レオン:招待状
「おい、出てこい」
「……何すか?」
「今日、王宮でシャルロットが私に何と言ってくれたかわかるか?」
「あー。色々ありますけど、閣下のために頑張るってやつっすか?」
「なぜそれを知っているんだ? 盗み聞きしていたのか? していたんだな? 今すぐその耳をそぎ落とせ」
「ええ? 超理不尽! 俺、奥様のことを陰ながら見守ってただけっす。それが命令っすよね?」
「私と一緒のときは必要ないと言っただろう。それなのにシャルロットの麗しい声まで聞いているとは、死にたいのか?」
「長生き予定っす」
今日のシャルロットがどんなに可愛かったか、誰かに話さなければ耐えられそうになかったのだが、今は別の意味で耐えられない。
あの可愛いシャルロットの言葉を聞いていたなど、今すぐこいつの記憶から抹消したい。
それともこいつの存在を抹消するべきか。
しかし、シャルロットの可愛さについて語れるのもこいつしかいない。
なんという究極の選択。神の試練。
そもそも神はシャルロットであるからして、シャルロットからの試練ということか。
この場にいなくても私の心を悩ませるとは、さすがシャルロットだ。
「とにかく、あれっすよね? さっそく奥様宛てに茶会やら何やらの招待状が届いてるから、これからも警護を頑張れってことで俺を呼び出したんすよね?」
「だからお前は馬鹿なんだ。そんなことは当然だろう」
「じゃあ、何すか?」
「シャルロットの尊さを聞かせてやろう」
「うわ、超いらない」
何が腹立たしいかというと、万年人手不足なことだ。
そのために、こんなやつをシャルロットの傍に置かなければならない。
私が常に傍にいられればいいのだが、情勢がそれを許さないのがまた腹立たしい。
「やはり私が分身できればいいのだが……」
「生霊でもいいんじゃないっすか?」
「それでは、シャルロットを守れないではないか」
「突っ込むとこ、そこっすか? ってか、閣下なら生霊でもどうにかできそうっすけどね」
「不確定なものにシャルロットの安全は任せられない」
「論点そこじゃないっすよね?」
そもそも私が傍にいると危険な目に遭う確率も上がってしまうのが問題だ。
何より私の妻となったことで狙われる可能性が出てきた。
全て粛清してしまえば楽になれるのだが、シャルロットに知られるとまずいだろう。
「やはり人知れずひっそりと消していくほうがいいか……」
「この人、怖い。これみよがしに独り言だよ。俺、暗殺とか無理っすからね」
「お前はシャルロットを死んでも守れ。生霊だろうが死霊になろうが絶対に守れ」
「無茶振りっす」
こいつは文句を言いつつも仕事はきちんとこなす。
だからこそ今でも使っているし、この生意気も許している。
とりあえず、今のところは暗殺予定もない。
だがシャルロットの髪の毛一本でも傷つけようものなら、何人たりとも物理的精神的存在を後悔させてやるつもりだ。
その際にはこいつも使えるだろう。
「とにかく、これから――」
愚かな男どもを含めた危険がシャルロットには増えるだろうから、潜在しているすべての力をもってして守れと言おうとして口を閉ざした。
誰かが部屋に近づいてきている気配がしたのだ。
こいつも察したらしいが、すぐにその人物が誰かわかって緊張を解いた。
そう。愛しのシャルロットが今、私の部屋の扉をノックしている。
まるで天使の笑い声のようなノックの音だ。
「――どうぞ」
優しく応じれば、ジャン(偽)が噴き出す。
今はジェイ(偽)だったか? とにかく笑うな。シャルロットが驚くだろう。
「お邪魔して申し訳ありません。少しお時間をいただいてもよいでしょうか?」
「もちろん。少しだけでなく、永遠をあげるよ」
うるさいぞ、ジェイ(偽)。いい加減に呼吸を止めろ。
シャルロットが困惑しているだろう。
だが、そんなシャルロットも可愛いな。
「座って、シャルロット」
「ありがとうございます」
書斎に据えられているソファを勧めれば、ほっとしたようにシャルロットは笑って座った。
うん。すべてが可愛い。
「それで、何かあったのかな?」
「あ、はい。実は先ほどからシーズンでもないのに多くの招待状が届いているんです」
「ああ、それはおそらく皆シャルロットに会いたくて今シーズンは田舎に帰らなかったのだろう」
「そ、そうなんですか……? 緊張します」
可愛いから大丈夫だ。
そう伝えたいが今は我慢しよう。
伝え始めたら止まらない自信がある。
「それでその、どれを受けるべきか悩んでおりまして……レオンの予定を聞きたいのです」
「うん。どれでもかまわないよ。シャルロットが出席してみたいものなら何でも付き合うよ」
できれば夜会以外の茶会だの音楽会だのにも一緒に参加したいが、さすがに煙たがられるかもしれない。
ここは我慢だ。
いや、待てよ。
いっそのこと私が護衛になればいいのでは?
「えっと……では、レオンがこの中から選んでくださいませんか? 夜会はやはりレオンと出席したいですから」
にこっと笑うなんて、シャルロットは私の心臓を止めるつもりなのか。
これが心臓を射貫かれるということか。
うん。死ぬ。
恋の病とはよく言ったものだ。
確かにこれはつらい。
だがまだ死ぬわけにはいかない。
この恋を無事に成就させるまでは、そして病めるときも健やかなるときも時の流れが二人を別つまでは生きることに決めたのだから。
退屈で絶望しかなかった人生に、シャルロットが光を灯してくれたのだ。
すべてを理解しているつもりになっていた私は、ただ常識に囚われているだけだと教えられた。
わからないことは面白い。
この先の人生にまだまだ知らないことがあるのかと思うと、生きるのが楽しくなった。
「……シャルロット、私もあなたと一緒に出席したいな」
いつもは退屈極まりない夜会もシャルロットとなら楽しめるだろう。
何も変わりなく始まって終わったとしても、きっとシャルロットと一緒なだけで違ったものになる。
そう思えることだけでも、私には奇跡なのだ。