11話 受付嬢エメリー
―――エメリー視点―――
私の名前はエメリー・フェイル。
ここフューガの街の冒険者ギルドにおいて、受付嬢をやっている。
受付嬢になってから3年ほど。
ようやく仕事に慣れてきて、右も左もわかるようになり、新米の看板をとってもいい頃合いになったと自負している。
仕事に慣れるのに3年もかかったのかと指摘が入るかもしれないが、それには理由がある。
そもそもこのフューガの街は他の街とは違う特殊な事情があるのだ。
この街は、強力な魔獣の多い住処となっている漆黒の森に近いこともあって、付近には森から出てきた強い魔獣が多い。
そして同時にそれらを討伐するために強力な冒険者も多数在籍している。
強力な魔獣とそれと戦う強力な冒険者。
その二つの要素がこのフューガの街の特殊な事情だ。
そしてそんな事情があるせいで、冒険者と日夜接するギルド職員の仕事は大変なのだ。
そして今日、そんな特殊なフューガの街で、おかしな少年がやって来た。
●
「失格にすべきです!」
ギルド長の部屋。
そこでは、冒険者試験の試験官であるジードさんがギルド長に直接直訴しに来ていた。
「あんな奴は失格にするべきです、ギルド長。あんな魔力のない無能が、我らが冒険者ギルドにふさわしいわけがありません!」
直訴の内容は、今日の昼間に行われた冒険者試験。
今日試験を受けたとある少年の、合格の可否についてだ。
「本当かね、ジード君。その、今日試験を受けたカリム君という少年が、魔力を全く持っていなかったということは」
「本当です。なあ、エメリー?」
「はい」
そう。なんと、冒険者試験を受けに来たカリム君は魔力がなかった。
冒険者試験の一つ、魔力計測において、魔力量が0だと判明した。
これは前代未聞だ。
本来、子供でも赤ん坊でも魔力というものは皆もっているはずなのに。
「聞きましたかギルド長! 魔力を持っていない雑魚など失格にすべきです! 冒険者試験の試験官であるこのジードが断言します!」
「ふむ……。魔力がない人間など前例のない存在だ。ならば今までの規則とは異なる判断を下す必要もあり得るわけだ。本来魔力の計測試験で失格にすることなどしないが、しかし試験官のジード君がそこまで言うなら失格も考慮に入れるべきだな」
「ギルド長!」
我が意を得たとばかりにジードさんが笑顔になる。
しかし、私には指摘しておかなければいけないことがあった。
「でもジードさん。あなたはその魔力をもっていないカリム君に一撃で倒されて、ついさっきまで気絶していましたよね?」
そう、カリム君は魔力がないにも関わらず、元Bランク冒険者であり実技試験の試験官であるジードさんを一撃で倒してしまったのだ。
ちなみに、その一撃がよほど効いたのか先ほどまでジードさんはギルドの一室で気絶していた。
試験官であるジードさんが気絶してしまったので合格・不合格の判断に困った私は他の職員に相談した。
相談したところ、まずジードさんの回復を待ち、そしてとある用事で試験時に不在だったギルド長が帰って来た後に、3人で彼の合格の是非を決めることにしたのだ。
しかしなかなかジードさんは気絶から戻らず、またギルド長も帰ってくるのが遅かったた。
そのため明日に結果を教えると言って、カリム君には一度帰ってもらっていた。
そして夕方。
ジードさんの目が覚めてギルド長が帰ってきたため、今こうしてカリム君の試験の結果について話し合いが行われている。
「ほう、ジードを一撃で倒したのか」
ギルド長は目を丸くして驚いていた。
「それはすごいな」
するとジードさんが慌てながら言い訳を始める。
「いえ、一撃で倒したといってもあれはですね。彼に負けてあげたというのが正確ですよ」
「負けてあげた?」
「はい。なにせ彼は魔力のない無能ですから、今後一生戦闘において誰かに対して勝利することなどないでしょう。それを不憫に思って、せめて今回だけは勝利を味わわせてあげようと手加減して負けてあげたのですよ」
「え? でも君は彼を不合格にするつもりなんだよね。それはいささか問題があると思うのだが」
ギルド長は呆れたようにため息をつく。
ジードさんの言っていることはつまり、受からせるつもりはないけど勝たせてあげたということだ。
勝利させて、試験に合格すると希望を持たせたうえで不合格にすることは、ただ不合格にするよりもタチが悪い。
「え、ええと、それに関しては……」
ジードさんはそれを指摘されて何も言えなくなる。
「あの、ギルド長」
「うん?」
私は主張したいことがあったので、ギルド長に対して口を開く。
「ギルド長。ジードさんが手加減をしたというのは正しくはないかと思います。私の見た限りでは本気でした。彼に対して魔術も使っていましたし」
「ほお」
「ちょっ、おい、エメリー!」
ジードさんが慌てる。
「確かフレイムアーマーを使っていましたよね?」
あの時、ジードさんは炎を身にまとう「フレイムアーマー」という魔術を使っていた。
それはジードさんの得意な魔術であり、実はかなり強力な魔術だ。
