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シャルロット:捕獲

 

「――えっと、もう一度お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ええ。今日は人里に近い林か、あまり手入れされていない畔に行きたいの」

「……何を目的にでしょう?」

「毒蛇を捕まえようと思っているの」

「……奥様が?」

「もちろん。それともこのあたりには名人がいるのかしら?」

「毒蛇を捕まえる名人ですか?」

「そうよ」


 やっぱり淑女が毒蛇を捕まえるのはまずいかしら。

 先に名人がいるかどうか確かめればよかったわ。

 今さらだけど同行してくれるジョンに訊ねれば、すごく困っているみたい。


「このあたりには毒蛇を捕まえる習慣がないので、いないかと思います」

「そうなの? じゃあ、強精剤とかはどうしているの?」


 どうでもいいけど、本当にジョンはジャンとそっくりね。

 午前中はジャンと過ごしていたからか、すごく変な感じ。

 まるで同じ人と話しているみたい。


「商人が取り扱っているものは高価ですから、我々は特には……。おそらく皆、適当に補っているのではないでしょうか? 蜂蜜も高価ですし……」

「そうなのね。では、やっぱり毒蛇を捕まえにいかないと。ちょうど夏でよかったわ。巣穴が見つけやすいもの」


 伯爵領にいた名人は冬眠中の毒蛇を見つけることまでできてすごかったけど、さすがに私には無理なのよね。

 今の季節なら罠を仕掛ければ引っかかること間違いなし。

 それにしても、こちらでは精力剤はわざわざ購入するものなのね。

 蜂蜜も高価ってことは、みんな自分で採ったりしないんだわ。

 そこまで距離があるわけではないのに、習慣の違いは大きいみたい。


「あの……危険ではないでしょうか? 奥様に万が一のことがあれば……」

「大丈夫よ。そのためにも一番頑丈なブーツを履いているし、茂みにむやみに突っ込むわけではないから。もう何年もやってきたことだから安心して?」


 ジョンにももちろん頑丈なブーツを履いてくれるようにお願いしているもの。

 厩舎担当なら乗馬用のブーツも持ってると思ったら正解。

 他の厩務員を見ても思うけど、ここの使用人たちはきちんとした身なりをしているのよね。


 使用人の格好は雇い主の財力を示すもの。

 だけど、人目につかない人たちまでちゃんとしているのは執事のジョナサンの配慮で、それを許しているのはレオンだもの。

 領主としても雇い主としても、本当にレオンは寛大なんだわ。


「それでは奥様、その(レイピア)は……?」

「これは茂みをかき分けるときに使うのよ。毒蛇がいたら刺せるし便利なの」

「……わかりました。では、私も剣を携帯いたします」

「ジョンも剣を扱えるの?」

「少しだけ。どちらかというと、弓矢のほうが得意ですね」

「狩りが得意ってことね?」

「……そうですね」


 遠慮がちだけど肯定したってことは、ジョンはかなり狩りが得意ってことね。

 ジョンのような立場の人はたいてい謙遜して否定するんだもの。

 これは狩猟シーズンが楽しみだわ。

 あ、だけどレオンはいつもどうしているのかしら。


「ねえ、ジョン。旦那様は狩りをされるのかしら?」

「以前は時々なさっていたようですが、最近は狩猟シーズンも王宮でお過ごしですから……」

「あら。もちろん、そうよね」


 だってレオンはこの国の宰相様なんだもの。

 常に陛下のお側に控えているべきで、本当ならこんなに時間を取っている場合ではないんじゃないかしら。

 今朝だって私より早く起きてお仕事されていたみたいだし、昨晩も遅かったみたい。

 やっぱり精力剤は必要だわ。


 でも毒蛇酒(マブラしゅ)は熟成させるためにも一年はかかるから、ひとまずはお父様にお願いして送ってもらえばいいわよね。

 たぶんお母様にお願いすると、お小言の書かれた手紙も送られてきそうだもの。


「そういえばジャンに教えてもらったのだけれど、このハルツハイム公爵領は蒸留酒の産地なんですってね?」

「はい、おっしゃるとおりです。公爵領は広いですからね。ワインの原料となるブドウの産地もありますし、蒸留酒の原料となる大麦が産地でもありますから」

「知らないことばかりで情けないわね。でも、これからたくさん勉強するつもりだから、ジョンもいろいろと教えてね」

「――はい。私の知っていることなら、喜んで」

「ありがとう」


 自国のことについては一応勉強していたけれど、まさか隣国に嫁ぐことになるとは思わなかったものね。

 それにしてもここはブドウや大麦、小麦の栽培に適した土地が広がっているなんて、本当に広いんだわ。

 エクフイユ伯爵領(うち)は山間の土地だから不自由はしていないけれど、これといった特産物もなくて、昔ながらの毒蛇酒作りや養蜂を大切にしているんだもの。

 ん? そうだわ!


「ねえ、ジョンはハチノコって知っているかしら?」

「……名前だけは存じております」

「食べたことは?」

「私には……高価ですので、ございません」

「そうなの? では一度食べてみる?」

「い、いいえ。そのような畏れ多い……。ですが、閣下ならお喜びになるかもしれませんね!」

「そう思う? なら、クロスズメバチも今回探してみるわ!」

「探すだけになさってくださいね! 奥様が採取なさることだけはおやめください!」

「もちろんよ。今日はその装備はしていないもの」


 領地のみんなは私の行動に慣れていたけど、ジョンは知らないのだから心配するのは当たり前よね。

 配慮が足りなかったわ。

 それにレオンが私に好きにしていいと言ったのも、毒蛇やハチノコ採取をするとまでは思っていなかったはず。

 呆れられて嫌われる可能性を考えてなかったなんて迂闊だったわね。

 とりあえず今日は下見だけにして、当分は採取するのは我慢しなくちゃ。



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