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TSサキュバス転生ほど残酷な物語はない!  作者: 前花篩上
成人の儀
45/50

track45 人類の到達点

老若男女、人種問わず、何も知らず賑わうアルトココン。


……そして赤煉瓦の路地中央にそびえる大樹、ローワイトゼルの周辺は、一層密度の濃い人混みを成していた。




「きゃああああぁぁああ!!!」




平穏を一変させる叫喚が響く。

それを契機として人々は蜘蛛の子を散らすかの如く放射線状に逃げ惑う。


混乱の中央には……転移魔術により現れた、満身創痍の状態のエルードが居た。




「クソ………俺の洗脳も解けている………早く……早く……!!!」



流血により冷えていく四肢を駆動させ、彼はローワイトゼルへと歩む。



「……と、止まって下さい!!これ以上は……」



明らかな異常を纏うエルードの前に立ちふさがったのは、先程彼に手を振り同僚として接していた男性職員の一人。……魔力の減弱により知覚が正常となり、彼を一介の部外者と認知していた。



「邪魔だ」



彼はその職員を投げ飛ばし、自ら道を拓き進む。




辿り着いた幹の凹凸に足を掛け登り、上部に広がる無数の枝分かれへと手を伸ばした。


……掴んだ枝は軽い音を立てて折れる。


落ちるように着地するエルード。震える手を以って、その枝を振り上げる。




「ぐっ………!!!」




あろうことか振り上げた枝を彼は右大腿部へと思い切り突き刺した。


……狙いは無論、魔力の緊急補填。周囲に居るだけで多くの魔力を得られるローワイトゼルの枝を体内から直接吸収する。………この樹が戦争に用いられていた時代の初期では、ありふれた方法だった。





「は……はは………力が………魔力が嘘のように湧いてくる……!!!これが嘗て、戦場を支配した神の大樹の力………!!!」





損傷した患部は、瞬く間に塞がれていく。


と同時に彼の魔力は戦闘時よりも遥かに強力なものへと昇華されていた。


……用済みとなった枝を放り投げると、静かに後方を振り返る。




「…………来たか稲神」


「………」




何も発さず、何も思考せず、ただ虚ろな双眸を湛えた稲神奈生が……転移を以って彼の前に屹立していた。




「知ってるか?この木はな、強大過ぎる魔術を察知すると……自ら活動を停止するんだ」


「………」


「お前は今、アスモデウスそのものだ。だが……見てみろ!!この樹は未だ平然と魔力を垂れ流している!!………つまり、お前は……背教魔術を使っても究極の域には達せない出来損ないなんだよ!!!」




エルードは高らかに笑う。


………落木する間際に掴んでいたもう一本のローワイトゼルの枝、それを今度は自身の左上胸部へと突き刺した。




「ぐ………ぅ……あぁ………!!!やはり………心臓部に近い程強力な……魔力が……!!」


「……………エルード………」




再び背教魔術による詠唱を始める稲神。


だが、その目の前からエルードは疾うに消えていた。


……稲神は後方からの鈍痛を受けよろめく。転移ではない。残像すら見せず一瞬にしてエルードが移動を遂げていた。


前傾する体躯、その前へと再び跳び腹部、顔面へと拳を入れる。

物理攻撃であっても溢れ出る魔力が皮膚表層を纏い、軽い一撃のみで骨を砕く程の威力。



「詠唱させず、殺さない程度に攻撃し続ければいいだけの話だ!!!」


「………」



しかし、表情に苦悶は一切浮かべず……殴打を受け続ける彼は、まるで身に集る羽虫を払い除けるかの様に左腕を払った。


禍々しい黒い炎を帯びた腕はエルードの胸部を灼く。




「渙発せずに魔力の形質を………ぐっ……!!」




………遅い。


色欲を司る大悪魔を、稲神奈生は不遜にも騙り、適応種の域に留まらない魔力を放出し続けている。

その大罪の報いを受けるまでの猶予が、あまりにも永過ぎる。


このままでは彼が真の死を遂げる前に………




………追い詰められた彼がとった行動は、もはや人間としての良識の一切を捨てた凶行とも言うべきものだった。



「きゃああぁ!!!」



再び響く金切り声。


彼は逃げ惑う人々の首元を次々に掴み、そのまま稲神の方向へと投げ飛ばした。言わずもがな自身を守る肉の壁として。




「今の奴なら一般人だろうと容赦無く殺すだろうが……少しは時間を稼げる筈だ………!!!」




一人、また一人と無機物を扱うかの如く放り投げる。中には衝撃で骨が折れ、爪に身体を深く切り付けられる者も居た。




………だが、その無慈悲な壁を、稲神は一向に突き破ろうとはしない。

自身へと衝突した人々はそのまま地へと堆積するだけだった。




「………何をして………っ!!まさか、コイツ………!?」




敵か否かを、明らかに判別している。

即ち……彼に未だ不要な殺意を制御する理性が残されている事を示していた。


それを悟ったエルードは、動揺と同時に僅かに口角を上げ……再度、今度は一人の少女の首を掴み持ち上げた。




「っ……うぅ………く………やめ……て……!!」


「理性があるなら……こういう使い方の方が効果的だよな」



掲げた少女を自身の前へと突き出し、稲神へと侵攻する。

………やはり、彼は攻撃を仕掛けては来ない。エルードの読みは的中していた。


空かさず脚での攻撃を入れ体勢を崩し、そのまま連ねて仕掛ける。

突如転回した攻守、それはもはや一方的なものと成った。




「こんなガキ一人も殺せない悪魔が居て堪るもんかよ………雑魚が!!!」




完全に伏した彼の顔を踏みつけ、我を忘れ怒号を浴びせる。




「こうやってお前を見下ろせるなら、少しは死んだ甲斐があったかもな。………さて、後はコイツが完全に死ぬまでこのガキを…………おっと危ない、締めすぎるとすぐ死んじまって効力が無くなるな」



