レオン:嗜好
困ったな。私の女神が何を言っているのかわからない。
わからないことは面白いのだが、やはりシャルロットの言葉は理解したい。
夕食の席で今日一日何をして過ごしたのか訊いただけなのに。
もちろん知ってはいた。
以前の報告で、シャルロットが毒蛇を捕まえることがあると。
だが私は愚かにも勘違いしていたようだ。
あの日、噴水前に突如現れたヘビを撃退してくれたように、毒蛇についても退治ついでに薬師の元へと持っていっているものだとばかり。
それが自ら毒蛇を求めて藪に踏み入ったとか。
危険ではないのか。
今すぐそんなことはやめてほしいと言いたいが、シャルロットには好きに過ごしてかまわないと言ったのだ。言ってしまったのだ。
私は必要とあらば簡単に嘘を吐くが、シャルロットにだけは嘘は言いたくない。
一度口にしたことを翻すなど、シャルロットの夫として相応しくないからだ。
よって、シャルロットに危険が迫ったときには迷わずお前が盾となり死ね。と視線でジャン(偽)に伝える。
目を逸らしても無駄だ。
今日一日シャルロットの傍で過ごせた幸運について、後でしっかり話を聞こう。
「それで、我が領地の特産品が蒸留酒であるのと毒蛇と蜂の巣がどう関係あるのかな?」
「もし蒸留酒がとても貴重でしたら――もちろん、特産品だからといって貴重ではないというわけではないのですが、毒蛇酒造りに蒸留酒は欠かせませんから手に入りやすいことが嬉しかったんです。必要なのは大瓶二本分ほどですが、大丈夫でしょうか? 四十度くらいの蒸留酒がまずは欲しいのですが……」
「もちろんかまわないよ。瓶などと言わず、何樽でも使用すればいい」
「それほどは必要ありませんから。ですが、ありがとうございます」
やっぱり何を言っているのかわからないが、シャルロットから笑顔でお礼を言われたからよしとしよう。
ただやはり毒蛇捕獲はシャルロットにさせるのは心配だ。
ジャン(偽)、お前がやれ。
「――ジョンに聞きましたが、まさかあのような方法で毒蛇が捕獲できるとは知りませんでした。奥様は物知りな方なんですね?」
「見よう見まねだから、上手くいくかはまだわからないの。ひょっとして、こちらの蛇には通用しないかもしれないし」
「そうなんですね」
なぜお前がシャルロットに話しかけている。
給仕が主人たちの会話に交じるなどあり得ないだろう。
即刻クビにしたいが、シャルロットは気にしていないどころか楽しそうなので耐えるしかないのか。
それともジョナサンに次からは給仕を任せるべきか。
ジョナサンなら他の使用人よりは私に対して怯えも少ないからな。
とにかく、シャルロットの言葉の謎をひとつひとつ丁寧に解いていこう。
「毒蛇の捕獲にどのような方法を用いるのかな?」
「大きな瓶に度数の高めのお酒を少し入れて、大型の上戸で蓋をするんです。すると、お酒の匂いに釣られた蛇が上戸から瓶の中に入るんですが、抜け出ることはできないので捕獲することができるんです」
「なるほど。それならあまり危険はないね」
「ええ、そうですね。罠を仕掛けるときと回収するときに、他の毒蛇などに気をつけるくらいです」
「そうか。少しだけ安心したよ」
ほんのほんの少しだけだけどな。
仕掛けも回収もお前がやれ。とジャン(偽)に視線をやり、それから改めてシャルロットを見つめる。
どうやら私の女神は知恵の神でもあるようだ。
「では、蜂の巣を探したのは? 蜂蜜が必要なら、アリーナに言えばいいと思うよ。いくらか備蓄してあるだろうから」
「ありがとうございます。ですが、今回は蜂蜜採取が目的ではなく、ハチノコを採取しようと思ったんです」
「そうか、ハチノコか……」
うん。わからない。
ハチノコというからには蜂の子どものことなのだろう。
確か芋虫型の幼虫だったな。
なぜそんなものがシャルロットに必要なのかはわからないが、ジャン(偽)が含み笑いしているのが腹立たしい。
「毒蛇酒はグラスに注いでしまえば少し癖のあるだけのお酒ですし、嗜まれる方は多いですが、ハチノコはやはり見た目もありまして好き嫌いがかなり分かれるんですよね。ですが、ジョンがレオンなら喜んでくれるだろうって言ってたので、頑張って採取しようと思います。今日は装備が甘かったので挑戦しませんでしたが、巣がありそうな場所はチェックしておきました」
にこにこしながら話すシャルロットは本当に可愛い。
内容はともかく可愛いな。
で、ハチノコが何だって?
