19話 領主ベルモンド
「ふはははは! よくぞ来たなあ、少年よ! 私がマジェスティア領の領主、ベルモンド・マジェスティアだ!」
豪快な声で笑う大柄な男。
それが領主ベルモンドを端的に表した表現だ。
彼は腕を組んで仁王立ちになり、俺を待ち構えていた。
「どうした。遠慮せずに入ってこい」
「あ、はい」
ドアを潜り抜けて、部屋へと入る。
しかし大きい声だ。
今まで聞いた人たちの声の中で間違いなく一番大きい。
さすがに大型の魔獣ほどのものではないが、中型くらいの声は出ているんじゃないか?
ちらり、とドアを見る。
よくドア越しに聞こえてこなかったな。
聴覚には自信があるから、こんな大きい声なら聞こえているはずなんだが。
「この部屋のすべての壁やドアは防音になっていますから、部屋にいれば声は漏れないのです」
執事がそう告げる。
「俺、口に出していましたか?」
「いいえ。ですが皆さま同じことを考えますので」
ああ、皆同じこと思うんだ。
そりゃそうか。
防音というのは魔術でやったのかな。
だとしたら、聞こえなかったのも理解できる。
あれ、でもさっきはノックで人が来たことを伝えていたな。
それに執事さんがドア越しに声を伝えていたし、部屋から領主の声もしていた。
なにか特殊な魔術でも使っているのだろうか。
とそこまで考えて思考を止める。
別に領主の屋敷がどういう作りになっていようが、彼らの自由だからな。
あれこれ考えて探ろうとするのもおかしな話だ。
「ベルモンド領主。本日はお招きいただきありがとうございます」
「構わんよ少年。いやむしろよくご足労していただいたとこちらが言うべきだったな!」
はっはっは! 笑い声が部屋の中を響く。
どうやら防音は部屋から外に漏れないだけで、部屋の中の声を下げてくれるわけではないらしい。
「今日君を招いたのは厳密には私ではなくユイハ様だ。私が君に用事があったことも事実ではあるがな」
そして、領主は組んでいた腕をほどき、右手を握り左肩におき頭を下げる。
貴族流の敬礼だ。
かつてマーガライト家にいたとき習ったことがあった。
「少年! いいや名前で呼ばせてもらおう、カリム君! まずは我らがユイハ様を助けてくれたこと、誠に感謝する!」
「恐縮です」
領主に合わせて、こちらも頭を下げる。
俺は家を勘当されてもう貴族じゃないからな。
貴族流の敬礼はせずに普通に頭を下げた。
「はっはっは! その歳にしては随分と固いな!」
敬礼をしたあとには、またすぐ腕を組んで仁王立ちにもどった。
「ええと、すみません」
「謝る必要はないぞ、責めているつもりはないからな!」
はっはっはと再度大きな声で笑う領主。
ところで、と話を変える。
「カリム君。冒険者を目指していると聞いたぞ」
「はい。昨日試験を受けまして、今日合格いたしました」
「そうか! ユイハ様を助けてもらった礼に、冒険者ギルドに推薦でもしようかと思っていたのだがな! 合格していたのなら問題はない。冒険者として頑張ってくれたまえ!」
「はい。誠心誠意、頑張らせていただきます」
領主の言葉にそう返答し、俺は頭を下げる。
これも固かったかなと思うが、失礼になるよりは少しくらい固い方がいいだろう。
「うむ、ならばできることがあれば援助しよう! まずはこの屋敷に泊まってくれ! 客人としてもてなしたい!」
「本当ですか。ありがとうございます」
領主の屋敷に泊まってもいいという提案。
このもてなしは、正直嬉しい。
金に余裕があるわけじゃないからな。
宿代を節約できるのならそうしたい。
ジャバウォックの討伐報酬は入ってくるまで時間がかかる。
それまではその日暮らしの冒険者だ。
節約できるのならそれに越したことはない。
ここは彼の親切に甘えることにしよう。
「ん」
そのとき俺は、ろうかの先に人が来ていることに気づいた。
足音がしたのだ。
コンコン、とノックがなり
「当主様、ユイハ様をお連れしました」
とドア越しに声が聞こえてきた。
なるほど。
この部屋は、内からの音は通さないが外からの音は聞こえる仕組みになっているのか。
便利なつくりだ。
さすがは魔術だな。
この防音は、実際かなり有用だと思う。
内からの音のみをさえぎる防音。
秘密の話をしたいときには内からの声が消されて便利だし、外に誰か来た時にはすぐに気づくことができる。
恐らくベルモンド領主の屋敷が特別なのではないのだろう。
貴族や有力者など他人に聞かれたくない類の話を行う者の屋敷には、こういった部屋があるのだと思う。
まあ、この部屋に関しては領主の大きな声を防ぐのも目的の一つではあるとは思うけど。
「入ってくれ」
領主が部屋にある机の上の立方体の器具に向かって話す。
あれはこの部屋から外に音を伝えるための魔術道具なのだろう。
部屋の内部から声を伝える手段が何もないのは不便だからああいったものもあるのだ。
今回のように、誰かが訪ねてきたときとかがいい例だ。
そしてドアを開けて入って来たのは、ユイハさんとノアさんだった。
「カリムさん。またお会いできましたね!」
「ユイハさん。昨日ぶりですね」
昨日街で別れたユイハさんと再会した。
次回の投稿は4月4日 21時です




