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レオン:蜜蜂

 

「嘘だろ……」


 何ということだ。

 そのようなシャルロットの雄姿を見逃したなんて、悔やまれてならない。

 呑気に(粛清のための)仕事をしている場合ではなかった。

 やはり私がシャルロットの護衛として、傍にいるべきか。

 ああ、この目でしっかりと見たかった。


「もう一度、蜂捕獲の場面を事細かに教えろ」

「はあ……。これで四度目ですけど、ええっと……ウォレス伯爵家のエイミー嬢がティーサロンに入ってきた蜂に驚いて……あ、驚いたのは奥様以外全員っす。それでまだ距離があったにもかかわらず、奥様を盾代わりに前に押し出したんすよ」

「その娘の処遇は後で考えよう。それで?」

「さっきも言ったとおり、奥様は蜂が近付いてくると手早くテーブルからティーカップを持ち上げて、片手に持ったソーサーで蜂を叩き、落下する蜂をカップで受け止めてソーサーで蓋をしたんす。それはもう一瞬の出来事で、すごかったっすね。俺もあれと同じようにできるか自信がないっす」

「お前のことはどうでもいい。むしろ蜂がサロンに入る前に阻止しろ。そもそもエイミーとかいう娘を排除すべきだったのに、怠慢が過ぎるぞ」

「それは申し訳ありませんでしたー。けど、奥様は十分に対処できてたんすから、俺が何かする必要はなかったっすよ」


 確かにシャルロットはそれくらい一人で対処できる。

 だが守りたいという気持ちはそれとは別なのだ。


「シャルロットの天真爛漫で自然な姿が好きなのに……」

「天然で大自然の寵児って感じっすよね」

「できればすべての危険から守りたい、誰にも会わせたくない、外気に触れさせたくない、縛り付けたい、監禁したいんだ」

「いい加減、捕まればいいのに」

「これだけ我慢しているのだから、せめてシャルロットの華麗なる蜂捕獲技を見たかった……」

「そこに戻るんすね」


 しかもシャルロットは暑い中、再び庭へと出ると、蜂を優しく解放してあげたというではないか。

 天使さえひれ伏すほどの慈愛に満ち溢れているとは。


「私は蜂になりたい」

「叩かれて死ねばいいのに」


 どうすればシャルロットに特別な愛を注いでもらえるのだろう。

 私はシャルロットのためなら、蜜を集めるのも苦にならない。

 いや、やはり駄目だ。

 花から花へと飛び移るよりも、女王であるシャルロットの傍にいたい。


「頭ん中お花畑にしてるとこ悪いんすけど、そろそろ夕食の準備したほうがいいんじゃないすか?」

「ああ、もうそんな時間か。シャルロットのことを考えていると、時が経つのが早いな。しかもシャルロットと一緒に過ごしていると、瞬く間に時が過ぎ去るのだが、どうにかして時間を止められないだろうか」

