レオン:日傘
眠っているシャルロットは天使そのものだった。
では、起きて動いて話して食事をしているシャルロット何だろう? 女神かな?
いや、やはり悪戯好きの妖精かもしれない。
寝坊してしまったと恥ずかしそうに顔を赤くする姿は私の心臓を止めにきている。
この時間なら普通の貴族女性ならまだまだ寝ている時間だろう。
報告どおり、シャルロットはとても早起きらしい。
それは王都でも変わらなかったらしく、よく午前中に散歩を楽しんでいたようだ。
その姿はきっと朝を告げる女神のように美しいに違いないが、不届き者たちまでもを惹きつけるのではないかと、かなり心配もした。
これからは早朝だろうが深夜だろうが、シャルロットが散歩に出る際にはできるだけお供をするつもりだ。
もちろん乗馬も一緒に楽しみたい。
「レオン、まさか朝食をとらずに待っていてくださったのですか!?」
「うん。一緒に食べたくてね」
食事が二人分運ばれてきたことで、シャルロットは驚きの声を上げた。
私がシャルロットと一緒に過ごす時間を逃すわけがないのだが、王都に戻ればその時間もなかなか取れなくなるだろう。
やはり独立するべきか。
「もう少し進めばライツェン王国に入るが、どこか寄りたいところはある? せっかくだから観光するのもいいんじゃないかな?」
「い、いえ……。その、お恥ずかし話ですが、私はあまりライツェン王国のことは詳しくなくて……。ですが、できる限り早く学びたいと思っております。そのためにもまずはレオンの領地に行きたいです」
「無理をする必要はないよ。でもわかった。まずは領地だ」
「――はい」
できるだけ二人きりの時間を増やしたくて提案したが、断られてしまった。
その理由がいじらしくて可愛い。
領地のことを早く学びたいなど、民が聞けば喜ぶだろう。
正直、民の感情についてはどうでもいいが、シャルロットの希望なら叶えたい。
今のところ不自由はさせていないので、シャルロットも安心してくれるはずだ。
今日はシャルロットと二人きりの時間をたっぷり取れるので、食事の時間を長引かせることはしなかった。
領地に向けて出発すれば、シャルロットの言う通り、あまりこの辺りのことには詳しくないようで、私の説明に懸命に耳を傾けてくれる。
その姿がもう……これ以上は言葉にするのはやめておこう。
ただ一つ、今朝から気になることがあるのだが、訊いてもよいものだろうか。
昼食や休憩のために途中の宿屋に立ち寄ったときも、ずっとシャルロットは手に持ったまま。
その日傘はいったい何なのだろう?
いっそのこと私が日傘になりたいが、その無意味な妄想はやめにして確かめるべきだ。
「――ところで、今朝から気になっていたんだが、なぜずっと日傘を持っているのかな?」
「え!? あ、えっと、その、これは……」
私の質問は急だったかもしれない。
だからシャルロットがそのように慌てるのも仕方ないだろう。
しかしなぜかシャルロットからは後ろめたさを感じる。
まさかとは思うが――。
「ひょっとして、思い入れがあるのかな? 誰かにもらった大切なものとか?」
「は、はい! これは社交界デビューしたときに、母からもらったんです! ちゃんと淑女らしくできるようにって!」
うん。嘘だな。
可愛いくらいにシャルロットは顔に出る。
おそらく日傘を伯爵夫人から贈られたのは本当だろう。
てっきりあの元婚約者からの贈り物ではと疑ったが、違うのなら好きなだけ持っていてくれてかまわない。
とすれば、後ろめたさを窺わせるのは何だ?
「……無理をしなくても、シャルロットはとても魅力的だよ?」
「あ、りがとうございます?」
「お礼はいらないよ、事実だから。だけどシャルロットの母君からの贈り物なら持っていたい気持ちもわかるよ。今回の結婚は急だったからね。ちょっと不思議に思って訊いただけだから、気にしないで」
わかった。
一瞬、何かを思い出したような表情で日傘をぎゅっと握りしめた動作から推測すると、それは武器代わりなのだろう。
ことさら優しく話しかければ、シャルロットはもう一度ぎゅっと日傘を握りしめてから手放した。
まずい。
シャルロットは私を信用してしまったようだ。
私はシャルロットの信頼に当たるようなそんな人間ではないのに。
武器代わりに日傘を持っていたのは正解なのだ。
今すぐにでも襲いかかってしまいそうなほどなのだから。
どうしたらシャルロットに嫌われず、遠ざけることができるだろうか。
あまり近づかれてしまうと、私の本性が露見してしまう。
それはまだ早い。
愛情豊かなシャルロットのことだから、公爵領を気に入れば離れがたくなるだろう。
行動に移すのはそれからだ。よし。
「明日には私の領地に入るが、以前も言ったようにあなたは好きにしてくれればいい」
「はい。ありがとうございます」
「だが、私のことは気にしないでほしい」
「――え?」
「私には私のやり方がある。それを変えることは不可能なんだ。だからどうか我慢してほしい」
「……わかりました」
私が共にいれば、領民だけでなく屋敷の者たちも恐れ――遠慮してシャルロットに壁を作ってしまうだろう。
それではシャルロットは寂しさのあまり里心がついてしまうかもしれない。
だからといって、私は他人と必要以上に付き合おうとは思わない。
領地ではシャルロットに自由に過ごしてもらい、まずはあの地を愛してもらおう。――悔しいが。
その延長で領主でもある私に好意を抱いてもらえばいいのだ。
「……レオン、私はあなたと結婚できて本当に幸運です。ありがとうございます」
「いや、礼を言うのは私のほうだよ」
まだよく知りもしない私と結婚してくれたのだから。
その無謀で負けず嫌いなところも大好きだ。
だが後悔させるつもりはない。
必ずシャルロットを幸せにしてみせる。