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密偵:春

 

 超ウケる。マジでウケる。

 公爵が落ち込んでるとか、この世の春かな?

 しかも今回、俺は全く関与してない。ってか、報告したわけじゃなくて、自分で聞いちゃったんだよね。お気の毒さま。


『聞いていたとおり、遠くに嫁ぐって大変なのね……』


 奥様のこの言葉、開いていた扉から密かに覗き見していた公爵にはダメージ大だった。

 ざまあみろ。

 たまたま通りがかったら居間で奥様が本を読んでいるからって、覗くか? 変態か? 

 いや、間違いなく変態だったな。超変態だったな。


 そんな公爵を他の使用人に見つからないようにしなきゃならない俺、大変じゃね?

 覗き見する変態を見張る俺。

 もう俺も変態の仲間入りじゃん!


 まあ、おかげで公爵がショック受けてんのを見ることができたんだけどな。

 あー、飯がうまい。

 どうせ奥様は何かの相談相手がいないとか、そんなことだろ?

 もしくは毒蛇酒が届くのが遅いとか。


「――ジャン……でいいのか? 旦那様がお呼びだぞ?」

「ええ? 今ですか?」

「ああ」

「……わかりました」


 使用人仲間に声をかけられて、しぶしぶ立ち上がる。

 他の使用人たちは俺のことを旦那様付きの従僕の一人だと思っているようだ。

 まあ、今回いきなり現れて、書斎でよく公爵と話しているからな。

 まさか俺が十二年の経験を誇る奥様付きのストーカーとは思わねえだろう。

 俺だって思いたくねえ。


 あー、くそ。

 飯の途中だったんすけど。

 すげえ、遅めの昼飯を久しぶりに椅子に座って食ってたんすけど。

 もっと落ち込んどけよ、公爵。

 どうせろくでもない結論にたどり着いたんだろうな。


 と思った俺、正解。

 ろくでもないどころか、とんでもなかったよ。


「――プレスト伯爵家を乗っ取ろうと思う」


 どうしてそうなった?

 ええっと、考えろ、俺。

 ここで愚かにも質問をしようものなら、過酷な任務が待っている。


 おそらく公爵は覗き見して立ち聞きした結果、奥様が故郷を恋しく思っているとかって結論を出したに違いない。

 それなら奥様の故郷の近くに住めるようにしようとかって考えて、憎きヘイク・プレストの領地を奪ってしまえとかって発想?

 え、怖い。


「……プレスト伯爵家の領地が奥様のご実家のお隣だからですか?」

「はじめはキツノッカ王国の領土すべてを乗っ取ろうかと思ったが、それではシャルロットのご両親にもご迷惑をおかけするし、優しいシャルロットが心を痛めるかもしれないからな。プレスト伯爵領地だけにしてやることにした」


 え、もっと怖い。

 馬鹿と天才は紙一重とかって言うけど、公爵は限りなく天才に近い馬鹿なんじゃないかな。

 普通に考えて、優しくなくても、赤の他人でも、領土が奪われたら、誰だって多少は心痛めるんじゃね?

 まあ、俺はどうでもいいけど、確実に面倒くさいことになるのは間違いない。


 公爵がもっと落ち込めばいいとか思ってたけど、このままじゃまずいな。

 仕方ない。

 できる限りしたくなかったが、するしかない。


「閣下、奥様はおそらく相談できる相手がいなくて寂しく思ったんじゃないか? さっき(公爵が落ち込んでいる間に)アリーナさんに『相談したい』って、部屋に戻りましたよ」


 あー、言っちゃったよ。

 できれば公爵を慰めるとか、一生したくなかったのに。

 でも俺、隣の国を救ったんじゃね?


「……何を相談するつもりなのだろう? まさか、私と離縁したいとかではないよな?」

「それは……ないと思うけど、さすがにプライベートなんで(今さらだけど)相談内容までは――」

「聞いて来い」

「……はい」


 まあ、知ってたけど。

 プライベートとかプライバシーとか考えるくらいなら、十二年もストーカーなんてしねえもんな。――したのは俺だけど。

 マジで別れたいとか思ってたらいいのに。

 でもなあ、奥様が思ってても無理なんだよな。気の毒に。


 ――って、わかってた。わかってたよ。

 別れたいなんて思うわけねえよな。

 公爵は奥様だけには優しくて(キモいけど)いい夫(マジ無理だけど)だもんな。


 あーあ。奥様の相談事って、やっぱり結婚生活云々、夫婦生活云々か。

 できる限り奥様のプライベートな話は聞かないようにしてたのに。

 陰ながら護衛はしてるけどな。


 もちろん、公爵と一緒にいるときは近付かないようにしてる。

 俺だって命は惜しい。

 なのに給仕に命じてきたどころか、視界に入るな、話すな、動くな、存在するなとかの無茶振り。

 マジで一回くらい、暗殺されればいいのに。

 すぐ復活しそうだけどな。


 それにしても、十二年もストーカーしてれば、俺にとっては妹のようなもんっていうか、身内感覚なんだよ。

 くそ。

 本当は声を大にして言いたい。

 奥様、騙されてますよー! 噂が真実ですよー!


 とはいえ、奥様もたいがい変な人だからな。

 全力で隠してるつもりらしいけど、ダダ漏れだから。

 普通は毒蛇酒なんて造ろうとしないし、ハチノコを採取しようとは考えないんだよ。

 まあ、他人の嗜好をとやかく言うつもりはないけど、たいていのやつがハチノコは無理なんじゃね?


 公爵だからこそ、喜んだんだよ。くそ。

 絶対、奥様以外のやつが毒蛇酒だのハチノコだのを公爵に勧めようものなら社会的に殺されたよ(生身は一応は無事なはずだ。たぶん)。


 結局は、割れ鍋にナントカってやつか?

 めちゃくちゃ面倒だけど、公爵に報告しないとな。

 全部本当のことを言うと調子に乗りそうだから、適当にほどほどにしとこう。

 そうだな。

 結婚生活が上手くいってないって悩んでたってことで。

 まあ、嘘ではないからいいだろ。




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