シャルロット:王都
「シャルロット、着いたよ。ここが王都の屋敷だ」
「すごく……大きいですね」
レオンに声をかけられて車窓から外を見れば、とても大きなお屋敷の敷地に入ったところだった。
王都にこれだけの広さの庭と大きなお屋敷を構えることができるなんて、やっぱりハルツハイム公爵家ってすごいのね。
改めて緊張してきたけれど、レオンが微笑んでくれるから少しだけ安心。
だって、立派な玄関前が見えたんだもの。
またあの儀式みたいな出迎えが待っているのかと思うと……って、待っているのは二人だけっぽい?
「使用人たちに出迎えはいらないと前もって伝えておいたよ。だからあれは執事のヨセフと家政婦のテイル夫人だ。すぐに紹介するよ」
「……ありがとうございます」
レオンは領館での出迎えに私がちょっと引いてしまったことで、気を遣ってくれたんだわ。
本当に優しい人よね。
あれから――アリーナに相談してから三日、さらに優しくなったレオンに私は何もできていない。
どうにかしてレオンを喜ばせたいのに。
アリーナには一緒にベッドで寝ていないことは知られていたのよね。
でも宿ではずっと一緒だったと伝えれば、すごく驚かれた。
それからアリーナは少し考えてから、レオンはきっと私が慣れるよう気遣ってくれているんじゃないかって。
私のことをすごく大切にしてくれているみたいだから、とも。
うん。それはわかっているんだけどね。
だけどやっぱり愛人に勝つには、完全な夫婦になるべきなのよ!
って、本当に愛人がいるかはわからないけど。
アリーナもさすがに王都でのことはわからないって、申し訳なさそうだった。
否定はしてくれなかったのよね。
要するにいるかもしれない可能性大!
勝ち負けじゃなくても、レオンとはちゃんとした夫婦になりたいもの。
それが何かは、お母様が言うには一緒のベッドに寝て、それから……ええっと、夜の営み?
はっきりしなかったけれど、家畜の交尾がどうとかおっしゃっていたのよね。
それに、アリーナは時期がくるまで待てばいいって言ってたわ。
時期……交尾……あ! 発情期のことだわ!
ということは、多少の誤差はあるだろうけれど、あと一、二か月もすればきっとレオンも発情期に入るはず。
どの動物もたいていは雌が了承してからってことだから、私はいつでも準備できてるって伝えるようにしないと。
よし。
「――レオン、私はいつでも大丈夫ですからね!」
「うん? 何のことかな?」
「シーズンに入ったら、おっしゃってください。私は準備万端にしておきますので。ですから……その、できれば、あまり……」
「シャルロット、何でも言ってくれ」
「はい、ありがとうございます。その、あまり、他の人と過ごさないでほしいと言いますか、外泊はしないでください!」
ああ、勢い余って言いすぎてしまったわ。
さすがに我儘よね。
ほら、レオンもどう答えていいのか、驚いているのか、固まっているみたい。
「レオン、すみま――」
「任せてくれ!」
「はい?」
「もちろん、シャルロット以外の者とは過ごさない。陛下に挨拶したら、すぐ領地に戻ろう」
「……はい?」
「私もずっとシャルロットと過ごしたいと望んでいたんだ。しかし、それではシャルロットが嫌がるだろうと我慢していた。だが、シャルロット自身の望みとあらば、叶えるのが当然。むしろ至上の喜び。永遠に一緒に過ごそう!」
あれ? 私、何か言い方を間違えた?
そうだわ。
きっと王都に来たばかりのタイミングで言ってしまったから、不安定になっていると思われたのかも。
それで安心させようとしてくれたのね。
どうにか今のは違うって、我儘を言い過ぎたって謝りたい。
でも玄関前に到着してしまった。
それぞれの部屋に行く前に話さないと。
もう、私のバカ!
レオンは忙しいのに、こんなことに時間を取らせてしまうなんて、呆れられても仕方ないわ。
「細々したことは後にして、ひとまず部屋で休もう」
「――はい。ありがとうございます」
レオンは執事のヨセフと家政婦のテイル夫人を紹介してくれると、そのまま私を二階へと導いてくれる。
私が疲れているって思っているのね。
確かにそれで私も愚かなことを言ってしまったのかも。
早く訂正しないとダメね。
「――レオン、あの、先ほどは我儘を言い過ぎてしまいました。ですから、どうか私のことは気にしないでください。お忙しいのでしょう?」
「何を言ってるんだ、シャルロット。あれくらい、我儘でも何でもないよ。むしろご褒美だよね? 仕事のことを気にしてるなら大丈夫だ。幸いここは城に近いから、出かけなくても片付けることができる」
ああ、またレオンに気を遣わせているわ。
私が気にしないように、優しい言葉をかけてくれるなんて。
ここは大丈夫だとはっきり伝えないと。
「本当に大丈夫です。私はいくらでも待てますから、レオンはお仕事を優先させてください。それに私も本来の仕事をしっかりさせていただきます」
「……本来の仕事?」
「レオンの妻として、公爵夫人としての仕事です。お付き合いとか色々あるでしょう?」
「ああ、それね。だが、無理をする必要はないよ、シャルロット。どうかここでもシャルロットは好きなように過ごせばいいんだから」
ということは、レオンも好きなように過ごすってこと?
やっぱりそれは嫌!
レオンに元気になってもらいたくて送ってもらった精力剤も、お仕事以外に……私以外の女性のためではないもの。
自己中心的でも何でもとにかく嫌。
「レオン、毒蛇酒もハチノコも美味しいと召し上がってくださったのは嬉しいのですが、取り過ぎはよくないですからね? 休息は絶対に必要なんです。だから、こちらのお屋敷でお休みくださいね!」
「もちろんだよ、シャルロット。私はどこにもいかないよ」
「ありがとうございます! あ、でも、ご無理はなさらないでください。私、楽しみに待ってますから!」
「シャルロット……」
本当は少し怖いけれど、楽しみなのも事実だから。
発情期に入るには個人差もあるだろうし、いつでも大丈夫なように心構えしておくわ。
そしてシーズンを無事に終えれば、きっと子どもだって授かってるはず。
ええ、楽しみなことに間違いないわ。
だから絶対に愛人の許へは行かせないんだから!