track7 夢魔の力
「初めまして、俺は帝国騎士団第三部隊隊長…ラルクス・ジークだ」
「は……はじめましゅて………俺…違うミスった。わ、わわ私は……シーラ…と申しましゅ」
いやどうしてこうなる。
何でロリコン釣りに来た筈の俺が、騎士団の偉い人の前で自己紹介してんだ?
…俺達が住む豪邸の一室と変わらない程に広い空間。壁には、美的センスの無い小生には微塵も価値が分からない風景画が幾つも飾られている。
そして正面。深い褐色の磨かれた机に両肘を付き、組んだ両手から顔を覗かせる一人の男。
髪は黒い短髪。肌は机に負けない程日焼けしており、着用している白の軍服からは隠しきれない筋骨隆々さが窺える。顔だけ見れば気のよさそうな爽やかマッチョのおっさんだが…明らかにオーラが違う。
…怒らせたら笑顔で人殺しそう。しかも右のジャブで。
「おい、アイラ…シーラ様をここに連れてくるのは早すぎだろう!」
「成人の儀終わったらどの道ここに来なきゃ行けないんだし別にいいでしょ?…それに、シーラたんと離れたくなかったし…」
「せめて”たん”はやめて下さい…」
事の顛末を話すとこうだ。
先刻の戦闘後、アイラはあの右手を浮遊した欲獣に翳し…その力を”支配”した。
取り込んだ、と言った方が正しいかもしれない。突然巨体が淡く光り出し、その光が徐々に粒子状になって彼女の手に吸い込まれていったのだ。
…どこまでも状況に付いていけない俺は、当然無数の疑問をライトマシンガンの如く一斉射出。
すると彼女は『話すと長くなるから私の拠点行こう!!ね!?大丈夫変なことしないから!!!先っぽだけだから!!』と、強引に俺を誘拐。…そして今に至る。
レヴィリアから数キロ離れた街ローダにある、帝国騎士団第三部隊の拠点。
街の長閑さに似つかわしくないまるで城の様な巨大建造物の一室である。
あと今更だけど先っぽってなんだよ。無いだろ。
「いや、ヴィエラ様のご令嬢とお逢いできるなんて私も嬉しいよ。来てくれてありがとう、シーラ君」
「………母の事までご存じなんですね。…た、単刀直入にお聞きしますが…あなた達騎士団と夢魔の関係、そして暴走した欲獣とそうでない欲獣の違い…教えられる範囲で構いません、教えてください」
俺がサキュバスだと知ったアイラは、隠そうとしていた自分の正体を告げた。まるでそれが”必要な事”のように。そして彼女がハンスを知っているのも偶然かと思えば、今度は隊長とやらの口から”ヴィエラ様”だ。
…明らかに俺達は只の迷惑悪魔ではない。サキュバスは何か深く、欲獣もとい帝国との関わりがある。
「まだ幼いのに聡明なお嬢さんだ。…下手に噛み砕くより、有りの侭を話した方がいいなこれは」
「おいジーク!!貴様、余計なことをシーラ様に…」
「ハンス、先程アイラも言っていただろう。どのみち成人の儀の後ここに来ると。…彼女は賢く冷静だ、今話したとしてもしっかり事実を受け止められるだろう」
焦燥の色を露にし、ジークに掴みかかろうとするハンスは…その言葉を聞いて動きを止めた。
唇を噛みしめ大きな舌打ちをし、一言吐き捨てる。
「…クソッ……」
「ハ、ハンス……?」
あの戦闘から、今まで見たことのない表情や言動が彼から幾度となく飛び出してきた。
それに、騎士団員二人に対して高圧的な態度と口調…。今まではただのデリカシーが欠落した執事だという認識だったが、想像もし得ない確執があるように窺える。
苛立つ彼をよそに、ジークは至って飄々としつつ口を開いた。
「…ハンスの快い承諾も得たところで本題に入ろう。まず君から出た二つの質問だが…そうだな、流れとして一辺に話した方が分かりやすいだろう。…準備はいいかい?」
「え?は…はい!お願い…します」
一つ分の呼吸、それに次ぎ俺はジークに目線を合わせる。
「まず最初に…。君達夢魔も欲獣だ」
「……………あの」
「ん?どうしたんだい?」
「噛み砕かないにも程がありませんか!!!?ビ、ビックリするわマジで!!聡明なシーラたん(俺)も流石に驚きの色隠せねぇよ!!!!」
「…すまない、オブラートに微塵も包めない性分でね」
