track49 別行動
「うおおおぉぉおおおおぉ!!!すっっっげぇ!!!」
ロミィの提案をお母様に話したところ、ネヴロを発つ日暮れまでなら出掛けても大丈夫との許しを得た為……俺とロミィ、そしてデラネとアイラさんの4人は、本部からフォッグでおよそ30分程の距離にあるという巨大温泉施設”デトロ・セラス”まで足を運んだ。
そして入場直後、我々の眼に飛び込んできたのは、施設というよりは最早一つの街としか形容出来ないものだった。
無数の露店が軒を連ねる広大なメインストリートを、ザっと見ただけで千……いや、万と言っても過言ではない客人たちが闊歩しており……、遥か上空に見えるガラス張りの天井にはウォータースライダーのような物が設置されていて、黄色い叫び声と共に人が勢いよく流れていくのを見た。
その他にもどデカい噴水、空を飛ぶゆるキャラ(そんなに可愛くない)、荘厳な滝など……やりたい放題だった。
「話には聞いてたけど……とんでもない施設ね……。温泉エリアに行くだけで一週間とか掛かりそうだわ……」
「だーいじょぶだいじょぶ。受け付けで貸し出してるこの端末に目的地入れれば、瞬間転移でそこまで送ってくれるから」
ロミィが懐から取り出したのは、黒い光沢を放つ薄型の端末。……俺達の世界でいう所のスマホとほぼ相違ない外見だ。
慣れた手つきで起動し、項目を絞っていく。
「じゃあまず手始めに、普通の温泉エリア行っときますか」
「そうだな!!いやぁ楽しみ………………あっ」
ここで、重要な事実に今更気付く。
………女湯だよな………?
”TSサキュバス転生”というテーマでやってるのに初期段階からバトル三昧だったせいで………”女湯に行かざるを得なくなり大パニック”というテンプレイベントを通らないまま成人になってしまった。
もう既に女性の身体は(自分ので)見慣れてしまったとはいえ………やはり基本人格は稲神奈生だし、恋愛対象も女性のままだ。このまま悠々と女湯に入り、これから戦友になる者たちの一糸纏わぬ姿を目に映すわけにはいかない。
「あの………やっぱり私は……後から入ろっかなー……って。み、皆は先に入ってきてくれよ」
「はぁ?急にどしたん」
しどろもどろな提案を、ロミィは食い気味でバッサリ切り捨ててしまった。
「ち、ちょっとお手洗い行きたいし……」
「じゃあ待つよ。……端末一つしかないし、ウチらが先行っちゃったらシーラっち半永久的にこの施設の中彷徨う事になっちゃうし」
「うっ……それもそうか……」
正論を突き付けられ、動揺が加速する。
そしてそんな俺を見たデラネが、持ち前のクソガキムーブ全開でこちらに駆け寄ってきた。
「あっれぇ!?もしかしてアンタ、皆に見られるのが恥ずかしいの!?」
「なっ………何を……だよ」
猛烈な上目遣いで、俺の周りを全力ハムスターが如くグルグルと旋回しながら……絶妙に嫌な周波数の声でなじり続けるデラネ。
「裸よ!!ハダカ!!!さっき道中、”温泉なんて初めて”って言ってたもんねぇ?……サキュバスともあろうシーラ様が、同性に裸見られるくらいで恥ずかしがっちゃってるワケ!!?きゃーーーかっっっわいい~~~~!!ウブ~~~~~~!!!」
「……………アスモデウスの名の下に……」
「こんな所で特異魔法ぶっ放さないでねシーラたん!!!公共施設だから!!!」
アイラさんに抑え込まれ、デラネ抹殺計画(突貫)が失敗に終わる。………ほんの少し耳元で囁くだけで腰砕けるクセに、何故要所要所でここまで強気に出られるのか本当に不思議だ。
「………じゃあ、アイラとデラネは先に行ってて。ウチ、フロントに行ってもう一つ端末借りてくるから。後からシーラっちと一緒に合流する」
「えっ……」
「はぁ!??シーラと一緒……”一緒に”って言った!?ダ、ダメよそんなズル……いや……とにかくダメよそんなの!!な、なら私も遅れて行くわ!!」
「それなら私だってシーラたんと……!」
そう言って、ロミィに詰め寄る二人。彼女は呆れたように頬を搔きながら、なぜか手に持つ端末をいじり始めた。
「意ー味ないでしょそれじゃ……。本当愛されてんねぇシーラっちは……………えいっ」
掛け声とともに、少しだけ力強く液晶をタップする。……すると次の瞬間、デラネとアイラさん二人を囲うように、淡い紅色の光が出現した。
「えぇっ!?ちょ、ちょっと!!何よこれ!!」
「まさかアナタ……勝手に私たちを飛ばすつもり!!?」
「埒明かないからねー。安心して、端末は渡しとくから。ほいっ」
アイラさんの胸元に、端末を縦にしてズボッと思い切り差し込むロミィ。
「んじゃ、いってらっしゃーい」
「「クッッッソオオォォォオォォオオオォ!!!!!」」
鬼のような形相を浮かべながらも、二人の姿は徐々に強くなる光に飲まれていく。
そして叫び声空しく……完全に転移が完了し、目の前には彼女ら以外の人込みしか無くなった。
「じゃ、悪いけどもっかいフロント戻ろっか」
「ロ、ロミィ………何で……」
……相変わらず、口調の軽さとは裏腹に表情が読めない鉄面皮だが、この時の彼女はなぜか……まるで何かを察しているかのような目をしていた。
「………ちょっと、話したい事あるんだ。いい?」
「えっ?……あ、あぁ……うん。いいけど……」
腑抜けた返事をした直後、”じゃあ行こ”とだけ呟いて、ロミィは来た道を戻り始める。少し出遅れて俺も……彼女の後ろをついていくのだった。