シャルロット:お茶会
「初めまして、公爵夫人。私、ウォレス伯爵夫人のヘレンと申します。こちらは娘のエイミー。ようやくお会いできましたこと、嬉しく思います」
「初めまして、ウォレス伯爵夫人、エイミー嬢。ハルツハイム公爵の妻でシャルロットと申します。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」
いくつかの夜会にレオンと一緒に出席したのに、今になって初めて挨拶するってことは要注意。
夜会では驚くほどぴったりレオンが傍にいてくれたから、こんなにあからさまに敵意を向けられることはなかった。
だけど、レオンのいないこのお茶会では好奇心を隠すこともなくあれこれ質問攻めで疲れたのよね。
そこで汗ばむほど暑くて人のいない庭に出たのに、わざわざ追いかけてきたのかしら。
「ハルツハイム公爵はとても魅力的な方ですから、さぞ素敵な女性が射止められるのだろうと思っておりましたが……ずいぶん可愛らしい方で驚いておりますのよ」
「でもママ、私より二歳も年上だわ。可愛らしいという表現は少し……」
はいはい。私はもう十九歳の嫁き遅れでしたよ。
顔だって平凡、家格もハルツハイム公爵家よりかなり劣る隣の国の伯爵家で、10回も婚約破棄されました。
だけど、そんな私をレオンは選んでくれたんだもの。
もう悩んだり傷ついたりなんてしないわ。
「夫は私に求婚するためにわざわざキツノッカ王国までいらしてくださったんです。とても情熱的だと思いません? 結婚してからの夫はとても優しくて……」
「や、優しい?」
「ママ、最初は誰だって優しいって聞いたわ」
「そうね。公爵様もさすがに気を遣っていらっしゃるのね……」
二人ともかなり失礼なことを言っている自覚はあるのかしら。
レオンが冷徹だという噂がかなり一人歩きしていることは、この数日間でつくづく理解したけれど、それにしたって言いすぎよ。
これ以上は我慢できそうにないわ。
「私はそろそろ戻りますね。お二人もあまりいらっしゃるとのぼせてしまいますので、お気をつけください」
「あら、では私たちもご一緒しますわ」
「……ええ、どうぞ」
せっかく離れようと思ったのに、どういうつもり?
でも他に人がいるところではこの二人も口を慎むわよね。
「それで、公爵夫人はいつこのような催しを開かれるのかしら?」
「……催しですか?」
「ええ。はじめはお茶会になさるのかしら? 今までずっとハルツハイム公爵家での催しはありませんでしたから、みんな楽しみにしていますのよ」
「私もすごく楽しみにしているの。公爵家には今まで誰も足を踏み入れたことがないんだもの」
そういえばそうよね。
お母様だって年に二、三回は夜会やお茶会を主催していたわ。
好きな人はもっと開催していたみたいだけれど。
公爵夫人となったからにはやはり主催するべきよね。
でも今までレオンは結婚していなかったとはいえ、催しを開いたことがないのならあまり好きではないのかも。
「……一度、夫に確認してみますね」
「まあ、そんなことで公爵様を煩わせるのですか? 夜会やお茶会の催しは妻の務めでしょう? もし準備などでわからないことがあるのでしたら、お手伝いしてさしあげますわよ?」
「ママはベテランだものね」
「まあ、エイミーったら。確かに回数は重ねて何度も成功させていますから、ご安心くださいませ」
「……ご心配くださり、ありがとうございます。ですが、私も母の手伝いを何度もしておりますし、手順は理解しておりますから大丈夫です」
婉曲に断れたわよね?
