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シャルロット:求婚撤回


「申し訳ありませんが、今回のお話はなかったことにしてください」

「え? で、ですが、あなたは結婚を前提にお付き合いしたいと……」

「すみません! 許してください!」

「そんな……って、許せるわけないでしょ!」


 突然の婚約撤回宣言に、私は思わず求婚者に――求婚者だった子爵に向かってハンカチを投げつけた。

 頑張って頑張って、いつもの私の悪い癖を抑えていたのに、もう止まらない、止められないわ。


「決闘してください!」

「……はい?」

「私は私の名誉のために、あなたに決闘を申し込みます!」


 ハンカチは手袋の代わり。

 決闘は殿方だけのものなんて決まってないもの。

 

「な、何をおっしゃっているのか……」

「日時はそちらで決めてください。介添人を通して――」

「やっぱりあなたは噂通りだったのか! 〝狂犬令嬢〟だなんて何かの冗談だと思っていたのに!」

「狂犬令嬢……?」

「とにかく、失礼します!」


 わけのわからないことを言われて困惑しているうちに、子爵は部屋を飛び出していった。

 逃げられてしまったわ!

 そもそも何がいけなかったの!?

 これでもう何度目?

 九戦九敗。いえ、正確には十敗になるわね。


 初めての一敗。

 それはあの公園での一幕。

 あの出来事はあっという間に社交界に広まり、私の評判は地に落ちた。

 それでも持参金がしっかりあるから大丈夫って、楽観していたのに。

 まあ、そのうち結婚相手くらい見つかるわって。


 評判なんて気にしても仕方ないし、のんびり結婚相手を見つけるつもりで社交行事には出席して、めぼしい男性にはそれなりにアプローチしたのよ?

 その甲斐あって何人かの求婚者もいたのに、なぜかいつもプロポーズの直前か直後に逃げ出されてしまう。

 それで私も条件を下げて、貧乏子爵や男爵、再婚となる地主階級の男性まで結婚対象としたのに未だに相手が見つからないなんてある?

 今の子爵は男やもめで子供が三人いる二十歳も年上の相手だったのに、また逃げられてしまった。

 ご年齢的に決闘は無理だったのかしら。


 あーあ。これでまた私の評判は落ちるわね。

 これ以上ないと思っていた地に落ちた評判はもはや井戸よりも深く地中に埋まっていっているわ。


「おかしい……。これでも頑張ってお淑やかに振る舞っているのに、なぜみんな逃げ出すの?」


 あの日以来、特に目立って騒ぎなどは起こしていないのに。――相手が逃げ出そうとするまでは。

 それなのになぜかみんな最初は持参金目当てだろうが何だろうが私の評判は気にしませんよといったふうに近づきながら、最後には去っていくなんて。――報復もできてないわ。


 別に私は絶対結婚したいわけではないのよ。

 ただ両親を安心させてあげたいし、お兄様とお義姉様の将来にわたる負担になりたくないだけ。

 さらに付け加えると、あの婚約破棄からまだ一年なのに、元婚約者であるヘイクから結婚式の招待状が届いたから。


「ああ、もう! 腹立つー!」


 社交上、招かなければならないのはわかるけど、ここで欠席するのも負けたようで悔しい。

 でも一人で出席すれば陰で笑われるのは必至だし、両親たちにも気を使わせてしまうわ。


「でももうダメだわ……。さらに恥の上塗りをしてしまったもの……」


 さすがに七日後の結婚式までに相手を調達することは無理よね。

 うん、諦めましょう。

 両家の付き合い上、両親の出席は避けられないけど、私は欠席するわ。

 もう陰で何を言われようとかまわない。

 持参金になるはずだった財産を相続して一人で暮らそう。 

 よし、お母様に伝えてこなくちゃ。


「――お母様、申し訳ございません。やっぱり私、今度の結婚式は欠席させていただきます」


 家族用の居間で刺繍をしていたお母様は、私の言葉に驚いたように顔を上げた。


「まあ、シャルロット。急に何を言うの? 子爵と何かあったの?」

「先ほど振られてしまいました」

「振られた? でもあの方は結婚を前提にあなたとお付き合いしたいとお父様に申し出たのよ?」

「ええ、そうですね。ですが、先ほどこの話はなかったことにしてほしいと言われて、逃げられてしまいました」

「逃げられたって……あなたまさかまた剣を振りまわしたの?」

「そんなことはしてません。あれ以来、壁に飾られていた剣は撤去されてしまったじゃないですか」

「当たり前です!」


 子爵の前の前の求婚者が撤回を申し出てきたときには、つい壁に飾られていた剣を手に取ってしまったのよね。

 それで求婚者の悲鳴を聞いたお父様やお母様、使用人たちがやってきて、止められたのよ。

 せっかくならあの気障ったらしいヒゲを剃ってしまいたかったのに。

 決闘を申し込んだことは、お母様に黙っていたほうがいいわね。


「今回はあなたに落ち度はなかったはずなのに、こんな馬鹿にした話はないわ! お父様にも一言もないなんて、抗議しなければ!」

「いいえ、お母様。どうかもう何もおっしゃらないで。この件についてはもういいのです。私は明日、領地に帰ります。それから、領内にある小さな別荘があったでしょう? あそこに移り住みます」

「何を言うの! シャルロット、あなたは私たちの大切な娘なのよ? あなたが世間体を気にしているなんて思っていないわ。だけど私たちのためなどと思って、そのようなことを考えているならやめてちょうだい」


 そう言うお母様に抱きしめられてはもう何も言えなかった。

 お母様も普段は伯爵夫人として淑女然としているけど、実はかなり気が強くて怒らせると怖いのよね。

 伯爵家当主であるお父様もお母様には逆らえないほどだもの。



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