1話 追放
「カリム! お前なんぞをこの年まで育てていた俺が間違っていた! 貴様は勘当だ! もう親でも子でもない! 出ていけ、二度とこのマーガライト家の領土に足を踏み入れるな!」
俺、カリム・マーガライトに向けて父はそう言った。
「父上。俺は」
「黙れ! 貴様の言葉なぞ聞きたくないわ!」
言葉を続けるのは、父であるモーリス・マーガライト。
「貴様は魔法の才能もなく魔力もない出来損ないだ! そんな奴が魔術の名門である我がマーガライト家の一人なのだと認められるわけがなかろう!」
マーガライト家。
それは代々優秀な魔術師を輩出している、魔術の名家である貴族だ。
位は伯爵。
その家族には、名家に相応しい実力がもとめられる。
父も祖父も曾祖父も、偉大な魔術師である。
魔力量や魔法の才能は遺伝しやすい。
そのため、優秀な魔術師同士で子供を作ることによって生まれた子も優秀な魔術師となる。
そして生まれた子供がまた優秀は魔術師と結婚することで、どんどん強い魔術師を生み出し続けることができるのだ。
マーガライト家もそういった方法で、代々優秀な魔術師を輩出してきた。
だが、優秀な魔術師である父と母から生まれた俺は魔法の才能がなく、また一切の魔力をもっていなかった。
十歳でありながら、赤子ほどの魔力もなく、五歳でも使えるような簡単な魔法も使えなかった。
そのため出来損ないと呼ばれて育ってきた。
これが普通の家庭や魔術に関わりのない貴族であったなら問題はなかった。
しかし俺の家は魔術の名門。
強い魔術師を生み出し続けることでその権威を維持してきた者たちだ。
そんな彼らの身内に魔法が一切使えない者がいれば、面目が丸つぶれだ。
俺のような魔法が使えない奴はいないほうがいいと父は思ったのだろう。
これでも努力はしてきた。
魔術を使うために基礎から魔術を学んでいき、難解な魔術書を読んで学んだ。
魔術だけでなく数学や礼儀作法などの勉学に励んだり、体を鍛えたりもした。
そういった努力の甲斐あってか、体の動きは同年代の者よりもよかった。
剣の指導役の人からも優秀だと言われていた。
魔術が使えるだけで勉学も体術も大した取り柄のない兄よりも、ずっと努力したつもりだ。
いや、そんな努力よりも魔術の方が重要だったのだろう。
十歳の誕生日の今日、いよいよ俺は父に見限られ、勘当を言い渡された。
「父上、俺もせいせいしますよ。そのできそこないをやっと追い出してくれるんですから」
扉を開けて、部屋に兄のアーノルド・マーガライトが入って来た。
彼は父と母からの魔術の才能は受け継いでいた。ただ、魔術以外はさぼりがちで性格も悪い。
「でも父上。ただ追放するだけでは足りないと思いませんか?」
「なに?」
「我が領地から追い出したならば、この出来損ないが他の領地や他国に行くことになります。それではマーガライト家の恥を外に広めてしまうことになります」
「なるほどな。ではどうする?」
「そこでそこの出来損ないは、あの漆黒の森に置いてくるというのはどうでしょう?」
漆黒の森。
それは強力な魔獣がうじゃうじゃいる危険な森で、その広さは国が一つ入るほど広大である。
行けば表層部だけでも強力な魔物に出会い、大抵の者は入って数時間で逃げ帰るらしい。
それでも大抵は途中で死ぬらしいが。
また深部にはもっと強力な魔物がいると語られており、深部まで行って帰って来た者は一人もいないと言われている。
そんな漆黒の森に追放するのは死刑と同じレベルの重い刑と言われており、子供に課す刑ではない。
大人ですら何の準備もなくその森で放り出されたら命はない。
魔術が使えない子供の俺なんて、きっと一日も持たない。
そんな非道な兄の提案を聞いて、父は笑う。
「ふはは。なるほどそれはいいな。アーノルド、やはりお前は優秀だ」
父が兄を褒める。
「こいつは漆黒の森に捨てるとするか。そこで魔獣にでも食われるといい」