はっきり必要ないって言えたらいいけど、相手を不快にさせないっていう礼儀には賛成だもの。
たとえ相手が失礼だとしても、無自覚なのかもしれないし、やり返すのが正義でもないわ。
腹は立つけれど。
どうにか無事にやり過ごせたと思ったら、主催者のマキウス侯爵夫人が迎えてくれた。
すでに冷たいお茶を用意してくださっているところは見習わなければ。
「外は暑かったでしょう? お姿が見えなくて心配しておりましたが、ウォレス伯爵夫人とご一緒でしたのね?」
「ええ、公爵夫人が――」
「侯爵夫人、お気遣いいただき、ありがとうございます。お二人とは偶然お会いしたんです。やはりとても魅力的なお庭でしたから、暑くてもつい惹かれてしまいます」
「そのようにお褒めいただけるなんて、光栄ですわ」
なかなかうまく言えたわ。
偶然会ったということはしっかり主張しておかないとね。
ウォレス伯爵夫人とご令嬢とはあまり仲よくしたいタイプではないもの。
それにどういった方かはまだわからないけれど、レオンの足を引っ張ることだけは避けたいから。
今日の主催者であるマキウス侯爵夫人にしっかり念押ししたし、そろそろ退散しましょう。
わかってはいたけれど、観察対象にされてへとへと。
それも仕方ないこと。
冷徹だ何だって噂があったとしても、みんなレオンを狙っていたに違いないから。
それなのに、いきなり現れた私があんなに素敵なレオンを攫ってしまったんだから、何かあると思われているみたい。
しかもハルツハイム公爵に――レオンに近づく口実として私を利用しようとしている人たちもいるものね。
「マキウス侯爵夫人、今日はお招きいただきありがとうございました。私はそろそろ――」
お暇します。と言いかけたとき、エイミー嬢の悲鳴が上がった。
他の招待客からも悲鳴が上がって何かと思ったら、蜂が大きく開いた窓から入り込んだみたい。
あれは蜜蜂ね。
お庭には見事な花がたくさん咲いていたけれど、こちらまで迷い込んでしまったのね。
「きゃあ! 助けて!」
って、何で私を押し出すの!?
蜜蜂がこっちにきたじゃない!
ええっと、どうしよう!? 武器がないわ!
あ……よし!
「公爵夫人! 逃げ――!?」
やったわ!
どうにか蜂を捕獲することに成功……って、しまった。
このカップ、とても高価なものよね?
「……マキウス侯爵夫人、申し訳ありません。とても大切なカップでしょうに、その、蜂の捕獲に使ってしまうなんて……」
「蜂の、捕獲……?」
「ええ。ソーサーで叩きましたけれど、あれくらいの強さなら気を失った程度だと思います。そのまま蜂をカップで受け止めてソーサーで蓋をしておりますが、そのうち覚醒するはずです」
「か、覚醒……」
ソーサーで蓋をしたカップを持ったまま、侯爵夫人に謝罪をしたけれど、今一つ呑み込めないみたい。
弁償を求められたらどうしましょう?
このカップだけならどうにかできるけれど、カップ一式となると持参金に手を付けないといけないでしょうし、レオンに迷惑をかけてしまうわ。
そうだわ!
「絹糸を少しと小さな綿があれば、この蜂にくくりつけて蜂の巣を探すこともできますよ?」
「蜂の巣を? これ以上の蜂をどうするつもりなの!?」
「あら、蜂の巣がみつかれば、蜂蜜が取れるじゃないですか。蜂蜜はお好きではありませんか?」
いいアイデアだと思ったけれど、侯爵夫人は顔色を悪くされたわ。
やっぱりそれくらいでは、カップの弁償ができないってことかしら。
このテーブルにも蜂蜜は用意されているのに。
そう思ってテーブルに視線を落としたら、エイミー嬢が非難するような声を上げた。
「し、信じられない! なんて野蛮なの!」
「キツノッカ王国では、淑女がそのようなことをなさるの!?」
「……あまりしないですね」
でもお母様だって領地では蜂を退治せずに蜂蜜採取に利用していたわ。
だから王都ではしなくても、領地では他の女性たちだってしていたかもしれないわよね?
そもそも私はあなたのお嬢さんを助けてあげたようなものなのに、どうして責められなければいけないのかしら。
ほとんどの人は驚いているだけのようでも、中には嫌悪の表情を浮かべている人もいる。
とりあえず、この蜂を逃がしてあげないと。
「お騒がせしてしまって申し訳ありません。この蜂は遠くへ逃がしてまいりますので、どうぞご安心ください」
そのまま表に回って帰りましょう。
このことでレオンに恥をかかせてしまったのなら、夕食のときに謝罪するわ。
それから、どこまでを『好きにしていい』のかきちんと話し合わないと。
領地では毒蛇採取も許してくれたけれど、王都ではやっぱり違うかもしれないものね。
「それでは、失礼いたします」
みんなの視線が背中に刺さるけれど気にしない。
私が大切なのは評判でも社交界の人気でもなくて、レオンの気持ちだけだもの。