RE:START
翌週の放課後。俺たちはまた、いつも通り部活動に励んている。
「なあ、近藤ちょっといいか」
「ん?どうした原」
アップが終わり、各自練習に入ろうとした時に俺は近藤に声をかけた。
「なに、ちょっとな。先週の大会の反省をと思ってな。これを機に練習メニューを変えたいからさ」
「なるほど。実は俺もそう考えていたんだ。奇遇だな」
長い付き合いだと考えも似るものなのかね。あんまりうれしくないけど!
「でだ。主観的に考えるのもいいけど、やっぱり客観的な意見が一番参考になる。ということで、なにかお前から見た俺の反省点は何かないか?」
「そうだな……」
近藤はしばらく思考した後こう俺に告げてきた。
「まずいい所からな。原は観察力が優れてる。相手のプレーを観察して、弱点を探したりするのが得意だと思う。俺が見ていた時は一見ギリギリの戦いだったがその実後半になっての追い上げがすごかった」
「お、おお」
急に近藤が俺をべた褒めしたきたので思わずびっくりしてしまった。こんなに褒めてくれたのは初めてだ。
「そして、決断力が高い。だがそれがあだとなっているかもしれない。普段俺とゲームしてるときもそうだろ?戦い初めて少し経ったら勝てないって判断してリタイアしてる」
「ああ。……確かにそうだな」
気が付けば球は卓球台から離れ、振り返ると右斜め後ろの床に落ちていた。
「……何、今の」
「今のは台上でのバックドライブ」
「あれか、よく解説で言ってるチキータってやつか」
「確かに似てるけど今のは少し違うな。チキータは球の側面をこするのに対して台上のバックドライブは球の上を擦るからチキータみたいに曲がることなく真っ直ぐ飛ぶんだ」
「な、なるほど」
俺は思わずポカーンとしていた。が、しばらくしてサーブを出さなければいけないことを思い出し、俺は再び構えた。
「次はバック側で頼む」
「おっけー」
ということで俺は相手のバック側に下回転のショートサーブを出した。
すると近藤は球をバック面で側面を擦るように返球した。その球はバナナのような形で曲線を描き、バックのサイドラインのほうに向かっていく。俺は何とか返そうと球を追い、バックドライブで攻撃しようと打った……のだが。
「はぁ!?」
その球は台に返ることなく右側に飛んで行ってしまった。
「なにあれ……」
俺が呆然としていると、
「あれこそがチキータ。その由来はバナナのように曲がることからチキータバナナからとってチキータって言われたかららしいな」
「……なるほど」
バナナ恐るべしである。栄養価に富んでいるだけでなく世界を超えて万能になっているのか。もう俺バナナ怖くて食べれない。
「とまあ。レシーブ攻撃は他にもあるが、とりあえずはチキータが一番難易度が低いからまずはそれを習得するぞ」
「お、おお……」
果たして習得できるだろうか。そんな不安に駆られながら、今日の練習の半分をこの練習に費やすのだった。
こうしてしばらくのの間、初日に考えた以外の練習にも励んだ。レシーブ攻撃はもちろん、メンタル面であったり飛びつきドライブ、戦術的な事をひたすら練習し続けていた。思いのほか順調にいっているらしいがまだまだ安心できない。
そしてそんな期間の部活休みの夜。俺は自室のベットの上に仰向けになって寝転がり、あの大会の日の出来事を思い出していた。
『―――お前には心がない』
西本のあの発言のことである。
「……どういうことなんだろうな」
試合に対する熱意。すなわち、絶対に勝ちたいという思い。それが心だとしたら、それは俺の中にも確かにあったものだ。しかし、それでも西本に言われたとなればこのことではないということだろう。
「そういえばすっかり卓球にはまってるなー。俺は」
最初は近藤に物でつられ、本当に仕方なく卓球部に入ってやった。が、それから新しい仲間ができて生活が豊かになった。卓球も新しい技術を学ぶたびできることが増えていき、楽しくなってきている。――――――引きこもっていた時よりも楽しいと思えるぐらいには。
「続けたいかと聞かれたら……やっぱり続けたいよな」
そうつぶやいたとき、ふと、こんなことが頭によぎった。
――――――これが”心”なのでは?と。
ただ勝つだけのものではなく、他者より優れた存在になるための手段でもない。卓球に対する”好き”という情熱。それが”心”なのではないか。
「……なんだか、前の考えよりしっくりきてしまうな」
思わず口角が上に上がってしまう。そして、俺は今のこの気持ちを忘れることのないように、枕元に置いてあったスマホを手に取り、それからメモアプリを開いて文にする。
「この答えをあいつに伝えるために……次の大会、何としても勝たないとな」
俺はそう口にすると、自然と体が興奮状態になりモチベーションが上がるのを感じた。
だがこのおかげで俺はこの後なかなか寝付けなかったのだった。