4話 修行
そして、その日から俺の修行は始まった。
とはいっても、特別な魔力のコントロールだとか、技の練習だとかをするわけではないらしい。
やることは単純。
筋トレと食事だ。
俺の『超人』といわれる体は、得た魔力を身体能力に変えられる体質らしい。
普通に生きるだけでも体が強くなる、
そこに筋トレを追加して行うことで、肉体がより高い身体能力を求めていると感じて魔力が力に変わる効率が良くなるらしい。
これは、まあ問題なかった。
そもそも筋トレ自体は実家にいたときも定期的にやっていたのだ。
確かに筋トレのメニューは実家にいたときよりも格段に激しくなり大変ではあったが、しかしそこは根性でなんとか耐えることができた。
問題は食事の方だ。
俺が食事として師匠からだされたものは、魔獣で作られた料理だった。
魔獣は、普通の獣と違って食べることができない。
モノにもよるが、肉が固すぎて歯で嚙み切れないものもあるし、飲み込むことはできるが毒性が強くて腹を壊すものもある。
ほとんど全ての魔獣が食べられないとされている。
中には魔獣を食べたせいで死んでしまった者もいるらしい。
らしいのだが、師匠はそんな魔獣の肉を出してきた。
なんでも、俺は超人で内臓も他の人間より強化されているから、魔獣の肉も問題なく消化できるらしい。
信じられないと思いながらも食べてみたら、本当に食べることができた。
どれだけ時間が経っても、腹を下すことも体調が悪くなることもない。
最初は本当に魔獣の肉かと疑った。
まあ、後で調理前の食材とその調理過程を見させてもらったら、嫌でもこれが魔獣だったのだと納得したのだが。
えぐいもの食べさせられている、と感じてその日は食欲がなくなったものだ。
……見なければよかった。
ほんとうに。
なぜこの「魔獣を食べる」という行為が修行の一環だったのかは、食べ始めてからわかった。
魔獣肉を食べ始めて1週間ほど経った頃、なんとなく体が軽く感じた。
実際に体重が減って体が軽くなったのではない。
身体能力が高くなって、体か軽くなったと錯覚したのだ。
そのことを師匠に伝えると、それこそが狙いだと説明してくれた。
魔獣には魔力がある。
魔術こそ使えないが、人間よりもずっと多くの魔力を所持しており、そんな魔獣を食べると人の魔力量も多くなるらしい。
師匠が言うには、自分より魔力量の多い生命体を食べると魔力量があがるのだとか。
これが普通の人間なら、魔獣を食べればその毒性に体が負けて体調を崩してしまうため食べられない。
だが俺は、魔獣を消化できる数少ない人間である。
つまり、俺は魔獣を食べて魔力を得ることができるのだ。
そして得られた魔力は自分の身体能力の強化に使われるため、どんどん体が強化される。
体が軽く感じたのはこのためだ。
そしてなんと力があがるだけでなく、内臓も動揺に強化されていくため、どんどん多くの魔獣を食べることができるようになるらしい。
まとめると、
内臓が強いため魔獣が食べられる
→魔獣を食べて魔力を得る
→得た魔力が身体能力強化に使われる
→さらに魔獣が食べられる
→さらに魔力を得られる
→さらに強くなる
ということになる。
俺は魔獣を食べれば食べるほど強くなっていくのだ。
実はこれは普通の人にはできない特殊な方法らしい。
できるのは今の世界には俺を含めても数人ほど。
そして他の人はこの方法を知らないため、あえて魔獣の肉を食べるようなことはしないだろう。
そのため実質、俺一人しかやっていない方法だと師匠は言っていた。
そしてこの食事と筋トレを中心に鍛えていき、一年が経過した。
この一年、師匠の言いつけで俺はときどき家の外の魔獣たちを倒している。
最初はデスラビットという小さいウサギ型の魔獣を倒した。
小さいウサギ型とは言っても魔獣。
狂暴だったし、力も強い。
どうやら普通は武器を持った大人がやっと倒せるレベルらしい。
子供が小動物と勘違いして不用意に近づき、殺されてしまうこともあるのだとか。
つまり武器も持っていない子供の俺が倒すのは、不可能かとても難しい。
初日は倒すことすらできなかった。
だが毎日挑んでいくと、三日目で怪我をしながらもようやく倒すことができた。
一週間も経つ頃には怪我することなく余裕で倒すようになっていた。
二週間目には拳の一発で殺すことが可能になっていた。
