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TSサキュバス転生ほど残酷な物語はない!  作者: 前花篩上
成人の儀
40/50

track40 SMOKING

「……………っ……!!」



慈悲なく踏みつけられるその寸前、眼を瞑ったのは諦観によるものじゃない。

静かに右腕へと魔力を込め、奴の足底が届くよりも早く、それを射出していた。


確定的な手応えと共に傍らの地面には再び血が滴り、頭上から低く呻く声が鳴る。



「…………気付きましたか。予想よりは少し、遅かった様ですがね」


「……うるせぇよ」



違和感から得た答えは三つ。まず……攻撃が入る時と入らない時、双方の状況下での差異は、視界に奴が入っているか否か。


そして次に、一方的に仕掛けてくる場面では、俺の死角に位置した瞬間……そこから攻撃には繋げずに挑発的な言葉で視線を常に自分へ向けさせていた。恐らく、奴を見失った俺がしびれを切らして闇雲に攻撃を仕掛ける事を防ぐ為だろう。


「ぐ……っ!!はぁ……はぁ……」



………眼を瞑り、奴の位置が確実に分かる状況下で放った槍は、外すことなく右肩へと貫通している。



「だが、存外大したタネでもねぇ。要は目ぇ瞑って攻撃すりゃ……いいんだからなぁ!!」



咄嗟に地面から跳ね起き、そのまま奴を思い切り後方へ蹴り飛ばす。

そこからは全て直線状の攻撃。


目を瞑ったまま前方へ跳び両拳で地へ叩きつけ、足で強く踏みつけながら頭部を隙無く殴打し続けた。

……このまま意識を失わせ、夢に入り込みこいつの欲望を吸収する。




「”右頬に傷”とか言ってたなぁ!!あぁ!?”顔面フルボッコ”にしたら何教えてくれんだよ、なぁ!!オイ!!!」




湖畔にて、一心不乱に殴り続ける。


………あんな気障な態度で舐めプ気味に戦闘を仕掛けてきた奴をこうして一方的にボッコボコにしていると聞こえは悪いがこう……どうしようもなくスッキリしてしまっていた。ごめん、シーラ反省。



「……っ………ぅ……」


「はぁっ……はぁっ……!!」



程無くして、微かな抵抗さえエルードからは途絶えた。

白目を向き完全に動きを止めている。



「おねえさま……?こここ、殺しちゃったんじゃ……」


「だ、大丈夫生きてるって!!!智里、今から夢ん中入ってコイツの欲望引っぺがしに行ってくるから……もう少しだけ待っててくれ」


「あ、貴女一体……」




……エルードが正体を現してから未だ唖然としていた老婦人は、さっきまで見せていた柔らかい瞳とは一変して唯々怯え切った表情で、訝し気に問うた。



「驚かせてしまいすみません。………コイツを含め私達は欲獣、その適応種です。…………で、でも安心……してください!コイツはヤバい奴ですけど、私達は悪用とかしないんで!!帝国騎士団員(にこれからなる予定)なんで!!」


