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レオン:朝活

 

 はあ。可愛い。すごく可愛い。やっぱり可愛い。

 目が覚めたらシャルロットの寝顔を見ることができるなんて最高だな。

 もうすぐ夜が明けるというのに、ぐっすり眠っているのはやはり疲れていたのだろう。


 目が覚めるまでは邪魔をしないように、皆には命じておかなければ。

 物音も立てないように、窓の外――中庭で話すのも禁止だ。

 何人たりともシャルロットの眠りを妨げる者は許さない。

 もちろん私もだ。


 本音はシャルロットが起きるまでこのまま見守っていたいが、部屋から去るとしよう。

 寝起きのシャルロットを堪能するのは後の楽しみだ。

 今はまだ慣れない私が傍にいると気まずいだろうからな。


 カーテンの隙間から漏れる淡い光でだいたいの時刻もわかる。

 そろそろ宿の者たちが動き出すはずだ。

 さっそく静かにするよう通達しなければ。


 私が居間へと移動した気配を察したのか、スマイズが眠そうな顔で起き出してきた。

 が、少々煩い。

 静かにするように人差し指で示せば、金縛りにあったように動かなくなった。

 そんなに驚くことか?

 この仕草の存在くらい私も知っている。


 そのまま動かないでいるなら静かでいいが、残念ながら宿の者たちに伝えさせなければならない。

 小声で指示を出せば、スマイズは声を出さずに何度も頷き、足音を立てないように気をつけながら居間から出て行った。


 ふむ。スマイズのよいところは二度目のミスはしないことだ。

 まだ外は薄暗いので、戻ってきたスマイズが用意したランプの明かりを頼りに仕事を片付けていく。

 旅先にもかかわらず、しかも新婚だというのに、なぜ彼らは厄介事を次々と持ち込んでくるのだ。

 彼らからの手紙や添えられた書類に目を通しつつも苛立ちが募る。

 これくらい、自分たちで処理しろ。


 陛下は悪い方ではないのだが、お人好しが過ぎると言うべきか……。

 要するに、はっきり言って凡庸な方だ。

 そのせいで前宰相であったセレクジョン侯爵一派にいいように操られ、危うく玉座を乗っ取られるところだったのだから。


 私としては我が公爵領に害がなければそれでよかったのだが、結局は介入することにした。

 なぜならライツェン王国内が荒れれば、間違いなくシャルロットの国も影響を受けるからだ。

 どこかの馬鹿が調子に乗ってライツェン王国に攻め入る算段をするかもしれず、違う馬鹿が我もとシャルロットの国を乗っ取ろうとする場合もあった。


 そのせいで不本意ながら宰相の位を若年で賜ることになったのだ。

 面倒くさい。

 地位が増せば責任も増える。

 ついでに嫉妬も増える。

 誰が言い出したのか冷徹相などと呼ばれ始めた。

 私は何と呼ばれようとかまわぬが、その名のせいでシャルロットに嫌悪される恐れもあったのだ。


 無理にでも優秀相や素敵相などと呼ばせようかとよほど思った。

 だがシャルロットなら呼び名よりも、直接相手を見て判断してくれるだろうと賭けたのだ。

 まさか勢いで結婚してくれるとまでは思わなかったが、その衝動的なところは可愛くも危険だ。

 これから気をつけてしっかり見守っていかなければならないな(もう夫婦なのだからストーカーではない)。


 それにしても、この書類や手紙の多さは何だ?

 ほんの数日留守にしただけで、こうも問題が起きるのか。

 いっそのこと独立してしまうのもよいかもしれない。

 そうすれば王都になど行く必要もなく、この煩わしい仕事からも解放され、シャルロットと公爵領地でずっと一緒に過ごせる。

 公爵領地に攻め入る者があるなら、たとえそれがライツェン王国軍であったとしても退けるのは簡単だ。

 そもそも王国軍の半分近くが我が公爵領出身の者だからな。


 だが、それも無理だな。

 私が独立すればすぐにセレクジョン侯爵一派の残党が息を吹き返すだろう。

 他にも怪しい者たちは多い。

 公爵領に害はなくても、やはりシャルロットの故郷は影響を免れないだろう。


 本音を言えば、シャルロットの故郷もどうでもいいのだが、それではシャルロットが心を痛めてしまう。

 エクフイユ伯爵夫妻には、シャルロットという天使を産み育ててくださった恩があるのだ。


 ならばいっそ、世界征服でもしてみるか。

 そうすれば陛下を立てつつ諸侯たちを制御することや、隣国との交渉などに煩わされる必要はなくなる。


 ふむ。やはり無理だな。

 世界征服の過程で多くの血が流れることは避けられない。

 となると、シャルロットが悲しむ。

 何よりシャルロットと一緒に過ごす時間が減ってしまう。


 仕方ない。

 シャルロットのためにも世界平和に努めるか。

 そして私とシャルロットのための貴重な時間を奪う些末な憂いをなくしてしまえばいいのだ。


 手紙に全て目を通し終えたときには、もうランプの明かりが必要ないくらいに外が明るくなっていた。

 だが寝室からはシャルロットが起きた気配は感じられない。

 静かに立ち上がり、音を立てないように、光をできるだけ入れないようにと寝室に入る。

 予想通りシャルロットはまだぐっすり眠っていた。

 報告ではいつも早起きだとあったが、それほど疲れているのだろう。

 私の胸がチクリと痛んだのは罪悪感のせいだ。


 この結婚が彼女の選択であっても、あの状況ではまともな判断力を失くしていただろう。

 しかもその後も考える時間を与えず、攫うようにこの国まで連れてきたのだ。

 ただ、この罪悪感さえも初めての体験で、今度は別の意味で胸が痛む。


 カーテンの隙間からかすかに差し込む朝日が部屋を淡く染め、その中で健やかに眠るシャルロットは天使でさえ霞むほどに清らで美しい。

 ずっと見ていたいが、再び己の欲望をぐっと堪えて寝室からそっと出る。

 そのままシャルロットの侍女に指示を出し、スマイズにも朝食はシャルロットと取ることを伝えた。

 さて、彼女が目覚めるまでに面倒な処理を終わらせておこう。




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