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デメキンよ、空で泳いで。  作者: 笹井ほら
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1-二 小梅と小春


 西種小梅と久恒小春は、下の名前が似ているというそれだけのことで(この時期にあってはそれだけのことで充分なのかも知れないが)、お互いに自然と距離を縮め合った。もちろん小梅には既に、小学校の頃から仲の良かった友人が何人もいたが、その排他的な壁を押し退けて今や親友とも呼べるほどに二人が親しくなったのは、小梅の旺盛な好奇心とやらのお陰だろう。

 彼女たちの性格どうこうについては、単に言葉で表したりして、彼女たちをその型にはめ込んだりするような真似は控えた方が良いのだろう。それは相対的にしか言い表せないものであるし、私たちは何かを本当に言い表すことなど出来ない。つまり、私の手によって彼女たちを嘘にしてしまってはならないのだ。それに実際、これから綴る小梅の性格描写に至っては、甚だしく間違ってもいるのである。しかし、そうした書き手の良心を裏切ってでもここで言っておきたいのは、小梅がいわば自由奔放で天真爛漫な性向を備えていたという事である。マイペースと言えばそうかも知れないし、勝手気ままと言えばそうかも知れない。飾り気もなく凛としていて、芯があり他の意見に流されない。彼女の艶やかな黒髪を靡かせたいが為に、昨日の風が今日吹くということも、明日の風が昨日吹くこともない。あしたはあしたの風が吹くし、雨の日にも快晴の日にも、それぞれの季節にさえも、彼女は透明の内に適応するのだ。後輩からは頼られ、先輩からは可愛がられる。同級生は言わずもがな。小春も小梅に対して、羨望の眼差しを送っていたと言っても差し障りはないだろう。小春は小梅と同じ女子高に通うため、未だ無かったほどの熱意を勉学に注いだ。それから同じ弓道部にも入ったのだった。

 ただやはり小梅にも、程度の小さい弱点や欠点というものと、本当のコンプレックスと言ったものはある。後者に関してはまた、小春の場合と同じく後に判明するだろうが、前者についてはここで少し語ってもいいだろう。彼女の欠点は、靴紐を結べないこと、炭酸が飲めないこと、そして自転車に乗れないことだった。

 けれど当の本人には、そうした欠点やコンプレックスなどを克服する気などさらさら無いらしく、この点において、これら短所に対する姿勢において、小春と小梅は対照的であった。苦手なものを、怖いものを克服しようとする小春に比べ、小梅はそういったものは自分らしさの一つであると、個性であるという風に捉え、克服する必要などないと考えていた。少なくともその頃の小春の目には、小梅がそんな風に映っていた。

 

 ともかくこの土曜日、小春の誕生日でもあるこの日、駅のホームでスマホを弄りながら佇んでいる小春の姿を認めるが早いか、小梅は快活に声をかけた。

「はるー」

 小春はその声に気付くと、スマホを学生鞄の中へとしまい込んで声の主の方に目をやった。無関心を装って堪えようとした微笑だったが、それは忽ちに彼女の顔中に広がった。

「テスト勉強とか、やってないやんな?」と、小梅はやや足取りを速めて、小春の傍へと向かいながら言う。誰かが目の前を横切ろうとでもすれば、ぴたっと足を止めるに違いない、そんなきびきびとした、それでいて礼儀作法をきっちりと弁えているかのような端然とした歩き方だった。歩調に合わせてポニーテールが控えめに揺れる。プラットホームへと断続的に注がれている陽の光が彼女の全身と戯れたその一瞬の光景に、小春は目を奪われたと言っても過言ではない。ただ小春は、無意識の内にとでも言った感じに、半ば習慣的に小梅の足元に目を向けると、いつもの獲物を捉えたと言わんばかりに一層顔を綻ばせた。

「うーん……どうかなぁ」

 小梅が自身の左手に位置すると同時、小春はそう言いながら、小梅の履いているスニーカーの方へと身をかがめ、学生鞄を地に落とした。そして満更でもなさそうに、そのだらしなく解け切った靴紐を結びにかかった。小梅の靴紐を整えた回数、その手際のよさにおいて、小春の右に出る者はいなかった。

「あぁ悪うござんすね、いつも」

「ほんとに、私がいなかったらどうすんの? 靴紐ないのとかだってあるのに、そういうのにしたら――」

「いや、これはまぁ私のアイデンティティてやつなんです」

「なにそれ」

 小春が微笑交じりにそう言ったところで、彼女は身を起こした。靴紐は綺麗に結ばれている。

「でさでさ、テスト勉強してないやんな?」

 溌剌とした調子で迫るように、首を傾げて小春の顔を覗き込むような形で小梅は尋ねた。小春は小梅の動作を真似て同じように首を傾げ、指先で頬を摩ったりして少しの間を置いてから、平板な口調で応えた。

「や、やってませーん」

「やってるやつやんそれ、もう! 私、はるのこと信じてたのにさぁ」と言って小梅は、両手で目元を覆い「うぇーん」と泣く振りをして見せた。小春は声を上げて笑った。

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