プロローグ
「シャルロット・エクフイユ! 私は貴女との婚約を破棄する!」
キツノッカ王国のプレスト伯爵子息ヘイクの宣言に、その場は一瞬静まり返った。
周囲に集まってきた人たちが黙り込んだばかりか、小鳥のさえずりも馬の蹄の音さえも、すべての動きが止まってしまったかのように。
「そんな……」
たった今、婚約破棄を宣言された令嬢が俯きぷるぷる震えている。
そんな彼女に皆が同情の視線を向けた瞬間、シャルロットは顔を上げ、ヘイクを睨みつけながら人差し指を突きつけた。
「そんなもの、こっちから破棄するわ! ヘイク・プレスト!」
貴族令嬢らしからぬ大声に、周囲は呆気に取られた。
しかも婚約破棄を告げたヘイクでさえも驚きぽかんと口を開けている。
「今までお父様たちのために耐えていたけれど、もう我慢ならないわ! この軟弱者! あんな子犬いっぴき追い払えなくてなにが紳士よ。淑女を守ることもできないなんて!」
「どこが淑女だ! そんな枯れ枝を振り回すなんて信じられない! 子供の頃に蛇を投げつけられたことは忘れてないからな! この田舎者!」
「はああ!?」
「ひっ!」
シャルロットが思わず枯れ枝を強く握りしめたところで、駆け付けた付き添いの侍女が止めに入った。
ヘイクもまた侍従に止められている。
そこで冷静さを取り戻したシャルロットは自分が失敗したことに気付いたが、後悔はしていなかった。
何も間違ったことはしていない。
ヘイクと公園を散歩中に野犬に襲われたところを、シャルロットが枯れ枝を拾って振り回し、撃退したのだ。
そもそもヘイクは幼い頃に決められただけの婚約者で、一度王宮で顔を合わせてから十年以上も会ったことはなかった。
ずっと領地で過ごしていたシャルロットはお転婆であることは自覚していたが、それでも適齢期になって王都にやってきてからは淑女らしくあろうとおとなしくしていた。
それでも野犬にお尻を噛まれて動転している婚約者を助けようと、シャルロットだって恐怖心を抑えて枯れ枝で撃退したというのにヘイクの仕打ちは酷い。
結局、お互い謝罪も歩み寄ることもなく、二人は無言で帰路についた。
その後にプレスト伯爵から謝罪文と正式な婚約解消の申し出があり、シャルロットは婚約者に捨てられた令嬢という汚名を被ることになったのだった。
新連載です!
完結まで毎日投稿の予定です。
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