「はい。どんな声を上げて死ぬのか聞けないのが残念ですよ」
そして父と兄は二人してまた下品な声を上げて笑った。
「だとすれば、森に捨て置くまでこやつが逃げないように拘束しておく必要があるな」
言ったあと、父は魔術を放つ。
その手から鎖が飛んできた。
鎖で相手の体を縛る拘束魔法を放ったのだ。
「くそっ!」
俺は右に跳ねて、飛んできたその鎖をよける。
逃げてどうにかなることでもないが、実質的に死刑の罰がくだるのをただ待つことなんてできない。
精一杯の抵抗を行う。
「避けるな! まったく、貴様は最後まで往生際の悪いゴミだな!」
父がふたたび拘束魔法を発動させる。
複数の鎖が飛んでくるが、それらすべてを避ける。
そして避けていると――突如後ろから衝撃が襲った。
「がはぁっ!」
衝撃に負けて、俺は倒れこんだ。
起き上がろうとするが、体がしびれて動くことができない。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
少しして、後ろから電撃魔法を浴びせられたとわかった。
誰から?
もちろん決まっている。兄のアーノルドだ。
「いまです、父上」
「助かったぞ、アーノルド」
そして鎖が飛んできて、俺の体に巻き付く。
完全に体を動かすことができなくなった。
「ふん! 手間をかけさせおって、このゴミが!」
父が寝ている俺の腹を何度か蹴る。
「あはは! 出来損ないの癖に無駄な抵抗してんじゃねえよ」
蹴られている姿を見て、兄が俺をあざ笑った。
クソ……!
なんなんだよ。
なんで俺がこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだ。
別に悪いことをしたわけじゃないだろう!
ただ魔術が使えなかっただけだ。
それがそんなに悪いことなのか!?
そりゃあ確かに父の期待通りには育たなかったが、それでも死刑レベルの罰を行う必要はないだろう!
悔しさで涙があふれてくる。
そんな俺の姿をみて、兄がさらに笑った。
「もういい。眠れ、ゴミが」
そして父から催眠魔術が駆けられて、俺に睡魔が襲ってくる。
「これでようやくあやつの顔を二度と見ないですむ。もっと早くこうしていればよかった」
「ええ。この年までこんな出来損ないを育てていた父上の優しさは尊敬しますよ」
本当に優しいならば、こんな仕打ちはしないだろう。
と、そんなことを思っても、睡魔のせいで言葉を吐けない。
二人の声を聞きながら、俺は魔術による強制的な眠りにあらがえず意識を失った。
瞼を開ける。
見えるのは青い空と、そびえたつ木々。
意識が戻った時には、そこは森の中だった。
周りには木々が立っており、葉と葉の間からは木漏れ日が下りてくる。
「……ここは」
地面に転がっていた体を起こして周りを見渡すと、黒い木の幹が見えた。
それは、漆黒の森の名前の由来である幹だった。
黒い幹を持つ木の森であるがゆえに、漆黒の森。
かつて読んだ本にそう書いてあった。
その時やっと、俺は気づく。
ここは漆黒の森であることを。
そして俺は本当に、漆黒の森へと追放されたのだということを。
「そ、そんな……」
絶望のあまり声を漏らした、その時だった。
「……ん? 珍しいね、こんなところに子供がいるなんて」
しかし、恐怖や絶望に浸っている時間はそう長くはなかった。
体を起こして地面に座り込んでいる俺に対して声がかかったのだ。
体を上げて、声の方向を見ると、そこにはローブを着た女の人が立っていた。
「子供か。君、迷子かい? いや、それにしても君、ずいぶん面白い体質をしているねえ。『超人』なんて久しぶりに見たよ」
女の人は俺を見ながら興味深そうに見てくる。
この時の出会いを、俺は生涯忘れない。
それは、俺の運命を変えた出会いだった。
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