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TSサキュバス転生ほど残酷な物語はない!  作者: 前花篩上
成人の儀
44/50

track44 背教

「ぐっ……ああぁぁあああぁぁああ!!!」



懐から発見した前世からの残滓を隠した直後、僕の足元で伏していたエルードの身体が突然痙攣し始め、彼の口からは劈く様な咆哮が発せられた。



「なっ……!!?まだお姉さまは夢に入ったばかりの筈じゃ……」


「………」



十数秒の間、その痙攣は激しさを増す。

彼は喉元を抑え、相貌はまるで地獄そのものと対峙しているかの如く苦悶に歪んでいた。


……あまりの異常事態に戦き後退りしてしまう。


そして次の瞬間、エルードが伏す地に躑躅色の魔法陣が鈍く顕現し……瞬きの暇に夢へと介入していた筈のお姉さまが弾き出されるかの様に現れた。



「クソッ!!またかよ……!!」


「お姉さま!大丈夫ですか!!?エルードの夢は……」


「すまん……失敗だ。コイツ、今度は自分自身で俺の術解きやがった!!……智里、構えろ!!」



再び訪れる臨戦への緊迫感。

当のエルードは虚ろな表情で立ち上がると、静かに肩を震わせ傷だらけの腕で天を仰ぐ。



「はは……はははは!!僥倖だ!!まさかこんな運命が訪れるなんて!!!」



高笑いの後に、目線が合った。

その眼光は先程の夢で見たドス黒い殺気よりも、更に輪郭を強めていた。




「稲神奈生、まさかお前がこちらに来ていたとはな。……あっちの世界でお前の死を聞いて震える程に喜んだものだが………」


「こいつ……お姉さまの前世を知って……!?」


「……前世……?イナガミ………?貴方達、何を言って……」




当然、エルードの声は彼女の耳にも入ってしまった。

だが今は説明している場合などでは無い。


奴の目的は完全に俺の殺害に切り替わった。……後ろ盾は何もない。



「あとで、説明します。取り敢えず今は下がっていてください」


「…………」



言い知れぬ不安と怪訝を抱えつつ、彼女は言葉に従いその身を後退させる。




「にしても……その偽善は、何度死んでも治らないらしいな稲神」


「………お前、転生じゃないんだな。あの男の手でこの世界に転移させられたのか?」


「転移って……それじゃあ僕と同じ……」


「あぁその通りさ。そして他にももう一人……面白い奴がこっちに来ていてね」


「なっ………まだいるのか……!?転移者が……!!」



驚嘆を隠せない俺を嗤い、態とらしい身振りを以って言葉を連ねる。



「あぁ、お前もさっき俺の夢で見ただろう?…………粟野褥の、妹だよ」



脳内で、映像がフラッシュバックする。


……あの時、廊下で目にした粟野は一人の女子生徒を介抱しつつ保健室へ向かっていた。


同じクラスだった筈だ。だが、妹………




「双子の妹か……!!粟野……しおり……!!」




日常において、全く言葉を発しない生徒だった。故に、粟野との双子関係すら記憶から薄れてしまう程。

姉の言葉にも反応せず、常に目を伏せ教室の隅で古びた小説を読み耽っていた。




「全く主も、そしてあの女も人が悪い………知っていた筈なのに、お前の素性を性別以外俺に教えていなかったからなぁ!!」



俺とエルード、そして粟野栞。……同じ世界からの転移者がこれほど存在するだけでも異常だが、その上智里以外は全員が共通の学校に通っていた生徒だった……など、これを偶然と思える訳がない。