ジョン(偽)が愚かな発言をしたようなので、後で追求するとしよう。
その前にきちんと内容確認だ。
「すまない、シャルロット。どうやら私は知見が狭く、ハチノコというものを知らないんだ。何なのか教えてくれないか?」
「いえいえ、レオンがご存じなかったのも当然です。確かにハチノコはキツノッカ王国でも地域性が強く、他の地域ではあまり受け入れられていなかったですから。うっかりしていました。それで、ハチノコというのは、蜂の子どもです」
うん。幼虫だな。
まさかシャルロットは育てたいのか?
それは犬や猫の子どもではダメなのか?
「それを甘露煮にしたのがハチノコで、とても美味しいんですよ」
うん。食べるのか。
それは犬や猫の子どもではダメだな。
「とても興味深くはあるが、できればシャルロットには危険なことをしてほしくないので、ハチノコの採取はやめてくれないか? グラッセなら取り寄せも可能だと思うのだが……?」
そう言うと、シャルロットの顔がぱっと輝いた。
それほどに好物なのか。そうなのか。
さすがシャルロットだ。
普通の女性たちなら悲鳴を上げ失神する者も出るだろう食物(と言っていいものか迷うが)を好むなんて。
まったくもって予想外。
「では、父に毒蛇酒と一緒に送ってもらうようお願いしますね! 毒蛇酒は熟成させるのに一年はかかりますから、今回上手く毒蛇を捕獲できてもすぐに飲めるわけではないんです。レオンのお口に合えばいいんですが……」
うん。私が食べるのか。
それに毒蛇酒も飲むのか。
もちろん食べるし、飲むとも。
シャルロットが私のために取り寄せてくれるのだからな。
あと、そこで肩を震わせているジャン(偽)については、追及する必要もなかったな。
よくわかった。
「毒蛇酒もハチノコもどちらも癖が強いのですが、精力がすごくつくんです」
「精力が……?」
そうなのか? そういうことか?
ならばそんなものなくても私はいつでも準備できているが?
「レオンはとてもお忙しいですよね? 旅の間も、このお屋敷に着いてからも、いつも朝から晩までお仕事されて、それなのにこうして私との時間まで取ってくださって、本当に嬉しいんです。ですが、私はレオンの力になれないのが残念で……」
いや、存在しているだけで力になっているのだが?
シャルロットがそんなふうに考えてくれているなんて、私との時間を嬉しいと思ってくれているなんて、感動しすぎて声が出ない。
これも初体験であり、それさえも感動している。
ヤバい。このまま死ぬかもしれない。
「だから、せめてレオンの疲労回復のために精力をつけてもらおうと、毒蛇酒とハチノコをご用意したかったんです」
ああ。シャルロットが天使すぎてつらい。
こんなに純粋に私を心配してくれているというのに、私は何を考えた?
邪な心のままに、シャルロットを穢すことを考えたのだ。
もちろん、いつかは……いつかはシャルロットをこの腕の中に捕らえるつもりだ。
だがそれは今ではない。
シャルロットが自ら私の腕の中に降りてきてくれたとき。
そのときまで私は待とう。……我慢できれば。