シャルロット:夜会
レオンほど優しい人と結婚できたなんて、本当に信じられない。
蜂をティーカップで捕獲したなんて、おそらく他の男性なら怒ったと思うわ。
まあ、お父様やお兄様なら笑ってくれたでしょうけど。
とにかく、昨日の女性陣の反応を見るからに、普通は男性も良くは思わないってことは確かね。
それなのにレオンは怪我の心配をしてくれたばかりか、すごいと褒めてくれたのよ。
こんな幸運ってある?
今のところ愛人の気配もないし、本当に私は幸せ者よね。
だけどいつまでもレオンに甘えてばかりではいられないわ。
そろそろ私一人でも大丈夫だってところをこの夜会で見せないと。
夜会といえば情報交換も大切なお仕事のはず。
「――レオン、男性同士のお話などあるのではないですか? 私はレオンのおかげで知り合いも増えましたので一人でも大丈夫ですよ?」
そんなに不安そうな顔をするなんて、まだまだ頼りないと思われているのかしら?
確かに蜂捕獲の件に関してはレオンにも迷惑をかけてしまったわ。
侯爵夫人からティーカップのセットを買い取ったと先ほど聞いたときには驚いたけれど、なぜか嬉しそうなレオンを見ていると申し訳ないって気持ちが軽くなっていったのよね。
きっとレオンは私が気を遣わないようにって気を遣ってくれたんだと思う。
ほんと私ってばダメダメな嫁ではないかしら。
「シャルロットは――」
「ハルツハイム公爵夫人、昨日はありがとうございました!」
「……ウォレス伯爵夫人、エイミー嬢も、こんばんは」
これまでの夜会では話をしたことはなかったのに、こんなに急に話しかけてくるなんて。
やっぱり昨日わざわざ私を追いかけてきてまで挨拶をしてきたのは、レオンに紹介されるため?
夜会でレオンから紹介された方はそれほど多くなくて、しかも向こうから声をかけてくることは一度もなかったのよね。
ひょっとして私と結婚したことで、レオンへ近づくきっかけが増えてしまった?
少し前の私なら喜んだと思うけれど、今は嬉しくない。
レオンの『飴と鞭作戦』のためというよりも、私がレオンに近づいてほしくないから。
それでも、礼儀として紹介はしないと。
「レオン、ウォレス伯爵夫人はご存じかしら?」
「存在だけは」
「まあ! 閣下はお噂と違ってとても面白い方なんですね?」
おほほ。って伯爵夫人は笑っているけれど、レオンは本気で言ったんだと思う。
それに、明らかに興味ないって顔をしていて、安心している私は意地悪ね。
「直接お話するのは初めてですね? 私のことはヘレンとお呼びください。それに、こちらは娘のエイミー」
「公爵様、初めまして。エイミーと申します」
「……」
む、無言だわ。
レオンは不機嫌さをまったく隠していないけれど、さすがにそれは気まずいというか、まずいのではないかしら。
返事もいただけないなんて、私ならすぐに退散してしまうのに、伯爵夫人は笑顔でいられるなんて強靭な心臓の持ち主なのね。
「奥様とは昨日の侯爵夫人のお茶会でご一緒させていただいたんです。それで、お礼をまだ申し上げていなかったので、お声をかけさせていただきましたの」
「お礼だなんて、そんな……」
「あら、私たちは奥様に助けていただいたのですから、当然ですわ」
それって、あの蜂のこと?
わざわざお礼を言いに来てくれたなんて、伯爵夫人たちのことを誤解していたかも。
「昨日はすごく怖かったんですぅ。でもまさか公爵夫人があんな……」
エイミー嬢は本当に怖かったのね。
それで昨日は動転してしまったんだわ。
「あの蜂のことなら、お気になさらないでください。幸い誰にも被害が出ることがなかったのですから。あ、ですが一言だけ。蜂はむやみに騒ぐほうが刺激してしまって危険なんですよ。ですから、蜂が近づいてきたときには静かに体を低くしてそっと離れるか、じっとして遠ざかるのを待つのがお勧めです。もし運悪く刺されてしまったときにはすぐに患部をしぼりながら流水で冷やして、できれば針を抜くことが大事なんですよ」
「さすがシャルロットだ。やはり物知りだね」
「蜂は熊や猪と違って、よく遭遇してしまう生き物なので対処法を知っておいたほうがいいですから」
「熊ですって!?」
「はい」
「なんて恐ろしい! 閣下、奥様は昨日もティーカップで蜂を捕まえたのですよ!? そんな乱暴な――」
「シャルロットは毒蛇も捕まえることができるんだよね?」
「ええ、でも……」
ここでそれを言ってもいいの?
伯爵夫人もエイミー嬢も顔色を悪くしてるわ。
やっぱりこの場での話題に熊や猪は相応しくなかったのかも。
「シャルロットが生きたまま毒蛇を捕まえて、あんなふうに利用するとは驚きだったよ」
ああ、レオンは楽しんでいるのね。
すごく真面目な顔をしているけど、今にも笑いだしそうなのがわかる。
それなら私も楽しまなくちゃ。
「きっとあの毒蛇はレオンのお役に立てると思うわ」
「楽しみにしてるよ、シャルロット」
私の冗談に、レオンは微笑んで答えてくれた。
それどころか私の手の甲に口づけるなんて。
伯爵夫人やエイミー嬢だけでなく、周囲の人たちまで息を呑む音が聞こえたわ。
私は息が止まりそう。
こんなに素敵な人が私の旦那様なんて、本当に信じられない。
ぼんやりしてしまった私は、いつの間にかレオンに連れられて別室に来ていた。
勝手に入ってもいいのかしら?
なんて不安に思っていたら、レオンがいきなり噴き出した。
「レオン?」
「最高だよ、シャルロット」
「え? 何が――!?」
レオンにいきなり抱きしめられてびっくり。
それにこんなに声を出して笑うのは珍しくてまたびっくり。
よくわからないけど、とりあえずあの対応でよかったみたい。
確かにみんな毒蛇の話くらいからポカンとしてて面白かった。
それをこうして笑ってくれるんだから、レオンこそが私にとって最高だわ。