”人間に期待している”とあいつは言っていたが、その実験に於ける因子の一つとして()()()()が組み込まれている可能性は大いにある。



だが、そんな思慮よりも先に口を突いて出た問いは、あまりにも私情に塗れた突飛なものだった。



「………粟野は……粟野褥はどうしたんだ……?」



……エルードの返答は速かった。まるでその問いを端から予想していたかのように。


言葉尻を喰いながら淡々と述べた音の羅列はこうだった。




「殺したよ。………お前が死んだ後、俺が」




…………まるで空気が一つの巨大な塊と化したかの様に、呼吸が止まった。

奴が発した言葉を、確実に脳が意味として処理していく。


その度に、脈拍は狂ったように上昇する。




「何を……言ってんだ……?粟野を殺した……?そんな冗談一つも……笑え……」


「……あの女はどこまでもお前の死を憂い、口を開けば”稲神君”と宣ってた。………俺が殺さなくてもどうせ一人で勝手に飛び降りて死んでいただろうさ」


「…………何だと……?」


「まぁ、当の妹は実際姉がお前を追って飛び降りて死んだと思い込んでるらしいがな。……っ……はははは!!!この世界で栞に会った時は、笑いを堪えるのに苦労したよ。なんせ目の前に仇がいるのに、身に覚えのないお前に対して馬鹿みてぇな復讐心燃やしてんだから……く…………あぁ駄目だ、今でも思い出すと……ハ………ハハハハ!!」




……次第に、重い空気が不気味に晴れていく。


白く弾けた脳は、眼前に立ち嗤うこの男を、もはや一つの生命とは認識していなかった。


価値観や善悪が全て転回したかの様に………エルードを今ここで殺す事を、俺の理性は是としている。




「…………」


「お……お姉さま………?っ!!そんな……欲獣化が……!!」



煮え滾る血液が末梢まで流れ込んでいく。理性の暴走時の様な妙に思考が冴え渡る感覚は一切無い。

爪と洞角、そして鬼歯は一層長く鋭く伸び、背中からは黒い羽根が皮膚を突き破るように生える。


身を覆う獣たる変異が明らかに広がっていた。


鎮静記号による理性の抑制に加え、エルードによる発言が契機となり精神バランスを根底から揺るがしてしまった結果であった。




「………こうも分かりやすく挑発に乗られると、拍子抜けもいいとこだな」


「くっ……!!エルード!!!」




智里は彼を睨みつけたまま、我慢ならず地を蹴る。

だが……懐に入ることも出来ぬまま、腹部を蹴られそのまま湖畔にて身を墜とした。




「君を代替品にしようとしたが、やはり欲獣にもなれないゴミに用は無い。……ここで稲神を殺し、アルトココンにいる奴らも全て殺し、今度は僕が………僕自身がマスターの………!!」


「………死ね」




もはやシーラの思考に経路は無かった。


殺意の糸を手繰り寄せた先に居る対象を、ただ盲目的に、ただ確実に殺す。

開いた瞳孔は、理性を持つ生命が宿すべきでない程に黒く濁っている。


傀儡の様に右腕を伸ばし、震える五指を静かに堅く握り込んだ。




「弑逆の果て、アスモデウスの名を宿し、百古不磨の罪と成す。……唯一つは”鏖殺”。跪拝し、泪喜し、従い尽くせ」



唱えたのは……信仰する悪魔へと渙発する三段詠唱ではなく、己を悪魔そのものと仮定したあまりにも傲岸不遜な禁忌の魔術。受ける罰は何よりも重く、確定的な術者の死。……だがそれを否とする理性が、今の彼には無かった。



「やはりな……色欲なら、背教魔術も使えると思っていたよ。……流石、枢要罪の欲獣だ。堕ちる様も無駄に荘厳でいらっしゃる」


「お姉さま!!しっかりしてください!!……っ……魔力が………どんどん強く………!!」


「無駄だ。こいつはもう、アスモデウスの怒りに殺されるまで……意思を持たない真の獣に成り下がった。………くっ……ははは!!!悪魔の処刑はコイツを魂ごと消滅させ、二度と稲神が蘇る事は無い……!!はははははは!!!これで俺の……俺の悲願が……」


「”姦譎かんきつ”、”硝煙”、”裂罅”、”脾臓”、”瞬息”、”轟轟”、”叫喚”」





………詠唱により発動する特異魔術が、被術者にどの様な作用を齎しているか理解している者など無に等しい。彼らは状況に於いて必要な事象を三段詠唱として綴り、信仰する悪魔へ魔術の発動を”委嘱”しているに過ぎない。