剣に炎を纏わせることによって、剣による切断と炎による熱の二重で攻めることができる。
さらには体に炎を纏わせることで、敵がうかつに攻撃できないようにすることも可能だ。
うかつに近づけば熱によって体が焼かれて火傷するか死んでしまう。
あれはそういう強力な魔術であり、本来は冒険者の登録に来た新人に対してやっていい魔術ではない。
明らかにあの時のジードさんは本気だった。
ただまあ、カリム君に対してはそんな炎による妨害も、ジードさんの本気も、無意味だったのだが。
「フレイムアーマーとは。君も大人げない真似をするねえ」
「そ、そのっ……、そう! 魔術というものがどういうものか見せておこうと思ったのですよ。もちろんすぐに魔術は解除しようと思っていましたよ!」
「ですが解除する前に敗北しましたね」
「ぐぅっ……、エメリー貴様! さっきからあのガキの肩を持つようなことばかりいいやがって!」
「私は客観的な事実を述べているだけです」
「何が事実だ。あんなものは不正だ! きっと何か不当な行為を行ったんだよ! そ、そうだ。確かあの場には魔術師の女がいた。きっとあの女がなにかやったに違いない! そうじゃなきゃ俺があんな無能に負けるはずがないんだ!」
「私も彼女の近くにいましたが、何かした素振りはありませんでしたよ」
「お前は冒険者じゃないだろうが! たかが受付嬢が何を知った風に語っているんだ!」
「私だって目の前で魔術が発動されたら気づきますし、止めますよ」
だからこそ、実技試験の時には職員が二人以上立ち会うことになっているのだ。
「それに、彼女が何かをする時間もありませんでしたし」
「エメリー君。どういうことだね?」
「彼は一瞬で終わらせてしまったので、誰かが何かをする時間がなかったんですよ」
カリム君の動きは速すぎて、何もする時間はなかった。
ジードさんと戦っている時、いつどのように移動したかもわからないほど速かったのだ。
気が付けば、ジードさんがいたはずの場所に立って、剣を振りぬいていた。
またその力もすごかった。
大男で筋肉もあって、体重がかなりあるジードさんを壁まで吹っ飛ばしていたのだ。
そんなことができるほどの力持ちは見たことも聞いたこともない。
もしかしたら魔術を使って風で吹き飛ばせば同じ結果を得ることもできるだろうが、しかし筋力のみでそれを行うのは無理な話だ。
そもそもジードさんは決して弱くはない。
いや、むしろ冒険者全体から見れば、かなり上の方の実力だろう。
Bランクに到達できる冒険者は全体の5%程度。
つまりジードさんは冒険者全体から見ても、上位5%に位置しているのだ。
確かに規則を破るなど性格に問題はあるが、しかしその問題点があった上で冒険者ギルドの試験官として選ばれ、頼りにされるほどの実力者。
元とはいえBランクの冒険者は伊達ではない。
現役を引退した今でも、Cランク程度の冒険者と戦って勝つことはできるはずだ。
なんでそんな人が現役を引退したのか私は知らないが、しかし強いことは明らかだった。
ただ、そんな強いジードさんを一瞬で倒したのがカリム君だった。
「確かにカリム君には魔力がないですが、それでも冒険者として必要な強さを彼は持っています。それも圧倒的な強さです。あれだけの強さをもつ人を不合格にしようとするだなんて信じられません」
「なっ! ならばお前はあのガキを合格にしようと言うのか!?」
「もちろんです。彼は冒険者として十分な強さを示しました。そんな彼を魔力がないからというだけで失格にするならば、それこそ不正です。彼が冒険者として失格だと判断されるのなら、私は冒険者ギルドを辞めます」
「……君がそこまで言うほどか」
ギルド長はうなずくと、判断を下す。
「よしわかった。カリム君を冒険者試験に合格としよう」
「なぁっ、正気ですかギルド長!」
ジードさんがギルド長に食って掛かる。
「ああ。合格だ。それともジード君は私の判断に、不服があるのかい?」
「……い、いえ。不服はありません」
「よし、それじゃあ次だ。カリム君は冒険者の試験に合格ではあるが、彼のランクはEランクとする」
「……なぜですか?」
「それはまあ、計測試験の結果だね。彼は魔力が0なんだ。冒険者としてやっていけるのか不安でもあるからね」
「元Bランクのジードさんを倒したんです。彼の実力は既に十分高いと思います」
「さてね。彼の実力が本物なら、すぐにランクを駆け上がることができるさ」
ギルド長の言葉。
これは言外に、カリム君の力を疑っているということだ。
つまり、ジードさんを倒したため一応は合格にするが、しかし彼の実力はまだ信用しきれていないのだろう。
ギルド長はあの場に居合わせず、全て私たちの言葉による伝聞だ。
彼の力に疑いを持つのも仕方ない。
とすると、この判断がギルド長としてのカリム君の件に関する落としどころなのだろう。
「まあ、期待しようじゃないか。今後の彼の活躍に」
そうギルド長が締めくくり、この場はお開きとなった。