呼吸が出来ず苦悶する少女を鼻で笑いながら、彼は少し手の力を緩める。

……悦に入った笑みを浮かべ言葉を続けた。




「なぁ稲神。……お前、この世界でも随分慕われてたよなぁ?あの傲慢のガキ、サキュバスのお仲間に帝国騎士団……だったか?………どうせまた気色の悪い正義感振り翳して、猫被った結果だろ?」



無論、何も返答は無い。




「騎士団に入ったのもその延長線上。”欲獣被害に苦しむ人々を救いたい”………とか、単細胞丸出しの戯言を垂れたんだろ?………でも見てみろよ。お前が今何を守った?……物みてぇに積まれてく奴らを目の前にして、何をしてたんだ?」


「………」





「お前がやった事と言えば、勝手に悪魔に魂売った癖に、ガキ一人殺すのに臆して頭踏みつけられるぐらいだ。………何処まで行っても口だけだ。何処まで行っても机上だ。何処まで行ってもお前は役に立たない偽善者なんだよ!!!」




いつしか、驟雨が彼らを濡らしていた。





「…………よく喋るわね、貴方」


「ッ!!誰だ!!?」




咄嗟に聞こえた声に反応し、エルードは周囲を見回す。

……右方に、二つの陰があった。


一つは呆けた表情を浮かべ立ち尽くしている智里。

そしてもう一つは、フロイスだった。




「新しい子達を驚かすつもりで忍び込んだけど………とんだ小物に遭遇してしまったわね」




間違いなく、先程の声の主……そして今言葉を連ねているのもフロイスだった。




「何だ………お前、何を言って……」


「………貴女の事、とても深く知ることが出来たわ。シーラ・ロスタシア。………待たせて、ごめんなさい」





刹那、エルードは違和感に気付いた。

有り得る筈の無い違和感に。




「…………()()()()……る……」




ローワイトゼルから流れ出る多量の魔力が、完全に停止している。

……同時にエルードが纏っていた魔力は瞬く間に消え去り、力が抜けその場へ崩れ落ちる。




「……………あれって……」




智里は想起する。


エルードと邂逅する前、そしてフロイスと邂逅した直後、()()を訝しんでいたシーラを。……従業員に扮したエルードが口にした、ローワイトゼルの詳細のある一文に対し首を傾げていたシーラの姿を。



”活動を停止する”



………その条件は、無限に等しい魔力を持つ大樹をも超える魔力を察知した時。





「フロイス………さん………?」


「シーラ様!!!」




後方から、三つの人影がこちらへ近づいてくる。


アイラ、ジーク、ハンスの三人だった。

皆踏みつけられた彼を眼にし血相を変えている。




「貴様ぁ!!シーラ様から離れ……」


「待ちなさい、ハンス」



フロイスの声に、彼は本能的と言わんばかりに足を止める。



「突発的な試練として設定したけど、考えが甘かった。………貴方達、いえ……()()の仲間に必要以上の危害を赦してしまった責任を取るわ。まだ下がっていて」


「っ………………分かり、ました……」




唇を強く噛みしめ、ハンスは退く。

その状況に智里は酷く混乱を抱いた。


……そんな彼を一瞥し、ジークが静かに口を開く。




「…………遅れてすまない。彼女からの指令が下りるまで、この近辺での待機を命じられていてね」


「待機……?彼女に……って……」


「彼女はあの男が欲獣だと最初から分かっていた。……その上で部外者を装い、シーラ君の対応を試していたんだ」


「益々意味が………な、何故フロイスさんが試すん……ですか………」




言葉の端に行きつくに従い、意味を悟り始める智里。

彼らのフロイスに対する態度。


彼女から放たれ続ける、あまりにも強大な魔力。


………そして、活動を止めた大樹。





「承認欲の欲獣、エルード。この場を以って………その欲望を抹消する」



その場に居た誰もが、彼女の声に身を震わせる。

冷徹でも悍ましくも無い。……ただ只管に、鋭い。


ジークは、同じく彼女から目を離せなくなっている智里へ、揺るぎない事実を述べ続けた。





「彼女は……人間族でありながら唯一、欲獣の力に適応した騎士…………」





手に持ち、欲獣へと向けた杖は……眩い深蒼の光を放ちながら形を変える。

やがて顕現したのは何の飾り気も無く、ただ無骨な刀身を露にした一本の太刀だった。






「………………”強欲タナトシエル”」






()()()()()()。……フロイス・フィル・ミルリア騎士団長だ」





淑女は、剣を空へと突き立てた。


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