()()()()()()となった今の彼は、色欲の欲獣が使用する全ての魔術の機構を理解している。故に………挙動、形質、効果、部位、作用時間、強度………結果。思うがまま無限の因子を用いて使用魔術の構築を行えてしまう。


そして被術者に齎された()()は、左側腹部の炸裂となって顕現する。





「がああぁぁあああ!!!!…………っ……あぁ………あああぁああああ!!!!」




無様に倒れ伏したエルードの身体は一瞬にして血に染まり、脾臓部周辺が内部から破裂していた。……欠損し露出した肋骨の端と其処にこびり付いた肉片は、黒い硝煙に未だ焼かれている。


滝の様に流れ出る血液を眼にし、智里は蒼白した顔を浮かべ咄嗟に口元を抑えた。




「…………()()()


「もう止めて下さいお姉様!!!本当に殺す気で……」




傀儡の様な彼の身体にしがみつき、その凶行を止めようとする智里だが、有無を言わさずその身は片腕により投げ飛ばされてしまう。




「くっ…………そ………初期段階で……ここまでとは…………!!早く………早くコイツを殺せぇ!!アスモデウス!!!」




悪魔は答えない。只、眼前敵を見下ろすのみ。


後退りながらエルードは思考する。稲神奈生が宿した悪魔が完全に目を覚ますまで、時を稼ぐ手段を。


……強大な魔力の差異。それを埋める因子。


魔力の補填。




「あの場所なら………!!」




刹那、エルードは手元の土を掴み取り稲神の視界へと撒いた。


瞬に生じた隙を突き、彼は眼を瞑り魔力を練る。


共通魔術、転移。瞬きの後にはもうその姿は消えていた。




「………逃げた!!?」


「………………」




八秒足らずの間隙。

稲神は本能で、彼がまだ敷地内にいる事を認識していた。




「…………そこか」




口を開くのと同時に、後を追うように座標軸を設定し転移魔術を発動させる。




「えっ………お姉さま……?」




当然、先程まで戦闘が勃発していた湖畔には……智里とフロイスの二人のみが取り残される形になってしまった。









「一体何がどうなって………。それに、背教魔術って何なんだ……?悪魔に殺されるって………。お姉様………!!」




突如変貌した主の姿、聞き覚えの無い未知の魔術の存在に彼の思考は混乱を極めた。


……そして智里の魔力は未だ不安定な為、転移の様な精密な座標軸指定を伴うレベル5以上の共通魔術を扱えない。


打ちひしがれ、その場にへたり込む彼だったが……ふと、彼の肩にフロイスが触れた。




「……大丈夫よ」



優しい彼女の言葉が、今の智里にはどうしようもない程に薄く、腹立だしいものに思えてしまった。



「大丈夫って………何がですか……?こんな状況、もうどうすれば解決するって言うんですか!!?適当な事………言わないでくださいよ……!!」



そこで智里はハッとし、我を忘れていたことを悟る。


「っ………す、すみません……僕、なんて情けない事を………」


「ふふ、いいのよ。……でも情けなくなんか無い。背教魔術を目の当たりにして、貴方は未だ根底から慄いていない。あくまでも彼女の身を案じている」


「え………?背教魔術を……知って……?」




彼女を振り返る。


……自分の目を疑った。いや、彼女を疑った。


一体今まで、これほど膨満した覇気にも似たオーラを何処に隠していたのだろうか。

もはや、僕の目に彼女は気優しい老婦人として映っていなかった。



()()()()()()。貴方達の事。……そして、”敵”の実態の片鱗を」


「………え……」


「まだ間に合う。……行きましょう、彼女たちの下へ」




フロイスは智里の手を掴む。

……動揺する彼をよそに彼女が放つ魔術は、


言わずもがな、共通魔術レベル5……転移だった。





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