「………何度か、聞いた事があるわ。確か自我を持った欲獣で組織された第三部隊……」


「そうです!それそれ!!……だから安心してください。んじゃ智里、頼んだ」


「……分かりました。おねえさま、お気を付けて」


「あぁ」



血に濡れたワンピースの裾を上げ、右大腿の紋章を指でなぞる。

……蠍の意匠は赤く光り、皮膚から剥がれ眼前へと肥大しながら浮遊し前方へ進む。


やがて紋章はこちらを向いて口を開け、夢の世界への道を拓いた。



「アスモデウスの名の下に、シーラ・ロスタシアが渙発する。一つは”皚皚”。二つは”記憶”。三つは”残滓”。彼に依る夢、侵犯を赦せ」



小っ恥ずかしい詠唱を終えると、益して輝きを放ちながら真円の中央に刻まれた蠍が消えていく。

現れたのは漆黒。これを潜って夢へと入る。




「行ってきます」


「………はい。行ってらっしゃい」












……水圧を感じる。


夢へ入った瞬間は、身体全体が生温い水に纏われたような感覚を得る。

宛ら脳漿に浸かっているかの様に。


静かに眼瞼を開く。






「やぁ、いらっしゃい」


「っ……!?お、お前……!!何で……」




思わず驚愕し後ずさりした。

視界に映ったのは誰の過去でも無く、ただ何処までも続く暗闇。

そしてそんな中俺の顔を覗き込んでいたのは………あの、ローブの男だった。



「くっ……!!」


「……っと。はは、開口一番殴りかかってくるなんて随分ひどいじゃないか、稲神君」


「気安く呼ぶなクズ野郎が!!……何で夢魔でもないお前がここにいる!!コイツの記憶は何処だ!!」


「”記憶”……ねぇ」




何処まで行ってもそのニヤけ面が崩れることはない。

まるで凶器を握りしめた子供の様に、一触即発の無邪気さを孕みながら……男は軽く鼻を鳴らし言葉を続けた。



「まぁ、今はいいや。とにかくエルードへの干渉は諦めた方が良い。お察しの通り彼を差し向けたのは僕だけど、事前に強固なプロテクトを張っておいた」


「プロテクトだと……?」


「そう、対夢魔用のね。智里君の時にはまだ未完成だったけど……今の君の力では到底壊せない」


「そんなのやってみなけりゃ分かんねぇだろが……!!」


「じゃあ早く分かりなよ。君の手、見てごらん」



……脊髄反射と等しい反応で、自身の両手掌を見る。

すると、まだ侵入して一分と経っていないにも関わらず透明化を始めていた。


前に智里の夢から剥がされた時と全く同じ現象だった。



「ほら、この前よりも断然早いでしょ。もうすぐ醒めるよ、君も……彼もね」


「………何なんだよお前。俺に欲獣送り込んだり、夢に入ってきて訳分かんねぇ妨害しやがって……。目的を言え!!俺に何を望んでんだ!!」


「君にじゃないよ」


「っ……」



刹那、相貌が一変する。


嗚咽を催してしまう程の……尋常でない殺気。

貼り付けていた笑顔は滅され、喜怒哀楽どれにも属さない完全なる無表情に変遷していた。




()()に期待しているのさ。……その為の実験に於ける被験者が偶然、君だったってだけ」


「……俺はもう、人間じゃねぇ」


「定義の問題さ。馬鹿正直に出来上がったタンパク質の塊を人間とするのか、あるいはその塊が好き勝手に広げた”人間としての自覚”、”記憶”、……”欲望”。まぁ言うなれば魂を人間とするのか。僕は……言わなくても分かるよね」


「………」


「その後者を余すところなくサキュバスの器に入れ込んだ君は……まさに欲獣と人間のハイブリッド、いや違うな。……欲獣化によって人間としての箍を外した、()()()()なんだよ」


「……てめぇ………!!」


「あーーあーーはいはい、キレるのは無し無しめんどくさいから。……それにほら、もうさよならだ」



奴を捉える意識は瞬く間に輪郭を消していく。

胸倉を掴んでやりたいが、腕どころか指一本すら動かないままに……


最後に一度、哀れむような眼をして笑った男の姿を網膜に映して、俺は夢から引きはがされた。











「………っ!!クソッ!!」



朧げな意識を感じる。

戦闘中であることを本能が理解していたのか、思考を再開するよりも先に身体を起こし回避行動をとっていた。



「残念でしたね」



だがそれも虚しく……俺よりも数瞬早く目を覚ましていたエルードは、逃げようとする俺を思い切り前方へと蹴り飛ばした。



「があぁっ!!」



湖畔より跳んだ体は、そのまま水面へと叩きつけられる。

……未だ判然としない意識故に四肢が動かない。




口腔から僅かな空気は一瞬で逃げていき、呼吸が完全に塞がれた。






「……おっと、あのままでは死んでしまいますね。態々プロテクトまで張って頂いた主の命令に背く事になる。ん~~~………ですがまぁ、あんな実験動物()()()の為に服を濡らすのは……」