「心臓止めれば楽になれるんじゃないすか?」


 今夜の夕食の席では何を話そうか。

 蜂捕獲についてシャルロットからも聞きたいが、私が話を振るわけにはいかない(なぜなら知るわけがないからだ)。

 今日の出来事として話してくれるのを待つしかないな。


 食事のために着替えをしながら、あれこれ会話のシミュレーションをする。

 この食事が終わったら、ウォレス伯爵家については早急にシャルロットの前から消そう。

 不正の証拠はもう十分にある。

 さて、どんな地獄に送りだそうか。


「――お待たせして申し訳ありません」

「シャルロット、大丈夫だよ。待ってなんていないからね」


 待たされるのは嫌いだ。

 しかし、シャルロットに対して〝待つ〟なんて感覚はあり得ない。

 どうあってもご褒美でしかないからな。


 これからシャルロットに会える、どのようなドレスなのか、髪型なのか想像するだけでわくわくする。

 表情はどうだろうか? 嬉しそうなのか、恥ずかしそうなのか、少し困ったようなのか想像するだけでドキドキしてしまう。

 シャルロットが必ず私の許に来てくれると確信が持てるだけで幸せなのだ。

 あの十二年間に比べれば、一日や二日は何てこともない。――もちろん、そんなに離れるつもりもないが。


「シャルロット、今日はどうだった? 確か、マキウス侯爵夫人の茶会に出席したんだったよね?」


 こんなふうに確かめなくても、シャルロットの予定は決まっているものはすべて把握している。

 だが、それを悟らせてしまって万が一にも監視していると思われては危険だからな。

 たとえ夫婦でも程よい距離間(があると思わせること)は大切だ。


「お茶会はとても素敵でした。異国から取り寄せたとおっしゃっていた茶葉は爽やかで、今の季節にとても合っていましたし、ドライフルーツを使ったお菓子も美味しかったです。ただ……」

「うん?」

「レオン、あの……ごめんなさい」

「なぜ謝るんだ? 誰か……何かあったのかな?」


 まさか他に好きな男ができたのか?

 報告では特に男と会ったなどはなかったが、もしかして侯爵家の使用人に好ましい男がいたのか?

 それとも単に私との結婚生活は続けられないと思ってしまったのか?

 駄目だ。それだけは許せない。


「実は、お茶会の途中で蜜蜂が迷い込んできまして、とっさにティーカップで捕獲してしまったんです」

「それはすごいね! だが、怪我はしなかったかい?」

「はい。大丈夫です」

「それならよかった。きっとみんなも喜んでくれただろう?」


 シャルロットに怪我がなかった(それはすでに確認済みだが)ばかりか、その神業を間近で見ることができたのだ。

 己がどれだけ幸運だったかを喜び、天に感謝するべきだろう。

 なのになぜシャルロットは元気がないのだ?


「それが、その……はしたない行動だったのではないかと。レオンに恥をかかせてしまうことになってしまいました。申し訳ありません」

「まさか! 皆を蜜蜂の脅威から救ったんだから褒められこそすれ、恥じる必要はないよ。それとも誰かに何か言われたのかな?」

「い、いいえ。ただ、公爵夫人として――淑女としては失格だったのではないかと思ったのです。それに、マキウス侯爵夫人のティーカップを使ってしまったので、弁償するべきかと思います」


 ウォレス伯爵親子の不当な非難は聞いている。

 さらにはその前にも許しがたい言動を取っていたそうではないか。

 それなのに二人の名前を一切出すこともなく、どうでもいいティーカップのことを心配するなど、シャルロットはいったいどれだけ心が広いんだ?

 できるならその心を独り占めしたい。


「ティーカップのことなら心配しなくてもいいよ。幸い欠けたりして……いないのだろう?」

「ええ、それは慎重に扱いましたから大丈夫だと思います」

「それなら、侯爵夫人も気にしていないとは思うが、シャルロットが気になるのなら、謝罪の手紙を送ればいいのではないかな? 私からも侯爵夫人に連絡しておくよ」


 正直に言えば、そんなものは必要ない! もったいない!

 ティーカップに傷一つついていないことも報告済みだ。

 さすがシャルロット。神業でしかない。

 だが、優しいシャルロットのことだから、心苦しいのだろう。

 ティーカップはシャルロットが蜂捕獲に使用したのだから家宝にするべき価値のあるものだが、あまり騒ぎ立てないように軽く念押ししておこう。

 そして言い値で買い取るぞ。


 

 それとも同じものを用意させてこっそり入れ替え、私の執務室に飾っておくべきか。

 侯爵夫人がその価値に気付き、手放さないということも考えられるからな。

 さっそく手配をさせよう。

 わかったな? との視線を、給仕しているやつに送っておく。

 目を逸らしても無駄だからな。


「――ありがとうございます。レオンのお手を煩わせてしまうのは申し訳ないですが、それでもお心遣いは嬉しく思います」


 うっ、またそのはにかんだ笑み。

 シャルロットは優しすぎるくらいだが、私の心臓には優しくない。

 存在が神。尊すぎる。


 うん。国一番の絵師を雇おう。

 もちろん、シャルロットの神々しさは誰にも描くことなどできないが、心を慰めてくれるくらいにはなるかもしれない。

 よし。世界中から名立たる絵師を呼び寄せることにしよう。



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