レオン:紹介
公爵領地はとても豊かだ。
街道沿いのいくつかの町は賑やかで、領館がある街もとても栄えている。
とはいえ、王都ではない。
それだけで多くの者たちが田舎だと烙印を押すのだが、シャルロットはやはり違うようだ。
整備した街道に感心し、広がる農地に感動し、村を通れば領民たちの姿や家屋を見て目を輝かせた。
そして領主として私がどれだけ素晴らしいのかを褒めてくれる。
私としては義務であり当然のことをしているだけなのだが、シャルロットに尊敬の眼差しを向けられるのだから役得だった。
これからも滞りなく領主の義務を果たそう。
やがて公爵家の領館に到着すると、シャルロットは目を丸くした。
うん、可愛い。
今にも口がぽかんと開きそうなのも可愛い。
この領館は、高祖父が王宮を上回るほどの住まいにしたいと、くだらない見栄で増築したものでハルツハイム城と呼ばれている。
だが、こんな可愛いシャルロットを見ることができたのだから、高祖父に感謝しよう。
「お帰りなさいませ、旦那様。ご無事でのお戻り、何よりでございます」
「ああ、出迎えご苦労……」
玄関前で使用人たちに並んで迎えられるのはいつものことで、うっかりしていた。
こういうことをシャルロットはあまり好まないかもしれない。
だが今回は私の花嫁を迎えるのだから大目に見てくれるだろう。
そう。私の花嫁だ。
大切なことなので心の中で二回言ってみた。
いつか声を大にして言おう。
さて、執事のジョナサンやアリーナが待っているので、本当は嫌だが私のシャルロットを紹介するか。
これからシャルロットはここの女主人となるのだからな。
私の妻として。
そう。妻なのだから、腰に腕を回しても失礼ではないはずだ。
「こちらは私の妻になったシャルロット。エクフイユ伯爵家出身だ。シャルロット、彼がこの家を取り仕切ってくれている家令のジョナサン。奥方のアリーナは家政婦として働いてくれている」
「はじめまして、ジョナサン、アリーナ。わからないことだらけで頼りないかもしれないけれど、これから頑張るから色々教えてちょうだいね」
「はじめまして、公爵夫人。ようこそいらっしゃいました」
「家政婦のアリーナでございます。何かご要望がございましたら、いつでもお申し付けくださいませ」
「……ありがとう」
皆が緊張してぎこちないのはおそらく私が笑顔だからだろう。
自分でも笑っているのはわかっている。
ここ数日、口角を上げてばかりいるので、頬が筋肉痛なのだ。
それでもやはり、自然と笑顔になってしまう。
シャルロットが頑張る必要などないのだが、どうにか皆と早く馴染もうとしている姿がいじらしい。
だが今は旅の疲れが出ているはずだ。
ここにいつまでも立たせていないで早く休ませてあげなければ。
「挨拶はこのぐらいでいいだろう。シャルロットは長旅で疲れているだろうから、しっかり休ませてやってくれ。皆、他の使用人たちの紹介は後ほどでいいかな?」
「……はい」
「では、部屋まで案内しよう。皆、持ち場に戻るように」
このまま腰に手を当てていても大丈夫だろうか?
手を繋いだ方が歩きやすいかもしれないな。
シャルロットがちらりとこちらを見上げてきたので、どうにか笑って返す。
そのような上目遣いは反則だろう。
今まで、多くの女性からこのような視線を向けられたことはあったが、ただ不快なだけだったのに、なぜシャルロットはこんなに可愛いんだ?
「――ここがあなたの部屋だ」
「まあ、なんて素敵な……」
喜んでいる?
うん。喜んでくれているな。よし。
アリーナはいい仕事をしたようだ。
今まで使わず閉め切っていた部屋をここまで明るくしたのは、どうやらカーテンも変えたからだろうか。
後で特別報酬を出そう。
「こちらが浴室で、あちらが寝室になる。その奥にある扉は私の部屋と繋がっているが、しばらくは利用するつもりはないから安心してほしい」
「……え?」
記憶にある通りに室内の配置を簡単に説明し、寝室については慎重に伝えた。
シャルロットはこれから慣れない土地で暮らしていくことになる。
焦ってはダメだ。
ほら、今も顔色が悪い。
ここは離れがたいが、私がいては気が休まないだろう。
「それでは、私は仕事があるから申し訳ないが、失礼するよ。お茶を運ばせるから、シャルロットは夕食までゆっくりしていてくれ。少し横になるのもいいかもしれない」
「ありがとうございます。あの、夕食はご一緒できるのですか?」
「もちろん。それとも一人のほうがいいかな?」
「い、いいえ。ご一緒してくださるなら、嬉しいです」
「そうか。よかった」
よし。夕食の約束は取り付けた。
怖がらせては元も子もないからな。
この土地を気に入ってくれれば、そのうち私のことも気に入ってくれるかもしれない。
急がないので、どうか私を好きになってくれ、シャルロット。
どうにかシャルロットから離れ、心の中を悟られないように無害をアピールするために笑みを浮かべる。
そして一人で部屋を出た私はよく耐えた。
ここのところずっと一緒に過ごしていたから、これから別々の時間が増えてしまうのはつらい。
だが、領地の繁栄がシャルロットの喜び、国政の安定がシャルロットの安寧だ。
さっさと雑務を片付け、シャルロットとの夕食を楽しもう。
その後は溜まっているだろう仕事を処理することで、しばらくはシャルロットと距離を置かなければ。断腸の思いだが。
そうすればシャルロットもこの地に――この状況に慣れてくれるだろう。
問題は、どうやってシャルロットに好きになってもらうか、だ。
確か、書斎にくだらない恋愛小説もあったな……。いや、くだらないなどと思ってはいけない。
これからそれらを指南書にして、恋愛技を習得するのだから。
本来なら求婚前に会得しておくべきだったのだが、あまりにも国政に時間を取られすぎた。
やはりあれらの処分は厳しくするべきだったか……。
まあ、いい。考えるのも時間の無駄だ。
とにかく、シャルロットがこの土地に慣れてくれるまでに、理想の恋人――夫とやらになってみせよう。