要はないだろう。

 お前はさっさと状況を説明しろ、とジョン(偽)に視線で命じる。


「旦那様、私はやつらを捕縛しますので、奥様の手伝いをなさってください」

「……わかった」


 逃げたな。

 だがまあ捕縛は必要なので仕方ない。

 ようやく私の従者たちもやってきたようだ。


「……シャルロット、いったい何があったんだ?」

「それが……ルニア様と散策をしていると、この人たちが茂みから飛び出し襲い掛かってきたのですが……」


 うん、わかった。

 このままこいつを殺せばいいんだな。


「レオン! 首を絞めてはダメです! 膝の上を軽く縛ってください」

「いや、こっちのほうがいいんじゃないかな?」

「ダメですよ。きちんと法の裁きを受けさせないと」

「それもそうだな」


 さすがシャルロットだ。

 簡単に楽にさせては罰を与えたことにならないからな。


「ジョンがあっという間に三人も倒してくれたんです。すごいですよね!」

「たったの……いや、あと二人は?」

「私もどうにか応戦して一人を倒すことができました!」


 うん、可愛い。

 満面の笑みで報告してくれるシャルロットは天使だな。

 ドレスについているのは返り血だと予想したが、正解だったか。

 それで、シャルロットのドレスにずうずうしくも血を付着させたやつはどいつだ?


「すごいな、シャルロット。どいつもシャルロットより体もかなり大きいのに」

「体格差はそれほど問題ではありませんでしたから」


 うん、可憐。

 照れ笑いとか、私の心臓を止める気かな。

 しかも話しながらも手際よく処置できるとか天才。


「や、野蛮よ! あの人、私のことを突き飛ばしたのよ!」

「あー、そうでしたね。すみませんでした」


 うん、最高。

 あの煩い娘に謝罪しているのに気持ちがこもっていない。

 ふてぶてしいシャルロットとか蠱惑的だな。

 あの娘は本来なら今すぐ目の前から消すべきだが、シャルロットの新しい一面を見ることができたので勘弁してやろう。


「――奥様はお嬢様を助けられたのですよ。でなければ毒蛇に噛まれていたのはお嬢様のほうだったのですから」

「そ、そんなこと……」

「そもそも、こいつらとお嬢様は面識があるようでしたね?」

「し、知らないわよ! 私はただ、あの人を脅かしてやりたいって従僕に頼んだだけよ!」

「へえ? それが彼ですか? だが、彼は奥様だけでなくお嬢様も攫うつもりだったようですね?」


 シャルロットを攫う? 私からシャルロットを奪う?

 なるほど。こいつらには首謀者を教えてもらわねければならないな。

 代わりに本当の幸せというものを教えてやろう。

 死んだほうが幸せだということをな。


「それで……」

「シャルロット? ショックなのがわかるが、シャルロットが心を痛める価値もない――っ!?」

「きゃあああ!」


 小さく呟くシャルロットを見て、あの娘の蛮行なる愚行に傷ついていると考えた私が愚かだった。

 シャルロットは足元に横たわる毒蛇の死骸を摑んで立ち上がると、あの娘に向けて投げつけたのだ。

 戦女神降臨だな。


「だから森は危険だと言ったでしょう!?」


 ああ、これぞ私の愛するシャルロットだ。

 問題はそこではないが、それもいい。


「シャルロット、色々あって疲れたろう? 後の始末はジョン(偽)たちに任せればいいから、屋敷に戻ろうか?」

「ありがとうございます。ですが……」


 どうやら騒ぎを聞きつけて皆がやってくるようだな。

 そんなものシャルロットが気にしなくてもいいのに。


「これはいったいどういうことですか!?」

「お母様、助けて! 公爵夫人が私にへ毒蛇を投げつけてきたの!」

「まあ!」


 この状況でそんなことをほざけるなど、あの娘はどれだけ厚かましいんだ?

 蛇よりも先に土に還してやろうか。

 その考えがシャルロットに伝わったのかもしれない。

 シャルロットは私の腕を掴むと、微笑みながら首を横に振った。

 慈愛の女神降臨だな。


「アレッシ伯爵夫人、素敵なピクニックでしたのに、このような騒ぎになって驚かれたでしょう? 私も驚いておりますわ。あなたのお嬢様の愚かさに」

「……何ですって?」

「何の装備もなく無防備に森に入るだけでも愚かですのに、私を驚かせようとした結果がこの騒ぎです。私が攫われでもしたら、このピクニックの主催者であるあなたのお家は責任を問われることになったでしょう。それどころか、お嬢様はご自分にまで害が及ぶところでしたのに、反省もなければ恐れることもないようです。そして怖いと嘆いたのが、こんな蛇一匹の死骸だなんて。失礼ですけれど、ルニア様は本当にお馬鹿ですね」

「なっ、なっ……何てことを……」


 ヤバい。マジでヤバい。

 私の妻が最高すぎる。

 高慢なアレッシ伯爵夫人は娘とともに顔を真っ赤にしながら言葉に詰まり、周囲の女性陣は唖然とし、ぽかんと口を開けている者までいる。

 こんな滑稽な場面に居合わせられたなんて僥倖だ。

 ここまで楽しいという感情を抱くことができるなんて。さすがシャルロットだ。


「実際、攫われてはいないが事件は起こった。アレッシ伯爵夫人、この責任はしっかり追及するつもりだ。しかしそれは後だ。私の妻が疲れているようなので、今日はこれで失礼させてもらう」

「そ、そんな……」

「さあ。帰ろう、シャルロット」

「はい」


 ようやく事の重大さを理解したらしい伯爵夫人たちを置いて、シャルロットを馬車へと連れていく。

 我が公爵家の馬車はすでに森の出口で待機していた。

 当然の機転ではあるが、後で御者たちには褒美をやろう。

 今は一刻でも早くシャルロットに休んでもらいたいからな。


 馬車に乗り込んだところで、シャルロットは大きく息を吐き出した。

 やはり疲れているのだろう。

 本当は話しかけるべきでないことはわかっている。

 だから訊きたいことは色々あるが、一点だけ質問させてもらおう。


「……シャルロット、その毒蛇の死骸はまた酒に漬けるのかな?」

「いいえ。これはすでに死んでいますし素敵なマダラ模様をしてますから、皮を剥ぐつもりです」


 うん。皮を剥ぐのか。

 さり気なく毒蛇の死骸を拾ったことには気付いていたが、皮を活用するつもりだったんだな。

 とりあえずシャルロットが嬉しそうなのでよしとしよう。



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奥様さいっこーw
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