track47 入団式
病室での一件から一か月後……。
俺は中央都市ネヴロにそのまま滞在し、バッキバキに折れたりぶっ潰れたりしてしまった体の治療に専念させられていた。せっかくの大都市を1ミリも観光できず、他の仲間達もあれからすぐに帰ってしまったので話し相手もおらず。合格という事実以外最悪の現実を過ごしていた。
それだけじゃない。本来は一か月前のあの日に入団式も続けて執り行われる筈だったのが、俺の重症により退院まで延期になってしまったのだ。外部にも多大な迷惑を欠けている状況は、まさに地獄としか形容しえない。
………しかし、その地獄も時期終わる。
明日がその退院の日、つまり延期していた入団式が行われるのだ。
「………」
ここで一度話は変わって………地獄の様に何もすることがなかった為に、俺はこれまでの状況を整理し続けていた。
まず一つ。転移者について。……この世界にはエルードや、まだ事実かは定かじゃないが粟野栞……、粟野褥の妹まで転移している。戦闘中にもよぎったが、やはり人選が偏り過ぎている。
そして二つ目、俺と智里達との違い。彼らは奴によって前世の身体をほぼそのままに”転移”してきた。しかし俺はあの時、案内人の女によって”転生”し、ここにいる。そしてその案内人とローブの男は何かの繋がりがあるような事を、智里と初めて対峙した際に奴が口走っていた。
ただの偶然の可能性は低い。これも実験の一つなのか?あの案内人も奴とグルで……?なぜ智里を除いて、俺と関わりのあった人間ばかりが転移させられているんだ?
「一か月悩んでるけど全く分からんな……」
騎士団員として欲獣事案に関わっていけば、少しでも奴の目的への糸口が掴めるだろうか。
………と、解の得られない自己問答を続けているが……これは、もう一つの事実から目を背けるためでもあった。
「粟野………」
エルードが言っていた、粟野褥を殺したという発言。それに対して俺は我を失い背教魔術を使ってしまったらしいが………
「嘘だよな……?お前が死んでるなんて……。動揺を誘うための罠とか……だよな……」
彼は承認欲の欲獣だ。ありもしない事実で気を引き暴走を誘ったに違いない。……それに俺が死んだ程度のことで、あいつがそこまで思い詰める訳もない。
………でももし、それが事実とだとしたら。エルードの言う通り、粟野の妹が姉の死への悲しみと怒りを以てこの世界に転移していたら。
「………探してみるか……粟野栞」
少なくともエルードと栞はこの世界でも面識がある。そして当然あの男とも……。
彼女を辿ることが粟野の生死、そして奴の目的への糸口に繋がるかもしれない。
俺はたった一人決意に満ちた双眸を浮かべながら、今はすっかり美味いと感じる水の様に薄い病院食のスープを啜った。
◇◆◇
『帝国騎士団、第三部隊隊員。シーラ・ロスタシア、前へ』
翌日。ネヴロのさらに中心部に聳える超巨大な要塞が如き帝国騎士団本部。
その中にある、大聖堂と言っても差し支えない荘厳さと絢爛さが広がる式場にて、名を呼ばれた俺は静かに立ち上がり、長い一本の階段を上って玉座へと向かう。
玉座の前に立つのは帝国騎士団団長、フロイス・フィル・ミルリア。式が始まってから一切其処には腰を掛けず、ただ新団員達を見据えながら微笑んでいた。
……ジークさんから聞いた話では新団員は168名。内167名が第8~第5(主に偵察や魔術部隊)へ配属。第三部隊及び欲獣の団員は俺一人のみ。
俺のような騎士団長直々の入団試験は第三部隊への所属を希望する適応種といった特例中の特例のみで、本来は第一部隊所属の精鋭達が入団試験を受け持っているらしい。
「よっっっ!!!シーラ様!!!宇宙一!!!!」
「最高に輝いてるわよシーラたん!!!目線ちょうだい!!」
拍手に交じり、割れんばかりの声援が二つ。反射的に振り向くと案の定、ざっと千近い人数がいる来賓席の中で明らかな悪目立ちをしているハンスとアイラさんがいた。俺の写真がプリントされたTシャツを身にまとい、それぞれ”ウインクして”、”5秒見つめて”とデカい文字が書かれた団扇をぶん回す二人。……本当は死ぬほど仲が良いんじゃないかと錯覚してしまう。
恥を通り越して感心しながら階段を昇る。……二人の傍にはお母様やジェラルドさん、智里の姿もあった。逆に教会側のロミィ、シスターグレイスは居ない。だがきっと、祝福してくれているだろう。
「体の調子は如何かしら、シーラ」
「お陰様で、絶好調ですよ………フロイスさん」
彼女が帝国騎士団長という事実と、エルードとの一瞬の戦いを聞かされた時にはそりゃもう顎が外れるほど驚いた。
人間でありながら、完全な欲獣化を手に入れた者。
………ローブの男が前に言った、『僕は人間に期待しているんだ』という言葉がよぎる。
であれば、彼女こそ奴にとって最高の実験体になり得るのではないか……?
「シーラ」
「えっ!?は、はい!」
様々な思案が駆け巡る最中、鋭い言葉で我に返る。フロイスさんは、依然として笑みを浮かべたまま吸い込まれそうな瞳を向けて言った。
「……………貴女は……いえ、貴女達は……どこから来たの?」
「なっ………」
「あの欲獣との戦闘時に、エルードは貴女を『イナガミ ナオ』と呼び、更に『あっちの世界』とも言っていた。そして智里君は『お姉さまの前世を知っているのか』と。………貴女は『あとで説明します』と言っていたけど……最早説明を受けるまでもなく答えは明白。………少なくとも貴女達三人は、別の世界から転移若しくは転生してここにいる。……違うかしら」
………思わず冷汗が伝った。戦闘時にエルードから洩れた前世とその世界にまつわる言葉が多すぎたのだ。本来なら上手く誤魔化したかった所だが、この様子では到底隠しきれそうもない。
前世について認めつつ、どうにかローブの男との関わりだけは否定しなければ……
式中にも関わらず、泳ぐ目で懸命に思考を働かせる。……だが彼女はそんな俺を見て、くすりと声を出し笑った。
「ふふ、安心して。これはただの老人の好奇心よ。………年を取ると一層刺激に飢えてしまって困るわね。三人が同じ世界から来た事は事実かもしれないけど、少なくとも貴女と智里君がエルード側とは思えない。………過去がどうあれ、貴女は気高い騎士団員の一人よ」
「……フロイスさん」
「それに、二人とも恐らく彼らの実態については把握できてないでしょう?……エルード及びローブの男については、騎士団側も当然全力で調べていくつもり。何か分かったら、互いに情報を出し合いましょう………貴女達の前世については、いずれ話す気になったら聞かせて頂戴。その時は、紅茶でも用意しておもてなしするわね」
「………」
俺はただ、無言で頭を下げた。熱くなりそうな目頭を押さえもせずに。
……何も知らない俺と彼女以外の全員はその瞬間、割れんばかりの喝采と拍手を響かせるのだった。