「脳筋タイプかよキャラ濃いな帝国騎士団!!」
…まさか唐突に欲獣宣告されるとは夢にも思ってもいなかったが故に、腰を抜かしそうになる。
だが彼はそんな俺の戸惑いをよそに淡々と話を続けた。
「色欲を司る君達は、異性の夢に現れては彼らの理想の姿に変化し、蠱惑の末に精力を貪る種族だ。…しかし、そもそも『他人の夢に介入』する能力と『自在な変化能力』更には『精力を奪い取る能力』まで…。この三つを一度に行う時点で、既存の魔法概念の範疇から逸している」
「そ、そうなんですか……?」
「あぁ。欲獣とは、肥大した欲望を元に通常では考えられない力を獲得する。…大抵は自我が欲望に負けて暴走してしまい只の獣になるがね」
「大抵………ってことは」
「そう。非常に稀だが、欲望に呑まれずに”適応”する種族も存在する。……まさに君達がそれだ。色欲から生まれた欲獣としての力を、自らの意思で制御できる種族…それが夢魔だ」
…生存の為に必要な、只の先天的事象だと思っていた。
『そういうもの』なんだと、転生前の固定観念をそのままに一切疑問を抱いてこなかった。
だが、もうここはファンタジーじゃない。俺が確かに生存している現実だ。『そういうもの』で全てが片づけられるとは限らない。
夢魔の力は、欲獣の力…。
「身も蓋もない表現だが、暴走する欲獣とそうでない欲獣の違いは言わば”種族の違い”だよ。古代より色欲に従いその身を永らえさせた者達にしか色欲は制御できない。そして、彼女も本来なら…」
彼はアイラを一瞥した。
そうだ、この男の話が本当なら彼女だって…
そもそもリリスと呼ばれる存在も、我々夢魔同様に色欲を司る筈だ。
だが、彼女は”支配欲”と言っていた。
「フフ、私の場合は色々あってね……。色欲によって与えられた力が、私の支配欲に呑み込まれたのよ」
アイラは何故か手で顔を中途半端に覆い、低い声色でそう述べる。
「(何がヘルシャフトだよカッコつけて…結局ただのし・は・い・よ・くぅ~だろうが!!)」
「聞こえてるわよハンス!!!」
異世界にもいるんだ…厨二…。
「アイラの様なケースはイレギュラーの中の更なるイレギュラーだ。他の適応種で彼女の様な存在はいない。……どうだいシーラ君、ここまでの話で分からない部分はあるかな?」
ぶっちゃけ大概が受け止め難い若しくは理解が追いつかない事実ばかりだが、ゴチャゴチャ言っても変わらない。…理解は後だ、今は出来る限り多くの情報を脳に叩き込まねば。
「い、いえ…特に。では…貴方達と我々の関係は…」
「この国、そしてこの世界には日々暴走した欲獣が生まれ…民を脅かしている。常人では奴らに対抗できない中で、君達の様な存在は…言い方は悪いが希少価値が高いんだ」
脳筋キャラの筈の彼にしては回りくどい言い方であった。
幾許かの逡巡が見える彼に、俺は率直に問うた。
「引き入れてるってことですか?…夢魔達を第三部隊に」
「…ハハ、本当に話が早いな…君は」
だからこの男は夢魔との関りを持っていたのか。
『様』もとい『ご令嬢』呼びからして…俺達の存在が余程貴重であるかが分かる。
そして度々耳にする成人の儀という単語。…恐らく成人を迎え己の能力をある程度扱える様になったサキュバスはこの場所にて、今の事実を説明させられるのだろう。
なるほど、大体の疑問点は解消できた。
だが…引っかかる部分もある。
俺は彼に数歩近づき、机上にそっと手を載せて一つ問うた。
「”強制”ですか?私達の第三部隊への加入は」
「…何故そう思う」
「欲獣に対抗できるだけの力を持ち、本来色欲に操られて生きてる夢魔達全てが素直に入隊を受け入れ…色欲と関係無い危険な戦闘に身を投じるとは思えない。……貴方達は、『どのみち成人の儀の後ここに来る』って言ってましたよね?それは、ただ説明する為だけではない筈です。……希少な戦闘員の確実な”懐柔”が目的だ」
懐柔の為には…”弱み”が要る。入隊を余儀なくされる程の弱みが。
「ジークさん、…帝国はどうやって夢魔を手駒にしたんですか?」
ジークは初めて、その相貌を歪ませた。