シャルロット:相談
結局、毒蛇を捕獲するために作った罠は、ジョンが仕掛けに行ってくれたのよね。
好きなことをするにしても、レオンに心配かけてまですることではないもの。
それで毒蛇捕獲そのものを中止しようと思ったのだけど、ジョンがぜひさせてほしいって言ってくれたのは予想外だったわ。
下見のときはかなり引いていたように思えたのに。
やっぱり男の人って、魚釣りとか虫取りが好きだから?
まあ、私も好きだけど。
そしてジョンが回収してくれた罠の瓶には、幸いにして毒蛇が入っていたのよ。
問題はそこから。
蛇の頭を潰さないように殺して内臓を取ってから度数の高い蒸留酒に漬け込むわけだけど、その経験はなかったのよね。
すると、説明を聞いたジョンがあっという間に下拵えをしてくれたからびっくり。
ナイフの使い方とか華麗だったわ。
獲物をよく捌くからだとか。
ますます狩猟シーズンが楽しみだけれど、もしレオンが王都に滞在するなら私も一緒にいるつもり。
だって夫婦だもの。
たとえまだ本当の夫婦ではなくても、いつかきっと愛人よりも私のほうを振り向かせてみせるわ。
この十日間で、ジャンとジョンはもちろん、アリーナやジョナサンをはじめとしたお屋敷の人たちともかなり親しくなれたと思うのよね。
まだレオンのことは恐れているみたいだけれど、それはゆっくりでいいわ。
ひとまずは私と笑顔で接してくれるようになっただけ進展。
領地の人たちとはまだまだだけれど、だからといって私だけここに残る訳にはいかないもの。
陛下へのご挨拶は当然のこと、レオンの妻としてできるだけ傍で過ごしたいから。
お父様とお母様がそうだったようにね。
たとえ夫婦別行動が社交界では常識でも、私は嫌。
(だけどもし、レオンがそれを望んだら……?)
いいえ。弱気になってはダメ。
その場合、どうにかしてレオンの傍にいる理由を今から考えておかないと!
まずは最悪の展開、私だけ領地に帰されてしまうパターン。
今は社交シーズンじゃないからそれもありえるのよね。
そりゃ、もちろん領地のみんなとはもっと仲良くなりたいけれど、それは後回し。
何より肝心のレオンとまだまだ壁があるんだもの。
やっぱり夫婦の営みというものがまだだから?
いっそのこと、私からあの扉を蹴破ってでも……って、それはダメよね。
はしたないもの。
待つしかないって、本当に苦手。
こういうときどうすればいいのか相談する相手がいないのもつらいわ。
もしお母様がいてくださったらな。
「――聞いていたとおり、遠くに嫁ぐって大変なのね……」
はあっと大きくため息を吐いて、読んでいた本を閉じた。
この国の歴史を勉強しようと思ったのに、全然別のことを考えてしまって集中できない。
気分転換に少しお庭でも散歩しようかしら。
本を置いて立ち上がると、開けたままにしていた扉から廊下に出る。
今日はいいお天気で、窓と扉を開けていればすごく気持ちいい風が通り抜けるのよね。
きっと外も気持ちいいに違いないけれど、日傘は必要ね。
淑女らしく、日に焼けないように。
お母様の最近の口癖を思い出して、おかしくなると同時に懐かしくなる。
ちょっと里心がついたみたい。
「奥様、お部屋にお戻りになるのですか?」
「いいえ、少しお庭を散歩しようと思って。手袋と日傘を取りに行くだけよ」
「まあ! それでしたら、私どもにお申し付けくださいな。奥様はもっと……」
階段を上ろうとして、声をかけてくれたアリーナはお茶を運んでくれようとしていたみたい。
申し訳ないことをしたわ。
なんて思ってる場合じゃなくて、ひょっとして女主人として失格?
ハルツハイム公爵夫人としてもっと威厳を持つべき?
「その、まだまだ至らない点は多いと思うけれど、きちんとできるよう努めるから見逃してくれるかしら?」
「そのような必要はございません。奥様はもう十分にご立派でございますとも。それどころか、私ども使用人のこともよく気にかけていただいて、本当に嬉しい限りでございます。ただ、もう少し私どもに頼ってくださるとありがたく思います」
「……頼る?」
「はい。どんなことでもかまいませんので、いつでも何なりとお申し付けくださいませ」
アリーナは私の言葉に驚いたみたいだったけど、遠慮がちながらきちんと言ってくれたのでわかったわ。
何でも自分でやってしまうのは独身時代の癖。
でもそれだとアリーナたちの仕事を奪ってしまうようなもの。
女主人として、そういうことにも気を配らないといけなかったのね。
そして、わからないことは頼るべきなんだわ。
どんなことでも、ね……。
って、そうだわ!
さっそくアリーナにお願いしましょう。
「じゃあ、そのトレイを持ってそのまま私の部屋に来てくれる? 少し相談したいことがあるの」
「ご相談でございますか?」
「ええ。時間はあるかしら?」
「はい、ございます」
「それでは、お願い」
アリーナとジョナサンは結婚して何年になるのかしら。
三人のお子さんはもう大きいし、三十年近いわよね?
それでも未だにとても仲が良いことは見ていてわかるわ。
要するに、人生の大先輩。結婚生活の大先輩。
レオンのことを怖がっているようではあるけれど、子どもの頃からのことを知っているんだもの。
まあ、レオンはほとんど王都のお屋敷で生活していたらしくて、あまり接する機会がなかったそうだけど。
しかも、レオンは十歳でお母様を、十四歳でお父様を亡くされて、兄弟も近しい親戚もいなくてずっと一人だったとか。
どんなに忙しくても私と朝夕の食事を一緒にとってくれるのは、やっぱり寂しかったのかも。
それでいて、家族というか夫婦としてどう接すればいいのかわからなくて遠慮しているとか?
ということは、ここは私が頑張るべきじゃないかしら。
そうよ。そうすべきよ。
「――アリーナ、これから相談することは、誰にも内緒でお願いね? ジョナサンにも」
「はい。承知いたしました」
わざわざ言う必要もないのはわかっているけれど、アリーナは気分を害した様子もなくしっかり頷いてくれた。
では、レオンに家族の温かさを感じてもらうために、妻としてどうすればいいのかまずは勉強。
そして、王都の愛人(がいるとしたら)とは別れてもらえるよう頑張るわ!