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顔合わせ

 ダリウス・イルカリオスは、カンディーナ帝国南部にある小さな領土を治めている領主である。帝国の中では、中の下ぐらいの貴族と言って良いだろう。妹のベラが皇都の騎士貴族に嫁ぎ、二男を出産した直後に第三皇子の乳母に取り立てられたのは二十二年ほど前である。ダリウスが皇妃様と直接お会いしたことはないのだが、そうした縁もあるのか、この度重大な役目を仰せつかった。


 クリプトスに侵略され滅亡したヒプロスの王女、アリアナ姫を、一時的に匿って欲しいというのである。


 命令ではなく打診という形での依頼であったが、事情を聞けばのんびりと迷っているわけには行かなかった。先祖代々、領民共々海神を信奉して来た家系の者として、やはりこの姫をクリプトスの自由にさせてはならないという思いもあり、すぐに受け入れを決めた。


 普段、屋敷の警備にはさほど力を入れていないので不安だったが、皇都から迎えが来るまで、イシス島の神殿騎士団長が姫の護衛として一緒に滞在してくださるという。見目麗しい神殿騎士団長を迎えて、屋敷内に妙に浮き足立った空気が流れているのも困ったものだと思っていたが、待ち望んでいた皇都からの迎えを見てさらに頭を抱えることになった。


 あろうことか、第三皇子が紛れていたのである。


 自分も護衛騎士だと言い張っているが、甥のイヴァンとのやりとりやその容姿を見ればバレバレである。中央との繋がりも全くないわけではない貴族相手にバレないと本気で思っているのであれば大問題であるが、恐らくはバレても強引に押し切れば良いと思っているのだろう。むしろ、話を合わせろと言わんばかりの強気な視線が送られてくる。甥の苦労が偲ばれる。


 しかし甥は慣れたもので、こちらが眉を顰めているのなど見て見ぬ振りで、仕切って行く。


「伯父上、早速ですが姫にお会いできますか?」

「うむ、迎えの者たちが今日到着することはお伝えしてある。すぐに顔合わせの用意をしよう」


 そう言って、屋敷の侍女にアリアナ姫を呼びに行かせた。



 イヴァン達は応接室に通されると、若干緊張した面持ちで座らずに待っていた。少ししてアリアナが神殿騎士団長レギウスを伴って現れると、皇子も含めた騎士三人は揃って跪き、敬礼をする。侍女のミリアはその後ろで深々と頭を下げた。アリアナは困惑した顔で声をかけた。


「お立ちください。ヒプロスという国がなくなった今、私はもう王女ではありません」


 寂しさの滲む透き通った声が聞くものの胸を刺す。迎えの一行の代表者であるイヴァンは、すかさずその言葉に反応した。


「我がカンディーナ帝国皇帝は、王女であった姫を非公式ではありますが相応の待遇でお迎えし、もてなしたいと仰せです」


 これは出発前に皇妃から言付けられた事実である。


「皇都にお連れするまでは色々とご不便をおかけしますが、我々は姫の護衛を仰せつかった以上、任務を全うするまで誠心誠意お仕え致します」


 イヴァンはそれだけ言うと、伯父のダリウスに視線を送った。ダリウスは軽く頷き、アリアナに一言断って席を外した。


 アリアナは一人がけのソファーに座ると、ミリアも含め全員を座らせた。屋敷の侍女がお茶と菓子を並べる間、それぞれ相手の様子をそれとなく伺っていた。


 アリアナは艶のある真っ直ぐな黒髪を腰まで伸ばし、両耳の上の髪を三つ編みにして後ろで一つに結わえていた。月夜の空のような深い藍色の瞳は、無作法にならぬよう、相手の視線を微妙に外しながら迎えの者達の様子を思慮深く伺っている。愛らしいが、決して幼くはない聡明な印象を与えていた。


 屋敷の侍女が部屋から出て行くのを待って、イヴァンが口を開いた。


「ではまず自己紹介を。私は今回の護衛任務の指揮を任されております、この屋敷の主人ダリウスの甥にあたるイヴァン・ツェベックと申します。普段はテオドール第三皇子の護衛として、皇子の趣味の視察旅行に付き合わされています」

「おい」


 横から不満そうな声が上がる。


「皇子のお側を離れて大丈夫なのですか?」


 アリアナが素朴な疑問を口にした。


「私が戻るまで城で大人しくしていてくだされば、他の護衛に任せられるので大丈夫……な筈だったんですけどね」


 ふぅ、っとこれ見よがしな溜め息をついて、隣にいるテオドールをジロリと睨んだ。


「私の隣のこの人が、護衛騎士、の、フリをした、第三皇子、テオドール殿下です」


 アリアナはすぐには意味が呑み込めないらしく、眉間に小さなシワを寄せて頭を傾げ、目をパチパチさせている。それはそうだろう、言っている方だって理解したくない。アリアナの近くに座っているレギウスも、流石に唖然とした顔をしていた。


「私がカンディーナ帝国第三皇子テオドールだ。今回は姫の護衛の一人として来ているので、皇都に着くまではそのように接してくれ」


 テオドールはイタズラが成功した子供のような満足顔で、ニヤリとしながら自己紹介をした。


「テ……テオドール……殿下?」


 アリアナがこれ以上ないほどの戸惑い顔で応えると、満足気な笑顔を更に深めて大きく頷いた。


 イヴァンは内心アリアナに同情しながら、続けてエリックとミリアを紹介したが、その間もアリアナの眉間のシワは消えなかった。


「ご紹介いただき、ありがとうございます。あ、あの……ところで何故、今回のお迎えに第三皇子殿下がご同行なさっているのでしょうか」


 やっと事実を事実として受け止めたらしいアリアナが尋ねて来た。きっと何か深い事情があると思っているのだろう。


「一緒に行った方が楽しそうだったから」


 やめてくれ、とイヴァンは思った。正直なのは良いが、これ以上、姫を混乱させるのはやめて欲しい。あちらはたった十六で激動の運命に翻弄され、哀しみや寂しさと一人で戦っている少女なのだ。六歳年上の皇子の、この責任感を微塵も感じさせない言い草はどう映るのか。


 しかし、少女は一瞬目を見開いた後、クスリと笑って少し眩しそうに「素敵ですね」と言った。


 テオドール以外の全員が心の中で咄嗟に「何処が?」と呟いたのは間違いないが、憧れるような、届かない夢を見るような少女の瞳の奥に儚さを見て取って、テオドールは少しだけ口を尖らせた。


(この少女を籠から出してやりたい。しがらみのない世界で自由に羽ばたけたら、一体どんな笑顔を見せてくれるだろう……)



 出発は翌朝と決められた。


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