レオン:語彙力
やはりシャルロットは神だった。
正確には女神なのだが。
そうでなければ、この美しさは説明できない。
人間如きがこのような神々しい輝きを放てるだろうか。いや、あり得ない。
今夜のシャルロットは私の目を潰そうとしているのかな?
それともその輝きで私の存在を消そうとしてるのかな?
きっと、悪魔に魂を売った罰かもしれない。だがむしろご褒美だ。
そもそも神だの悪魔だのは関係ない。
もちろんシャルロットが女神なのは大切なことだが、それ以外はどうでもいいのだ。
何にせよ、私はシャルロットの心も奪うと誓っているのだから。
たとえ世界が滅びようともかまわないが、シャルロットが悲しむことだけは避けなければ。
そのためにも慎重にならざるを得ない。
「シャルロット……今夜もまた、美しいね」
語彙力!
私の語彙力はいったいどこへ旅立ったんだ!?
いや、わかっている。
シャルロットの美しさを表す言葉など、この世に存在しないことは。
だが、それにしてもまだまだあるだろう。
この世に存在する言葉を繋ぎ合わせれば、きっと明日の朝までには少しくらいはシャルロットの美しさを表現できるかもしれないというのに。
「ありがとうございます。レオンもとても素敵です」
「――ありがとう、シャルロット」
だから、語彙力!
せっかくシャルロットが褒めてくれたというのに、馬鹿の一つ覚えのような謝礼しか言えないとは。
しかも私の賞賛ではなく当然でしかない言葉にお礼を言ってくれるなど、やはり天使だ。
女神のように美しく、天使のように優しく、時に妖精のように悪戯な笑みを浮かべるシャルロットはもう存在が奇跡。
まさか幻ではないだろうか。
「――お食事の用意が整いました」
うん。うるさいぞ、ジャン(偽)。
だがシャルロットには最高の状態で料理を食べてもらいたいので許そう。
シャルロットに腕を差し出し、席まで光栄にもエスコートしていく。
一番小さな晩餐用の部屋でも長卓には十人は座れる。
昨夜はそれを見たシャルロットが申し訳なさそうに席を移動してほしいと言ったのだ。
あのときの可愛さは何と表現するべきだろう。
うん、不可能だ。
とにかく、急ぎシャルロットの要望に沿って、席は長卓の端に向かい合わせで座ることになった。
そのまま今晩も同じ配席だ。
ちなみに朝は家族用の朝食室(なんてものがあるのを知らなかったが)で、一緒に食事をした。
本当にシャルロットといると、毎日新しい発見があり楽しめる。
しかし、シャルロットは今日はどうだったろうか。
「今日はアリーナに屋敷を案内してもらったんだったね? どうだっただろうか?」
「素晴らしかったです。アリーナはこのお屋敷の歴史などを説明しながら案内してくれて、とても勉強になりました。もちろん各お部屋もホールも図書室もすべてが魅力的で、心惹かれました。またゆっくりそれぞれを見て回りたいと思います。何より、使用人の皆さんの働きぶりが……」
「うん?」
「いえ、その、無理を言って調理場や洗濯場も見せてもらったんです。そこで働いている皆さんは活き活きと仕事に打ち込んでいました。そのことにすごく感動したんです」
私は今、楽しそうに話してくれるシャルロットを見て感動している。
だがシャルロットはなぜ、たかが使用人を――他人の仕事ぶりを見て感動できるのだろう。
理解不能なところがシャルロットの魅力だが、やはり理由を知りたい。
「シャルロット、感動したのはなぜか訊いてもかまわないかな?」
「それはもちろんです。ただ、生意気に思われないといいのですが……」
「生意気に思うことなんてないよ。むしろさらに興味が湧いたな」
シャルロットが生意気を言うなんて、金を払ってでも聞きたい。聞かせてほしい。
今日一日、シャルロットに会わず仕事を片付けたご褒美だな。
さあ、どうぞ。
「……このお屋敷だけでなく、公爵領地の人たちもみんな活き活きしていました。きっと皆さん、仕事にやりがいをもっているのだと感じたんです。何事も結果が出なければなかなかやりがいを持つことはできません。要するに皆さんは結果を得ているのだと。それはレオンが領主として素晴らしいからだと思います。それで感動したんです」
「――ありがとう、シャルロット。だが買いかぶりすぎだよ。私は領主として当然のことをしているだけなのだから」
「レオンは謙遜しすぎです。……ジャン、大丈夫?」
おい。うるさいぞ、ジャン(偽)。
笑いを咳で誤魔化そうとしたようだが、邪魔だ。
笑うな。咳をするな。息をするな。存在するな。
シャルロットの注意を引くばかりか、心配をかけるなどあり得ない失態。
だが今の私はとても気分がよいので恩赦を与えよう。
なぜならシャルロットが私に感動してくれたのだからな。
聞き間違いでも、都合よく解釈したわけでもないはずだ。
屋敷の者たちには特別報酬を、領民は今年の課税を軽くしてやろう。
「ところで、レオンはとてもお忙しいでしょうに無理をなさってませんか? 私はもちろん、こうして食事をご一緒できるのは嬉しいのですが、お疲れでしたら遠慮なくおっしゃってくださいね」
「本当にシャルロットは優しいね。ありがとう。だが大丈夫。こうしてシャルロットと過ごすことで、疲れも癒されるよ」
ああ、私の女神はなんて慈愛に満ちているんだ。
この優しさだけで、疲れなど消え失せ、力が湧いてくる。
どうすればその恩を返せるだろうか。
お布施をしたい。課金したい。
だがドレスも宝石もこれ以上はいらないと、昨夜断られてしまっている。
そうだ。感動だ。
シャルロットがもっと喜ぶように、使用人たちの給金を増やし、領民たちには今年は無税にしよう。
いや、待てよ。
そうすると、他領との格差が広がり、国全体に不満も広がるな。
よし。王都に戻ったら領民への度が過ぎる搾取を禁ずる法を制定しよう。
これで領主たち――貴族たちの無駄な蓄えを削ることができ、国民は喜び、国家としてもある程度は安泰になる。
きっとシャルロットはもっと感動してくれるに違いない。
仕事が一つ増えてしまったが、シャルロットの喜ぶ顔が見られるなら問題ない。
そもそも問題は消してしまえばいいだけだ。
この政策でまた貴族たちの思惑を探ることもできるだろう。
やはりシャルロットは私の女神だ。