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シャルロット:恋人

 

「お帰りなさいませ、旦那様。ご無事でのお戻り、何よりでございます」

「ああ、出迎えご苦労……」


 ハルツハイム公爵領に入ってからはその広大さと豊かさに圧倒されていたけれど、さらに豪奢な領館を目にして、思わずぽかんと口を開けそうになったわ。

 でも玄関前に使用人たちがずらりと並んでいたから、どうにか我に返ることができた。

 公爵夫人として夫に恥をかかせるわけにはいかないもの。

 危ない、危ない。


 しかも領館の人たちは執事をはじめとして、皆が緊張しているようで、どこかぎこちない。

 これは私にがっかりしているのかも。

 レオンはしぶしぶといった様子で、私の腰に手を添えて皆の前へと押し出すようにして紹介してくれる。

 やっぱり女主人として、私を紹介したくないみたい。


「こちらは私の妻になったシャルロット。エクフイユ伯爵家出身だ。シャルロット、彼がこの家を取り仕切ってくれている家令のジョナサン。奥方のアリーナは家政婦として働いてくれている」

「はじめまして、ジョナサン、アリーナ。わからないことだらけで頼りないかもしれないけれど、これから頑張るから色々教えてちょうだいね」

「はじめまして、公爵夫人。ようこそいらっしゃいました」

「家政婦のアリーナでございます。何かご要望がございましたら、いつでもお申し付けくださいませ」

「……ありがとう」

「挨拶はこのぐらいでいいだろう。シャルロットは長旅で疲れているだろうから、しっかり休ませてやってくれ。皆、他の使用人たちの紹介は後ほどでいいかな?」

「……はい」

「では、部屋まで案内しよう。皆、持ち場に戻るように」


 ジョナサンもアリーナもすごくぎこちなくて、これから上手くやっていけるか不安。

 レオンはあまり皆さんと私を話させたくないのかも。

 ひょっとして王都ではなく、この領地にレオンの恋人が住んでいるとか? 

 皆さん、それを知っていて私を憐れんでいるのかも。

 もしくは、その恋人を気の毒に思っているとか?


 レオンに背中を押されながらちらりと見上げると、視線に気付いてにっこり笑ってくれる。

 あれ? 私の考えすぎだった?

 そういえば、ここに来るまでに私に領地では好きにすればいいとおっしゃてくれたものね。

 もしここに恋人がいるなら、それは言わなかったはず。


「――ここがあなたの部屋だ」

「まあ、なんて素敵な……」


 上品な調度品で設えられた部屋はとても広くて明るい。

 しかも、まるで歓迎してくれているように、何カ所も美しい花が飾ってあって嬉しくなる。


「こちらが浴室で、あちらが寝室になる。その奥にある扉は私の部屋と繋がっているが、しばらくは利用するつもりはないから安心してほしい」

「……え?」


 今まで余計な心配をしていたのかもと思いかけたのに、続いたレオンの言葉で一気に頭が冷えた。

 そうよね。これは見せかけなんだもの。

 私は何を期待していたのかしら。

 数日前の「好き」の言葉だって、人間として好意を持っているくらいの意味なんだわ。


「それでは、私は仕事があるから申し訳ないが、失礼するよ。お茶を運ばせるから、シャルロットは夕食までゆっくりしていてくれ。少し横になるのもいいかもしれないよ?」

「ありがとうございます。あの、夕食はご一緒できるのですか?」

「もちろん。それとも一人のほうがいいかな?」

「い、いいえ。ご一緒してくださるなら、嬉しいです」

「そうか。よかった」


 ああ、どうしてこんなにレオンは優しいのかしら。

 どうせならもっと冷たくしてくれれば、期待せずにすむのに。


 にっこり微笑んでから部屋を出ていくレオンを見送って、窓辺へと近づいた。

 外には緑豊かな庭が広がり、その先には高い塀がある。

 この領館がハルツハイム城と呼ばれているのも納得。

 それだけの規模だもの。


 ここに来るまでに、この公爵領地がどれほど豊かなのか、領民たちが満足しているかもすぐにわかったわ。

 伊達にずっと田舎で――エクフイユ伯爵領地で過ごしていただけじゃないのよ。

 それはすなわちレオンが良い領主でもあるという証拠だものね。

 まあ、実際に管理しているのは管理人や家令のジョナサンかもしれないけれど、それを指示しているのはレオンだわ。


 良い領主は良い夫にもなれるんじゃないかしら。

 レオンは私を公爵家に釣り合う身分で、愛――恋人の存在も受け入れる存在として選んだのかもしれない。

 だけど、せっかくなら本当の夫婦になれるよう努力してもいいのでは……いいえ、努力するべきなのよ。


 それなら精いっぱいレオンのために良い妻になってみせるわ。

 そうすればいつか、私に情を――愛情を抱いてくれるようになるかもしれないもの。将来の子どものためにもそうするべきよ!


 結婚したのは私なんだから、レオンは子どもの母親に私を選んだってことよ。

 子どもはぜひともほしいわ。

 自分の子どもでなくてもあんなに可愛いんだから、自分の子どもならなお可愛くて愛おしいに決まっているもの。


 そうよ。初めから諦めるなんて私らしくなかったわ。

 レオンに好きになってもらうために努力せずして、何をするの? 

 ええ。レオンの愛情を勝ち取ってみせるわ!


 そのためにはまず敵を知らなければね。

 レオンの恋人がどんな人なのか調べて……それからどうすればいいのかしら?

 こんなことならもっと恋愛について勉強しておけばよかったわ。

 ヘイクの心を射止めたあの子は……いつも誰かの悪口を言っていた気がするけど、実はそれで恋敵を蹴落としていたとか?


 いいえ。それはさすがに穿った見方ね。

 私とあの子は仲良くできなかったけれど、別にヘイクを奪われたわけではないもの。

 そう考えると、私はレオンの恋人から愛する人を奪うことになるんだわ。

 それは気分のいいものではないわね。


 うーん。どうしてあのとき、結婚を了承してしまったのかしら。

 やっぱり〝急いで結婚、ゆっくり後悔〟って本当なのね。

 でもこれは私の選択だから、甘んじて受けなければいけない。

 それならレオンの言葉通りに「好きに」させてもらって、まずは領地の人たちと仲良くなれるよう頑張るわ。




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