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レオン:王宮

 

 王都に着いてまだ三日目だというのに、もう王宮に行かなければならないなど、面倒でしかない。

 なぜ陛下の予定に合わせなければならないのか。

 別にわざわざ私のシャルロットを陛下に紹介する必要などないのだから、会いたければ向こうから来ればいいものを。

 それなのにシャルロットは文句一つ言わず、了承してくれた。天使だな。


 いや、待てよ。

 ひょっとして私との時間に飽きてしまったのだろうか?

 この二日――正確には旅の二日も足して四日、朝から晩まで殆ど私と同じ空間で過ごすことで窮屈に感じてしまった可能性もある。

 一生一緒にいてほしい(願望的要約)と言った以上は撤回することもできず、王宮へ出向くことで二人きりの時間を回避しようとしているのかもしれない。


「……シャルロット、今朝はいつも以上に輝いているね。やはり王宮に行くのが楽しみなのかな?」

「そうですね。ようやく陛下にご挨拶できるので、緊張はしていますが、楽しみでもあります」


 やはりそうか。そうだろうな。

 この屋敷には何の面白みもないからな。

 少しばかり広いだけの人工的な庭に管理された植物。

 また少しばかり大きいだけの屋敷に使用人。

 その主は平凡なだけの私なのだから。

 屋敷内の案内が終わってしまった今、シャルロットは刺激を求めているのだろうか。

 シャルロットが望むなら今すぐ領地に戻るのだが。


「シャルロットはいつも通りにしてくれていいんだよ?」

「ありがとうございます。では、レオンとの結婚を認めてもらえるよう頑張ります!」

「いや……」


 今のは空耳だろうか?

 反芻したいので時間を止めたい。

 私との結婚を認めてもらうために(そんな必要は全くないが)頑張ってくれるとか、シャルロットは――おい! ジャン(偽)、煩いぞ。

 私の余韻を壊すな。シャルロットの言葉を遮るな。

 笑うな。咳き込むな。息をするな。存在するな。

 シャルロットに心配をかけるなど万死に値する。


 急いで立ち上がり、ジャン(偽)の背中を力強くさすってやる。

 なぜ私がこんなことをしなければいけないのだ。

 もちろんシャルロットが今にも立ち上がりそうになっていたからだが。

 おそらくシャルロットの半分は優しさでできているのだろう。

 その優しさがこいつに少しでも向けられたかと思うと、つい力が入ってしまった。

 これ以上はシャルロットの優しさの無駄遣いになる。


「さあ、ジャン(偽)。もうここはいい(お前は用なしだ)から、休んでくるといい(さっさと出ていけ)

「……かし、こまりました」


 この期に及んでまだ笑うのか。

 まともに話すこともできないなら、永遠にその口を閉じていろ。


「ジャン、お薬があるならちゃんと飲んでね。もし咳が続くようなら、お医者様に診てもらいましょう」

「お気遣いいただき、ありがとうございます。たまに発作が出るのですが、旦那様によくしていただいてますから、今も落ち着きました」

「なら、よかったわ」

「ジャン、とにかく休め(今すぐ消えろ)

「失礼します」


 シャルロットに心配をかけた罪を贖い、優しさを分け与えられた幸運に感謝して、今すぐこの世から失礼しろ。

 それにしてもシャルロットが優しすぎてつらい。これが嫉妬というものか。

 まさか私がこのような感情を抱くことになるとは。

 さすがシャルロットだ。

 姿を消してさえあいつのことを心配しているなんて、優しさの供給過多だろう。


「レオンは本当に優しい人ですね。持病のあるジャンを雇うばかりか、発作が起きたときに助けてあげるなんて」

「ジャンとは長い付き合いだからね。なぜ発作を起こしたかよくわかっているんだ。だから当然のことだよ」

「いいえ。前から思っていましたが、レオンは謙遜しすぎです」

「優しいのはシャルロットだよ。私との結婚を陛下に認めてもらえるよう頑張るだなんて。あまりに嬉しくて、すぐには言葉が出なかったよ」


 よし。フォローできたぞ。

 幸せを反芻するためにきちんと返事ができていなかったからな。

 あいつに邪魔をされたせいでもあるが、おかげでシャルロットに優しいと言ってもらえたので許そう。


「では、そろそろ支度をしなければなりませんので、失礼します」

「ああ、そうだね。シャルロット、また後で」

「はい」


 はにかんだ笑顔が可愛すぎる。

 シャルロットのもう半分は可愛さでできているな。

 許されるならこのまま領地に連れ帰りたい。

 もちろん許しを請う相手はシャルロットだ。

 陛下に紹介すると約束してしまったのだから。


 後になって悔やむというのはこのような感情か。

 苦い思いをするとは聞いていたが、真実だったようだ。

 シャルロットに関してだけは、本当に様々な感情がわき上がってくる。

 何より、シャルロットの傍で過ごしていると心拍数は上がり、意識していなければ呼吸が浅くなり、発汗してしまう。


 これがいわゆる胸キュンか。キュン死するのもわかる気がする。

 そして自分が途方もなく馬鹿なことを考えている自覚もある。

 すべてが恋の為せるわざ。恐ろしきかな、恋心。

 おまけに叫び出したい衝動まであるとは。

 おそらくシャルロットの前で愚かにも冷静さを演じているせいだろう。


 この衝動を抑えるためには皆に欠点の指摘(八つ当たり)をして発散させるべきか。

 幸いにして王宮には手頃な相手が陛下を筆頭にごろごろいる。

 だが、酷いやつだとシャルロットに勘違いされる可能性もあるな。


 よし。それでは泳がせていた叛意を抱く者たちを処分しよう。

 正確には私の政策(やり方)に不満を抱く者たちだが、万が一にでもシャルロットに害が及んでは大変だからな。

 民が住みよい国になれば、シャルロットも喜ぶはずだ。

 その後に傀儡政権(同意見の者たち)に任せてしまえば、シャルロットと領地で平和に暮らせるのだから、もう少しだけ王宮で働くとしよう。



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