デスラビットの次も色んな魔獣を倒した。
ゴブリン、コボルド、オーク、オーガとどんどん強くなっていったが、その全てを倒していった。
最初は苦戦していた魔獣も、慣れるうちに楽に倒せるようになっていった。
そしてそれらの倒した魔獣を食べていくうちに、どんどん俺自身の力も上がっていった。
そうして修行を行いながら、2年経った。
筋トレの成果か、それとも魔獣食の成果か。
俺の身体能力はどんどん上がっていった。
そして倒す魔獣もどんどん変わっていった。
たとえば、この獅子の魔獣。
二年前、師匠に出会ったときに遭遇したやつだ。
確か名前はジャイアント・ライオンとかいったな。
……わかりやすいが、微妙な名前だなあ。
ちなみに名付けたのは師匠。
あまりそういったセンスはなかったようだ。
二年前は恐ろしくて逃げることもかなわないような魔獣だったけれども、今なら楽に倒せる。
俺は、現れたジャイアント・ライオンに向かって一直線に走る。
そこそこ早く動いているため、空気の抵抗があるが、問題ない。
そのまま目に数十メートルのきょりを一秒もかからず走り抜けると、ジャイアント・ライオンの首を蹴り上げる。
ジャイアント・ライオンは吹き飛んで木の幹にあたり、そして何本かの木をへし折りったあとに地面に倒れこんだ。
よし、今日の狩りは終わりだ。
あのジャイアント・ライオンだけで一週間分の肉になる。
俺は意気揚々と、師匠の待つ家に帰っていった。
そして俺が師匠の弟子になって、5年経った。
「ふっ」
上に向かって大きくジャンプする。
その高さは地上百メートル。
そこで飛んでいたのは、大きなドラゴンだ。
近づけばわかるその巨体。
それは、この森で見つけられるなかで最も大きい魔獣だ。
頭からしっぽのさきまでで数十メートルほどある。
この森だけでなく、外の世界で考えても最も大きい生物の一つだろう。
まあ、大きいだけで大して強くはないんだけどな。
ジャンプでドラゴンへと近づいていき、その巨体の腹にむかって俺は拳を振り上げる。
『グゴオオオオオオオ!!!』
その一発で、ドラゴンは大きな叫び声をあげながら絶命した。
殴った衝撃が腹を貫通して心臓まで届き、心臓を止めてしまったのだ。
本当は腹を丸ごと吹き飛ばして穴をあけることもできるのだが、そうすると食べられる肉が減る。
そして浮遊感。
殴った衝撃で、体の動きが上昇から下降へと切り替わったのだ。
ドラゴンは死亡して飛べなくなっている。
俺はそうして落下するドラゴンと共に地上へ落ちる。
その間に体制を変えて体をドラゴンの上に持ってくるのを忘れない。
十数秒ほどの落下を体験した後、ドラゴンをクッションにして地面に着地した。
激しい音を立てて激突するドラゴン。
その音と衝撃に、近くにいた魔獣たちが逃げるのを感じる。
ドラゴンは激突の衝撃により、顔がぐちゃぐちゃにつぶれて体の骨もぼきぼきに折れてしまっていた。
何本かは体から出ている。
自分がしたこととはいえ、凄惨な画だ。
死んだ後でこんな扱いをされるとはドラゴンも浮かばれない。
まあ、もう死んでいて苦しみはないから別にいいか。
「ドラゴンの肉ゲットー。美味いんだよな、ドラゴン」
俺は五年たって、ドラゴンを倒せるようになっていた。
この漆黒の森には、なんとドラゴンが存在したのだ。
ここに来るまでは見たことがなかったが、いるところにはいるものだ。
初めは興奮して、どれだけの強さかと思って戦いを挑んだが……、実際は大して強くなかった。
拳の一撃で倒してしまえる雑魚だったのだ。
ドラゴンという存在に憧れを抱いていた身としては、少しむなしかった。
まあ食べられる肉が多いからそこに関しては良かったが。
もはや効率のいい狩りの相手としてしか見れていない。
ドラゴンは体が大きすぎて引きずって家まで持ち帰ることなんてできないため、取れる肉を何回かに分けて持ち帰る。
もてる分の肉をもって、家のある方向にあるいていく。
しばらく歩くと、家が見えてきたのだが、その家の前には師匠がいた。
「あ、師匠。帰りましたよ。今日はドラゴンがいたんで狩ってきましたー」
両手で持っていた肉を片手に持ち替えて、開いている方の手をふる。
すると。
「うーん。まさかここまで強くなるとは思わなかった」
そう呟く師匠の声が聞こえてきた。