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シャルロット:結婚式


 そしてついにヘイクの結婚式当日。

 結局、私が両親と出席することになったのは、罰でもあるのよね。 

 私が決闘を申し込んだことを、あの子爵が誰かに話したせいでお母様の耳にも届いてしまったのよ。

 改めて決闘を申し込みたいくらいだわ!


 ここでわざわざ聞こえるように私のことを笑う人たちは多くいて腹が立つけれど、我慢我慢。

 〝狂犬令嬢〟の謎も解けたわ。

 何番目かの求婚者が私のことをそう呼んだらしい。

 別に呼び名くらい好きに呼べばいいわ。

 陰でしかそんなことを言えないなんて、情けない。

 私は堂々としていればいいのよ。隠れる必要なんてないんだもの。


 男なんて弱虫ばっかり。

 普段は偉そうにしておきながら、いざとなったら逃げ出す卑怯者ばかりなんだから。

 私はもう結婚なんてしないわ。ふん。


 野犬から庇ってくれるどころか、一目散に逃げ出して追いかけられお尻を噛まれたヘイクが花嫁と並んで笑っている。

 お幸せそうで何よりね。

 でも私は彼の本性を知っているから、どうでもいいわ。


 あのときだって私が急いで追いかけて、近くに落ちていた枯れ枝で必死に野犬を追い払ったのに。

 剣ではなく枯れ枝だったから怖かったけど、大切な婚約者を守らなければと思っていたのよ。

 そして振り切った枝に当たって野犬がキャンと鳴いて逃げていった途端、ヘイクが私を責めるなんて。

 弱虫で傲慢で見栄っ張りと結婚しなくて、本当に私は幸運だわ。

 

 でもそんな彼と結婚することになった花嫁を気の毒とは思わないのよね。

 彼女は私より一つ年下の男爵令嬢で、背も低くか弱そうに見えるけれど、これまた本性を知っているもの。

 舞踏会などで友人たちとこれみよがしに私を笑っていながら、男性の前では可憐さを上手く演じていたんだから、ある意味尊敬に値するわ。

 要するに、お似合いってこと。


 なんて考えているうちに、やっと退屈な式が終わったわ。

 はあ、やれやれ。

 皆が披露宴の会場に向かっているけれど、私はこれで帰ってはダメかしら。

 ダメよね。

 あとで何を言われるかわからないもの。


 式場の出口に渋々向かっていたら、人の流れに逆らってこちらにやってくる男性がいた。

 ずいぶん背が高いのね。

 それに淡く輝く金色の髪はとてもよく目立つ。


 いったい誰かしらと視線を下方に移せば、二十代半ばの端正な顔立ちに青灰色の瞳が煌めいてた。

 思わず振り向いて祭壇を見たのも仕方ないわ。

 だって、まるで神の化身のような美貌の男性なんだもの。


 そう思ったのは私だけじゃないみたいで、式場はざわめいている。

 祭壇にはぽかんと口を開けた神職者が立っているだけで、他に変わった様子はないから、やっぱり人間なんだわ。

 って、いつの間に目の前に!?


「――エクフイユ伯爵、令夫人、そしてシャルロット嬢、私はライツェン王国のハルツハイム公爵、レオンハルト・ハルツハイムと申します」


 お父様だけでなくお母様や私にまで挨拶を始めた男性――公爵を茫然としたまま見つめる。

 何が起こっているのかよくわからなくて、礼儀も忘れてしまったのは許してほしいところ。

 だけど公爵が名乗ったことで、周囲から驚きの声に包まれて、私もお父様もはっと我に返った。


「あ、は、はじめまして、ハルツハイム公爵。お噂はこの国にまでも届いております。まだお若いのにライツェン王国の宰相としてご活躍されているとか……。プレスト伯爵家とお付き合いがあるとは存じませんでした」

「いえ、プレスト伯爵のことは存じ上げません。今日はあなた方にお会いしたく参りました」


 まさかプレスト次期伯爵の結婚式で、当人たちは知らないと言うなんて大胆すぎない?

 ハルツハイム公爵は私でも噂で知っているくらいの方だけど。


 お父様がおっしゃったように、ライツェン王国の宰相としてはとても有能なのよね。

 でも目的のためには手段を選ばず情も何も感じられないから〝冷徹相〟と呼ばれているとか。

 それでもその身分と容姿に惹かれて女性たちはハルツハイム公爵夫人になろうと躍起になっているって聞いたわ。

 これは女性たちがよく夜会でしている話。

 それも最近になって立場的に国王陛下からそろそろ結婚を、と促されているらしくて、隣国の社交界でも注目されているんだもの。

 そんな人物がいったいお父様にどんなご用事かしら。


 遠慮がちに公爵様を見たら、ばっちり目が合ってしまったわ。

 やばっ……って、公爵様はすぐに目を逸らして、お父様へ視線を向けた。

 無視された気分。


「突然、このような場で不躾な申し出だとは思うのですが、お嬢様へ求婚する許可をいただきたいのです」

「……はい?」


 私だけでなくお父様もお母様も、そして式場に残っていた人たちも皆、今一つ呑み込めなくて疑問の声を上げた。

 そんな状況にもかまわず公爵様は続ける。


「伯爵のお嬢様が今日、この場で花嫁とならなかったことを私は身勝手にも喜んでおります」

「なっ……」


 公爵様の率直な言葉に驚いて声を上げたのは私だけでなく、戻ってきていたヘイクだった。

 彼とその背後にいる花嫁を見た瞬間、意地の悪い感情が私の中に込み上げてくる。

 今日は彼らの晴れの舞台。

 それが今、公爵様の登場で台無しにされようとしていているんだもの。


「お父様、どうかお許しください。私は、公爵様からの求婚をお受けしたいと思います」


 私の声はよく通るから、成り行きを見守り静まり返っていた式場内に響いた。

 それからの混乱。

 でも私たち家族と公爵様はそのまま披露宴には出席しなかった。


 善は急げ。考えたら負け。

 時間を置いたらまた逃げられるかもしれないから、翌日には別の教会で式を挙げて、私は家族と別れて隣国のライツェン王国へ旅立つことに。

 花嫁道具は後でもいいんですって。


 後で聞いた話だと、ヘイクたちの披露宴は主役二人そっちのけで私と公爵様の話題に占められてたらしい。

 まあ、当然よね。

 ちょっと申し訳ない気もするけれど、すっきりしたのも事実。

 その代償にこれからゆっくり後悔の時間が待ち受けているかも。

 私が剣を振り回さないためにも、どうか公爵様が悪い人ではありませんように。



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