track31 中央都市ネヴロ
それは、都市という名に相応しい光景だった。
レヴィリアに立ち並ぶものとは規模がまるで違う巨大建造物が幾何学的に立ち並び、舗装された灰色煉瓦の道の上をガラスで造られた流線形を成す謎の乗り物が滑走し、顔を上げると遥か上空にも同じものが隊列を組むように飛行していた。
街行く人々はレヴィリア同様に他種族であったがやはり人口密度が比ではなく、歩道に於いては気を抜くとすぐさま肩をぶつけてしまう。
そして、
「あれは………」
眼前、遥か彼方に見えるのは一つの城。
あまりにも遠いため淡く見えてしまい全貌は判然としないが、あれがこの都市……いや、この帝国にとって核となる重大な部分だという事は、いくら転送酔いで三半規管と胃が壊滅的にやられていても理解できた。
「んがぁーーーーーーーっ………はぁ……はぁっ……!!!おえぇ………」
「シーラ様!!!およそ淑女が出してはいけない嗚咽が出ていますよ!!!」
「だ、大丈夫ですかお姉さま………ぐぅぅ~~………頭いたい……立ってられない……」
ハンスと隊長、ミルダはまるでなんともないといった飄々たる顔つきのままこちらを心配していた。
往来する人々に怪訝な視線を向けられながら歩道にて蹲るのは俺と智里、そして………
「うぅっ………ぎもぢわるい……はきそう………もうがえりだい……」
「お前はいつになったら慣れるんだ副隊長」
シャルテ・アイラの三人だった。
「申し訳ございません。転送魔法に関しては不得意な部分が多いもので」
ミルダはアイリさんと俺をすかさず介抱し、身体に障らぬようゆっくりと立ち上がらせてくれた。
聞いた感じだとすげえ天才のようだしクール系イケメンという事も重なり俺の中で言い知れぬルサンチマンが溜まりかけていたが……少なくとも悪い奴ではないらしい。
…………しかし、彼は智里を介抱した際、一瞬だが耳元で何かを告げていた。それを見ていたのは角度的に俺だけの様だったが…………その一言を聞いた瞬間、智里の顔が何故か一気に引き攣る。
訝しく感じて、ミルダが先頭を歩き始めたのを見計らい智里に尋ねたが、彼は一言『い、今はちょっと……』と、明らかな動揺を以って玉虫色の返答をした。
一体何を言ったんだ?あの男……まさか智里をゴスロリメイド少女と勘違いして夜の誘いでも吹っ掛けたのか………?
俺は前世での自分の境遇を今一度思い出し、一人勝手に彼を哀れんだ上で、クール系天才イケメン改めド変態ロリコンオークの魔の手から救い出す決心を固めたのだった。
◇
「ていうかミルダさんよぉ、騎士団長様とやらの試験は何処でやるんだ?」
転送完了からおよそ5分。俺達一行は都市の中を悠々と歩いていた。
万華鏡のように煌びやかで目まぐるしく変遷する景色に酔いながら、俺は抱え込んだ訝しさをそのまま口調に反映させミルダにそう問いかける。
彼は表情を変えず、機械的に答えた。
「あそこです」
サッと指を差したのは俺達の後方。
地面と伸ばした腕が成す角度はおよそ45度。そこには、転送直後に目にした城にも劣らない程に巨大な真四角の建造物が遥か向こうに聳えていた。全面が紺の明度を極端に下げた様な暗さを呈しており、律動的に緑色の光の線が幾つも現れては、壁を直線的に横断している。あの城が醸し出すファンタジーさとは正反対にあちらはどこかSF的なサムシングを感じた。
「世界観が水と油みてぇだな…………何あれ?」
「端的に言えば、帝国騎士団本部です。主に第一部隊と、帝国有数の優れた研究員や技術員が常駐しております」
「あとは使えないにも程があるクソ上層部の面々とか」
「……やめなさいハンス」
アイラに頭を小突かれた彼は妙にムスッとした表情で、軽くため息を吐いていた。
「なぁ、ハンス……やっぱりお前って元は………」
「さぁ!!!!早速参りましょうシーラ様!!!!」
オイル切れのロボさながらのぎこちなさで大手を振り歩みを進めるハンス。
……昔から、さりげなくこの話を振るとあいつは決まって話をはぐらかす。
過去の発言等からあいつが帝国騎士団に在籍していたのはほぼ確実なのだろうが……絶対に己からその話に触れることはない。
「大方シーラたんの考えてる通りだよ。………ま、あいつもいずれ観念して話す時が来るだろうから、それまで待っててあげて」
「…………皆さんは、教えてくれないんですか?」
「……ハンスが自分で語らなきゃ、意味が無いのよ」
そう言うと、アイラさんも続いて歩き始めた。
途轍もない程にモヤモヤするが……これ以上野暮な事を聞いても収穫は得られないだろうな。
俺も諦めて彼女たちに続こうとした。
………いやちょっと待て。
「ミルダさんよぉ……」
「どうかされましたか?」
「あの騎士団本部とやらに直接転送すれば良かったんじゃないの…………?」
当然の疑問である。わざわざ会場から果てしなく遠いこんな場所じゃなく、あの本部に転送先をセッティングすれば良い筈だ。
俺の問いに、奴は一切ゆるぎない鉄面皮をそのままに振り返る。
まさかコイツ………わざと転送先ずらして、道中に智里をあの手この手で篭絡するつもりか!!?
「…………あ」
繁華街に消え入るミルダの一言。いや、一文字。
それはあまりにも呆けたもので、寸前に巡らせていた懐疑など瞬で消し飛ぶ程だった。
「ちょっとアンタ……嘘でしょ?」
アイリさんが察して顔を青くする。
「あまりにもナチュラルにここに転送されたから気付かなかった…………」
流石のラルクス隊長も困惑を極めた表情で震えた声を発した。
「い、一応聞くがミルダ第一部隊長、何故こんな場所に私達を……」
ハンスは半ば諦観を孕んだ表情でミルダに尋ねる。
「…………転送先、ミスりました」
この一件からミルダ・シュラインのキャラが瞬く間に固定されて行くのだが、それはまた別の話