シャルロット:図書室
今夜はいよいよではないかしら?
だって、レオンは私を抱きしめてくれたし、舞踏会を早めに抜け出そうなんて、そういうことだと思うの。
馬車の中でも楽しく話していたけれど、どこか緊張感のようなものがあった気がする。
発情期にはまだ早い気もするけれど、個体差があるものだしね。
どきどきしながらお屋敷に帰って部屋の前まで来ると、レオンは私の頬にキスをした。
まだ廊下なのに!
なんて思っていたら、「おやすみ」って。
え? それだけ?
私の期待は無駄だったみたい。
発情期はまだだったのね。
でも近づいているんじゃないかしら?
手の甲へのキスも、頬へのキスもその前兆かも。
この際、よくある社交上の挨拶という可能性は省くわ。
だって、この数日間でレオンが私以外の女性に触れているのを見たことがないもの。
私に挨拶として触れてくる男性もいないけど、この国の習慣ってことはないと思うのよね。
他の人たちは挨拶に軽いキスやハグ、手の甲へのキスもしていたから。
というわけで、レオンに発情期が近づいているなら私は何か準備をしておくべきだと思うのよね。
でもお母様は私に、初めては全て旦那様に任せればいいっておっしゃていたわ。
アリーナも時機を待てばいいって、それってかなり受け身じゃない?
初めての女性は受け身だとしたら、慣れている愛人が圧倒的有利じゃないかしら。
もうすでに負けている気がするわ。
戦わずして負けるなんてあり得ない。
このまま勝負のテーブルにも着けないのは嫌よ。
だとしたら、やっぱり戦うしかないわね。
幸いこのお屋敷には立派な図書室があるから、発情期について書かれた本があると思うの。
人間のはなくても、少なくとも家畜のはあるはず。
人間も家畜も突き詰めれば同じ生き物。きっと大丈夫。
勝負は明日から! 体力勝負になるかもしれないし、今夜はもう休まないと。
――って、あれこれ考えながらベッドに入ったせいか、いつもより寝付きが悪かったみたい。
もう朝だわ。
今日のレオンはお仕事に行くから、少し早めの朝食なのよ。
寝不足ではあるけれど、起き出して支度をする。
できるだけ美しく装って、レオンの気を引かないと。朝食の部屋へと行くと、レオンはすでに席について待ってくれていた。
「お、おはようございます、レオン」
「おはよう、シャルロット」
ああ、眩しい。
爽やかな朝日に照らされた部屋の中で、レオンが一段と輝いて見えるわ。
それなのに私は神々しいまでのレオンを誘惑することを考えているなんて。
ええ、そうよ。それの何が悪いの?
だって、私たちは夫婦なんだもの。
レオンの発情を促すためなら、私は誘惑のダンスだって踊ってみせるわ!
「昨夜は遅くまで起きていたみたいだね? 何か心配事でもあるのかな?」
「え? 顔に出ていますか!?」
「いや、いつものように美しいよ。ただ……」
「何かありますか……?」
「その、ジャンだよ。ジャンが侍女から聞いたそうだ」
「そうだったんですね」
よかった。
寝不足がわかってしまう何かがあるのかと思ったわ。
確かに侍女のマリアにはあまり眠れなかったって支度のときに愚痴ってしまったのよね。
使用人同士が情報共有しているのは知っているけど、ずいぶん伝わるのが早いのね。
ひょっとして二人は付き合っているとか?
「ジェイですよ、旦那様。彼女から聞いたのはジェイです」
「そうか?」
「三人は本当に仲がいいのね。それに、レオンとも信頼関係があるんですね?」
「そうでもないよ」
「長く雇っていただいているだけです」
素っ気ない二人の答えが面白くて笑ってしまう。
男女の仲はよくわからないけど、ジャンたち三つ子はお互い知らないことがないくらい仲良しなのはわかるわ。
それにジャンがレオンに遠慮していないことも。
レオンは笑う私を見て、嬉しそうに微笑んでくれる。
ああ、もう。こういうところが好き。
顔がいいのも優しいのも好きなところだけれど、私のすることを楽しんでくれているのが何より一番大好き。
「今日は何をするつもりなのか、訊いてもいいかな?」
「ええ、もちろん。今日は特に出かける用事もありませんから、本を読んで過ごそうと思っています。こちらの図書室から本をお借りしても?」
「好きなだけどうぞ。そもそもここにあるものは全部シャルロットのものでもあるんだよ? 借りるなんて思わないでくれ。夫婦なんだから」
「ありがとうございます」
こんなに幸せでいいのかしら。
ひと月ちょっと前までの私が聞いたら、信じられなくて笑ったと思うわ。
それからは好きな本の話をしながら朝食を終わらせて、レオンのお見送り。
玄関でレオンは私の手を握って、また頬にキスをしてくれたのよ。
これはかなりいい兆候よね?
レオンの乗った馬車が門から出て見えなくなるまで見送ったら、さっそく図書室へ。
このお屋敷を案内してもらったときにも感嘆したけど、広くて蔵書の数も膨大なのよね。
この中からちゃんと見つけられるかしら。
司書はいなくて、レオンが全部管理しているらしいけど、さすがに訊けないもの。
「よし、頑張るわよ!」
とはいったものの、なかなか上手く見つけられないものね。
農業のコーナーにあるかと思ったけれど、家畜については領館のほうにあるのかもしれない。
かろうじて植物の交配について記述された本は見つけたけれど……まあ、念のために読んでおきましょう。
あとは……あ、これって……。
うろうろしながら書架を見ていたらふと目についた本。
確かお母様が若い頃に何度も読んだとおっしゃっていた恋愛小説だわ。
手に取ってぺらぺらとページをめくってみると、はっきりと見えた『キス』の文字。
そうよ。
今までまったく興味がなくて失念していたけれど、これぞ私が望んでいた本だわ。
恋愛初心者の私には、恋愛小説を読んで勉強すればいいのよ。
どうやらハルツハイム公爵家のご先祖様の中には、恋愛小説が好きだった人がいるみたい。
タイトルから察するに、この書架の二段が恋愛小説のようね。
比較的新しいものもあるようだけど、まさかレオンが……なんてことはないか。
ご親戚の誰かかも。
ひとまず、この『真実の中の愛』と『出会いは舞踏会』は聞いたことがあるから、これにしましょう。
さてと。今日は一日読書に耽るわよ。