シャルロット:朝食
「シャルロット、今日はどうやって過ごすつもりだい?」
「今日はアリーナにこのお屋敷の案内をしてもらう予定です」
「そうか。私が案内できればよかったんだが、仕事が詰まっていてね。すまない」
「いいえ、謝らないでください。レオンはお忙しいのに、こうして一緒に食事をしてくださるだけで十分嬉しいです。それで……今夜の夕食は……?」
「もちろん、一緒にとろう。それまでには仕事もひと段落ついているだろうから、ゆっくりできるはずだよ」
「本当ですか?」
レオンは今までのように朝食を待っていてくれた。
それだけでも嬉しいのに、夕食まで一緒にとってくれるなんて、やっぱりレオンは優しい。
私がここに慣れるまでの間だけかもしれないけど、それでも十分。
しかも、そんな必要もないのに、このお屋敷の案内をできないと謝ってくれるなんて。
それに給仕してくれている従僕は普通にレオンと会話しているし、昨日はみんな私が現れたせいできっと緊張していたのね。
「奥様、お茶のお代わりはいかがですか?」
「ありがとう……えっと、あなたの名前は?」
「――どうかジャンとお呼びください、奥様」
「ええ。ありがとう、ジャン」
にっこり笑ってお礼を言ったとき、いきなりガチャンッと大きな音がしてびっくり。
どきどきしながら音のしたほうを見ると、飾り棚の上のお皿が落ちて割れてしまっていた。
「まあ、大変!」
「大丈夫だよ、シャルロット。驚かせてしまってすまない」
「いいえ、大丈夫です。それよりも貴重なものだったのではないですか? なぜこんな急に――」
「おそらく風じゃないかな?」
「風、ですか……?」
確かに窓は開いているけれど、お皿が落ちてしまうほどの風が吹いたかしら?
それとも風向きで気付かなかっただけ?
「皿の置き方が悪かったのかもしれない。とにかくシャルロットが怪我するようなことがなくてよかったよ。これからは気をつけないとね」
レオンはそう言いながら、ジャンのほうをちらりと見た。
まさかジャンのせいになったりしないわよね?
それとも掃除担当の使用人が叱られたりするのかしら?
「あの、幸い誰も怪我はしませんでしたし、誰にでも失敗はあるというか、高価なものもいつかは壊れるものですし、誰にも罪はないですよね? だって、風の悪戯ですものね?」
「――ああ、そうだな。誰にも罪はないよ」
よかった。
ちょっと強引な話の持っていき方だったけれど、レオンは同意してくれたわ。
きっと私の本音をわかったうえで、誰も罰することはないって安心させてくれたのね。
うん。やっぱりレオンは優しい人に間違いない。
ほっとして飲んだお茶はさらに美味しく感じた。
ジャンはお茶のお代わりを注いでくれた後、割れてしまったお皿を簡単に片付け始めた。
その俯いた横顔を見て、何となくどこかで見たことがあるような気がしてくる。
「――シャルロット、どうかしたかい?」
「いえ、その……ジャンとは以前も会ったことがある気がして……」
「へえ? ジャンのことが気になるってこと?」
「いいえ、そうではありません」
レオンは笑顔で問いかけてきたけど、ここははっきり否定しておかないと。
私は夫を裏切ったりなんて絶対にしないもの。
たとえレオンが気にしないタイプだったとしても。
それにしても、なぜか急に気温が下がったみたい。
窓の外に目を向けても、ぽかぽか陽気に見えるけれど、風が強いのかしら?
今は吹いていないみたいね。
「――奥様。実は私の家は多産系でして、親戚も多くいるのです。確か、奥様の故郷であるキツノッカ王国にも親戚が多く住んでおりますので、どこかでお会いしている可能性があるかと思います」
「まあ、そうなの?」
「はい。しかも私は三つ子なのです」
「おい」
「それは珍しいわね!」
ジャンの言葉に驚いたけれど、そんな個人的なことも話してくれるなんて嬉しい。
きっとジャンは私の先ほどの言葉をフォローしてくれたのね。
でもレオンの低い声が聞こえて、そちらを見ると咳込んでいた。
「レオン、大丈夫ですか? お水をお飲みになります?」
「いや、大丈夫。ありがとう、シャルロット」
水の入ったピッチャーに伸ばそうとした手をレオンに摑まれて止められてしまった。
余計なお世話だった?
しかも熱いものにでも触れたみたいに、ぱっと放されてしまったわ。
だけどレオンは満面に笑みを浮かべているから、怒っているわけではないみたい。
「それで、お前の兄弟の話だったな、ジャン?」
「はい。ジョンとジェイのことです。お優しい旦那様に三人とも雇っていただいているんです、奥様」
「そうなの? では、ジョンとジェイにも会えるかしら?」
「はい、奥様。私は屋敷内を担当しておりますが、ジョンは厩舎で働いておりますので、奥様がお出かけの際にはお供することになると思います。ジェイは細々としたことを担当しておりますので、またお会いできる機会があるでしょう」
「それは楽しみだわ。やっぱりよく似ているの?」
「はい、それはもう。よく同一人物だと勘違いされるのですよ」
「まあ……それはそれで大変そうね?」
「いいえ。慣れてしまえば大したことではございません。すべての仕事を一人でこなすとなれば大変でしょうが、三人おりますので。旦那様のおかげです」
世の中にはよく似ている人がいるけれど、それにしても三つ子だなんてすごいわ。
アリーナに後で紹介してもらえるかしら?
しかもよく間違えられるほど似ているのなら、色々と苦労も多かったのね。
ちらりとレオンを見て苦笑いらしきものを浮かべたのは、そういうことだと思うわ。
レオンが何も言わないのは照れているのかしら?
褒められるのが苦手で、いつも反応に困って無表情になるとか?
それがいつの間にか冷徹相なんて呼ばれるようになったとも考えられるわね。
だって、10回も婚約破棄されたような私にまで気遣ってくれるんだもの。
この領地のみんながレオンを怖がってしまうのも、これだけ繁栄していることを感謝して不機嫌な反応しか得られないからじゃないかしら?
それで冷徹相の噂と相まって誤解してしまったのよ。
だとすれば、みんなにレオンは怖くないってことを伝えたいわ。
別に、レオンが変わる必要はない。
苦手なことを無理にするのは苦痛だもの。
私が淑女としておとなしくしていたときだって、どれだけつらかったか。
だからレオンには何もしてもらわなくても、私がみんなに広めればいいだけ。
「レオンは本当に優しい人ですね!」
「……ありがとう、シャルロット。そう言ってもらえて嬉しいよ」
さっそくジャンに伝わるように言ってみたけれど、失敗かも。
レオンはにっこり微笑んで答えてくれたものの、ジャンは激しく咳き込んでいるから聞こえなかったかもしれないわね。
まあ、いいわ。
これから何度でもレオンが素敵だってことをみんなに伝えていけばいいんだから。