レオン:出会い
あー。今夜のシャルロットも可愛かった。
旅の道中での装いも可愛かったが、今夜のシャルロットはきちんと正装していて、女神のように輝いていた。
そうだな。可愛いというよりも美しいと言うべきか。
いや、シャルロットを表現するには現存する言葉では不足だ。
はじめはシャルロットも緊張しているようだったが(それも可愛かった)、できるだけくつろいでもらおうと努力した甲斐はあったと思う。
食事も中盤になった頃にはこわばっていた表情も、いつもの笑顔が浮かび始め、デザートの頃には声を出して笑ってくれていたのだから。
うん。幸せだ。
問題は今だ。たった今。
私はあの扉を開けたくて仕方ない。
耐えろ、私。
だが時を戻せるなら、数刻前の自分の口を塞いでしまいたい。
なぜ、あの扉を開けることはない、などと言った!
いや、待てよ。
利用しないとは言ったが、開けないとは言っていないぞ。
って、馬鹿か。それはただの屁理屈だ。
それは安心して眠っているシャルロットの信頼を裏切る行為でしかない。
だが、知られなければいいのではないだろうか。
今までシャルロットは一度眠ると、朝までまったく起きることはなかった。
ほんの少し覗く程度なら、きちんと眠れているかの確認なのだから、問題ないはずだ。
馬鹿か、私は。問題大ありだろう。
たとえ知られなくても、シャルロットを裏切ることに違いはない。
約束を破ることほど私が軽蔑するものはなかったというのに。
だが時を戻せるなら、数刻前の自分を殴ってしまいたい。
後悔など、愚か者がするものだと思っていた。
初めての感情ではあるが、こういうものかと感動もしている。
この気持ちさえ、シャルロットに恋したことで生まれたものだ。
恋とは素晴らしいものだ。
シャルロットと結婚できるまでは焦る気持ちを抑えるのが大変だった。
そして今は、名目だけでも私の妻にできたことで安堵している。
同時に、不安でもある。
本当にシャルロットは私を好きになってくれるだろうか。
いや、好きにさせてみせる。
こんな難題は未体験だが、今まで為し得なかったことはないのだから。
あの日――初めてシャルロットと出会ったあのときまでは、やはり退屈していた。
当時の私は退屈と一番の親友と言ってもいいほどだったのだ。
学問も剣の稽古も乗馬も、特に苦労することなく身につけられたからだろう。
公爵家の嫡男という恵まれた立場がさらに退屈に拍車をかけていた。
隣国の王たちとライツェン王国側の代表である父の交渉も、後学のためにと同席を許されたものの、何の勉強にもならず退屈だった。
議論するほどのこともなく、簡単に解決策は導き出されるだろうに、何をぐだぐだしているのだと苛立ったほどだ。
口を出せないことに耐えきれず、翌日からは王宮内での催しに参加させてもらうことにした。
父は私が子どもだから退屈したのだろうと落胆していたが、どうでもよかった。
そして案の定、庭園でのお茶会も退屈で、ズボンにお茶をこぼされたときには幸運に思えたのだ。
これで席を外せる、と。
あれは本当に幸運だった。
悪ふざけをしていた年下の男児がメイドにぶつかり、ポットが傾いたのだ。
中身は温くなっており、火傷の心配もなかった。
紳士らしく笑顔で席を立ち、なるべく人目につかないように庭を抜けていたとき、目の前にヘビが現れた。
別にヘビが怖かったわけではない。
ただこのような都会の、しかも王宮の庭にヘビがいるのかと感心して、立ち止まっただけだった。
そして茂みが大きく揺れ、まさか大型動物までいるのかと警戒していると、小さな女の子が現れたのだ。
あれは覚えている限り、人生で初めて驚いた。
何に驚いたのかといえば、少女は茂みから走り出るとヘビを摑んで遠くへ投げたのだ。
それから唖然とする私を、少女は背後の噴水へと突き飛ばした。
おそらくあれほど驚いていなければ、噴水へ落ちることはなかっただろう。
はっきり言って、意味がわからなかった。
一連の出来事は一瞬だったのだろうが、私にはゆっくりとした時の流れに思えた。
噴水の中に座り込んでしまった僕を満足げに見た後、少女は近くで上がった悲鳴を聞いてそちらへ走り出したのだ。
少女が走り去ってからすぐに衛兵が私を見つけ、何があったのかと蒼白な顔で問われたが、自分で転んだと答えた。
別に庇ったわけではない。
ただあの少女の不可解すぎる行動を理解することで頭がいっぱいだった。
その後、私が導き出した答えでは、少女は私のズボンが濡れているのはヘビを見たせいだと勘違いしたのだ。
要するに、私が粗相をしたと。
それで私を庇うために――ズボンの濡れを隠すために、噴水に突き落としたのだろう。
おそらく間違っていないはずだ。
少女の正体を突き止めたときには、もう私の心は囚われていた。
すでに婚約者がいると知って――しかもその相手があのとき悪ふざけをしていた男児の一人だと知って苛立ちもした。
だが、噴水に突き落とされたときに上がった悲鳴があの男児のものだとわかって、初めて声を出して笑ったものだ。
どうやらあの少女が――シャルロットが投げたヘビが男児の頭上に落ちたらしい。
それから十二年間。
ずっとこの日を待っていたのだ。
シャルロットが私の妻となることを。
だからもう少しだけ待てる。
どうか早く、シャルロットが私を好きになってくれますように。
私はそのために最大限の力をもって努めるつもりだ。