track50 二人きり
「それで……話したいことって、何……?」
フロントへ向かう道中。俺の真横を歩くロミィに問う。
人々の喧噪を考え、普段より少し声を張りながら彼女は答えた。
「……入団祝いってのも勿論だけど、元々はこの話がしたくて誘ったんだ。……でも邪魔が入ったから、どっかで二人きりになる機会窺ってた」
「………」
すると、彼女は”あっち”と言いながら 右手に見えるベンチを指さした。”あそこに座ろう”という意味だろう。俺は若干の困惑と共に頷いて、彼女に続く。
空のベンチに二人並んで腰かける。……思えば、ロミィと二人きりになる機会なんて……前に”勝負服”を作ってもらいに教会へ行った時、即ち初対面の時以来だ。幾度かプライベートで遊んではいたが互いの身分もあり……さらに俺には心配性なハンスやお母様etcが付いて回り、ロミィも逐次教会へ定期報告を行いながら、というような塩梅だった。
……そして一呼吸置いた彼女は、少し上を向きながら口火を切る。
「話したいのはさ………私について、なんだ」
「ロミィについて……?」
「これから団員になるなら、ウチらは仕事仲間にもなる。だからこの場で……私の過去と、目的について話しておきたいの」
「過去と……目的……」
「ま、知ってるのは教会ではシスター・グレイス。騎士団側も第三部隊以外は一部の上層部しか知らないし……正直、気味悪がられるだろうから………シーラにも本当は……あんまり言いたくなかった」
ふと横を見た。……普段俺を呼ぶ愛称が抜け、表情も明らかに沈んでいるのが分かった。今まで彼女のこんな顔など、一度だって見た事は無い。
心当たりならある。彼女の持つ分厚い聖書、そこから幾つもの欲望を己が力として引き出す能力。デラネが言っていた、”教会ナンバー1”という彼女の立ち位置。
気にならない訳がない。……でも、どうしても待ちたかった。彼女の口から語られるのを。
そうして初めて、私たちはやっと……
「…………悪魔相手に、何気を遣ってんだよ」
「えっ………」
「あの時。……初めて会って、いきなり服の採寸させられたでしょ。そん時言ってたじゃん、”悪魔だろうが客は客”って」
「………ま、まぁ……言ったけど」
「それだけじゃない。智里を助け出す時だって、ロミィは私を助けてくれた。我儘だって聞いてくれた。種族すら違うのに、何の躊躇いも無く」
「あっ……当たり前じゃん、そんなの……」
「なら、私だって同じだよ。話しづらい過去が幾つあろうが、友達は友達。……適応種だよ?私は」
「友……達……」
あの日シスターグレイスとした約束。……いや、それもあるが一番は俺自身の本心だった。少しずつでいい、でもいつか、互いに胸を張ってそう言いたかった。
「………話してよ、ロミィ。仕事仲間じゃなく、ただの友達として」
「シーラ……」
心なしか彼女の口元が動く。そしてぎこちなく顔を伏せつつ、震えるような息を吐いた。
「………分かった。……じゃあ、話すね」
ロミィが口を開いた瞬間……あれだけ騒がしかった喧噪が、まるで世界から音を奪われてしまったかのように消え去った。
そして俺の視界には、もう既に彼女しか映っていない。
まず最初に語られたのは……彼女がロミィ・メルファルトとして、この世に生を受けた瞬間の出来事だった。
◇◆◇
「………智里様、こんな所におられましたか」
「…………ハンスさん」
お姉さま達がデトロ・セラスへと向かってから少しして……僕は、入団式会場の入り口付近でただ茫然と立っていた。
「シーラ様達とご同行されなくて、良かったんですか?」
「えぇ、誘ってもらいましたけど……断っちゃいました」
「……の割には、行きたそうなお顔をされてましたが……」
ハンスさんは、少し意地悪な微笑を浮かべていた。……思えば、お姉さまに引き取られて以来、こうして彼と二人きりになる機会はほぼ無かった。気まずくは無いけど少し……不思議な感覚だ。
「なんて言うんでしょう……。今の僕には何か……”資格”がないと思ってしまったんです」
「資格……?」
「………僕はあの時、何も出来なかった。エルードと戦っていたのはお姉さまで、フロイスさん……いや、団長の事も全然守り切れていなかった。それに……”背教魔術”の事だって……」
自らの種を司る神。その存在を騙る事で一時的に異次元の能力を引き出す魔術。……そんな物の存在を、微塵も知らなかった。そして、そんな命がけの力に身を貸したお姉さまを……僕はただ縋る様な目で見る事しか出来なかった。
結局、過剰放出されていた魔力を引きはがしたのだって団長だ。あと少し背教に身を任せて入れば、お姉さまは力に飲まれて……。
「いつだってお姉さまは命がけで戦っていて、彼女の周りでは然るべき力を持った人たちがそれを支えている。それに比べて僕は”植え付けられた”力を、持ち腐れているだけ。……騎士団に入れたとして、今後お姉さまと一緒に居る資格が……僕にはどうしても足りないんです」
「………」
情けない僕の吐露を聞いてか聞かずか、ハンスさんはこちらに歩み寄る。
そして、落ちた僕の肩を掴みながら、またもや意地悪な笑みと共に言った。
「”しっかりしろ!!!”」
「えっ!?」
「………シーラ様が、デラネの庇護欲に苦しんでいた時。智里様の言葉だけが彼女に届いていた。私や他の団員達の声ではなく……ただ一人、貴方の言葉に」
「そ………それは……」
「綺麗事を並べるのは柄ではないので、これ以上深くは言いません。……ただ智里様、あの時シーラ様を救うことが出来たのは、間違いなく貴方一人しかいなかった」
「………」
「資格だの然るべき力だのと御託を並べず、もっと貪欲に、歩みたい道を自分勝手に選び歩いてみても良いのではないでしょうか」
意地悪な笑顔から一変して、柔らかな微笑みと共にハンスさんは言う。
「だって貴方はもう、シーラ様と同じ……欲獣なのですから」