「っ………!!」


「…………そういえば、もう一匹いましたね」



憤怒を隠せず駆け出し、攻撃を仕掛けようとした智里に、男は魔術を掛ける。


平衡感覚を狂わされ三歩と経たずして転倒した彼の首を、右手で掴み無慈悲に持ち上げた。



「うっ……!!はな………せ……!!」


「彼女が潰れたのなら、こちらで実験の意義を見出せば良い。……申し訳ありませんが、貴方が代わりを務めてください」



首を持ったまま、鬱蒼と伸びる大樹へと体を放り投げる。


老婦人の横を掠めて智里は思い切りその幹へと打ち付けられ、血を吐きながら地面へと落ちた。




「………」


「ん?……貴女、何故何も……」


「惨めね」



驚嘆も憂いも無く彼女が発したのはその一言のみ。

エルードをただ見据えて、あろうことか嘲笑交じりに微笑んだ。



「……何のつもりなのでしょうか?よくこの状況下で、そんな口が利けますねご婦人」



その時、地に伏していた智里が、消え入るような声で呟きながら彼女の服の裾を掴んだ。



「………逃げ……て……下さい……」


「おや、もう虫の息ですか。やはり聞いていた通りのスクラップですね」


「………」



彼女は智里を振り返り……嘲笑を消して只優しく微笑む。

その手を取って蹲み、彼の髪を撫でながら、諭すような声色で言った。



「貴方達を、誇りに思うわ」


「………ハハハ!!何戯けた事を言っているのですか!?クッ……アハハハハ!!老いた脳というのは、こうも滑稽な発言をしてしまうのでしょうか!!」


「………後ろ、気を付けた方が宜しくてよ」






……刹那、エルードの頭部が衝撃に揺らぐ。


全ての体重を乗せた拳に殴打された彼はそのまま腹部へ続けざまに殴打を受け、先程の智里と同じく地面へと身体を打ち付けられる。



「ぐっ……!!あぁあ!!!う……腕……が……!!」



地との衝突により下敷きになった右腕は肩関節部分が砕け、前腕も橈骨尺骨共に折れていた。

加えて腹部に受けた衝撃で内蔵にダメージを受け、言葉尻に吐血する。




「………貴様………!!」



飄々と取り繕っていた口調のメッキは剥がれ、ただ憎らしい瞳を宿して粗暴に吐き捨てる。

そんな奴を見下ろして、俺は一つ息を吐いた。




「………人殴るなんていつだって良い気がしねぇんだよ。お前らは、随分楽しそうに殴るよな」


「……おねぇさま……」


「ごめん智里。結局また……痛い思いさせちまって……」



首を振った彼を見据えて、懐から一つのケースを取り出す。


湖に沈み溺れ死ぬ寸前、間一髪四肢の感覚を取り戻した際…...水中にて回収したもの。

計算通りなんてものじゃない稚拙な賭けだったが、運よく()()は底で沈むあのフォッグ内部にあった。



……三つ目の違和感。


槍を突き刺した直後に奴が言った”欲獣は難儀だが、適応種なら簡単に……”という言葉。

単純な力なら後者の方が圧倒的に難儀なはずだ。……なら、それ以外の因子は何か。



感覚を狂わせる能力………五感、判断力、記憶、思考。即ち、”理性”。あの時、俺の攻撃は理性でなく本能に基づいて繰り出されていた。


……故に最初から理性が消えた欲獣相手に、恐らく奴の魔術は効かない。


なら、話は早い。




「ク……ハハハハ!!!今更弱った体で何が出来る実験動物風情が!!!さっきと同じように態々目を瞑って攻撃するのか!?……そんな対策などとっくに破れて……」


「違ぇよ馬鹿」




伏した男に近づき、屈んで顔面に白煙を吐く。


右手に持った細い筒は、相変わらずどう見ても煙草そのものだった。




「っ……鎮静記号……!!」


()()()。………そして」




瞬く間に吸い切った鎮静記号を握り潰す。

だがこれで終わりじゃない。再びケースを開き、湿気た筒をもう一本取り出した。


奴に向かって中指を立て、指の先に魔力を込め形質を変えて放出する。

噴出したのは小さな炎。口にくわえた筒の先に近づけ火を付けた。




「これで二本目だ」




不思議と、気分は澄んでいた。



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