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TSサキュバス転生ほど残酷な物語はない!  作者: 前花篩上
成人の儀
29/50

track29 馬鹿

責任なんてないだろう。


偶然死んで偶然転生して偶然妙な力を持ち合わせていただけだ。


圧倒的なもんじゃないし、死ぬ程血流してぶっ倒れるまで戦わなければ敵一人倒せない。


男らしくなんて結局は建前で、俺はただ”人とは違う”優越感に踊らされていただけなんじゃないのか。




「違う!!!」




違わないだろ。現にこの戯言も、お前の小せぇ脳の中で轟いてんだ。

生まれて初めて”敵意”に触れた8年前からずっと、逃げ出したかったんだよお前は。




「…………」




図星か?………ほら、顔上げて見てみろよ。お前の弱さ次第でこの肉塊達は何倍にも何十倍にも数を増やしてそのまま野晒しにされる。


デラネの言う通り、調子に乗ってたんだよ。自分の血だけ浴びられる程生温い世界じゃないんだ。




「…………もう、見たくない」




そうだろ?誰だってそうさ。騎士団の連中含め誰だってこんな惨状を網膜に刻み込みたくない。





………欲獣に親でも殺されたか?欲獣が存在するという事実だけでお前の生命活動に何か支障があるのか?


いいや、何も無い筈だ。その中途半端な力があれば、自分だけ逃げ続けて一人でも十分生きていける。お前には、命を張ってまで地獄に足を踏み入れる程の”責任”とかいうやつが何処にも無い。




なら、いいだろ。別に




「このまま………逃げれば………」




誰も咎めはしないさ。







「どいて下さい」


呟いたのは、これまで沈黙を続けていた智里だった。


芝を踏みしめながら一歩一歩と主の元へ近づいていく。



「何?今更主人が心配にでもなった?」


「いいからどいて下さい」



睨みつけるでもなく、ただ無機質に彼女を一瞥する智里。

しかしデラネが大人しく退く訳も無く……一層立ちはだかり彼を突き飛ばした。



「アンタを救った事実を非難する訳じゃないけど………本来枢要罪級なんて騎士団なら一首以上、教会側ならロミィ・メルファルトでもない限り戦闘許可すら出されないの。それなのにあの子は一人で立ち向かって、あろうことか当のロミィですらそれを赦した。シーラだけじゃない……騎士団も教会も何考えてんのよ!!そんなにシーラを早死にでもさせたい訳!!?」






「うるせぇ!!!」



空間を切り裂くように、智里が叫ぶ。

思わずデラネは言葉を閉じ、他全員も固唾を呑んだ。


…………ただ一点、主であるシーラのみを視界に捉えながら彼はまた足を踏み出し、未だ藻掻き苦しむ彼女の眼前にて膝を突く。





「…………アンタが一番わかるでしょ!!?シーラには戦う責任も義務も……」


「僕が一番分かってる。だから黙っていて下さい」



今度は一瞥もくれず、デラネの傍らを通り過ぎた。


そして、蹲る彼女の両肩に手を掛け、静かに顔を上げさせる。



「…………」



虚ろな瞳をじっと見据え……直ぐ割れてしまいそうな程に障りなく優しい声で、智里は語り掛けた。




「しっかりしろ!!!!!!!!」




……訂正。恐ろしく鋭く微塵も主の鼓膜を労わらないボリュームで、智里は怒鳴りつけた。




「僕は責任とか義務とか、そんなものの為に救われたのですか?」


「…………」


「だったら、僕は今こうして貴女に感情を向ける事なんて出来ていない。後悔、虚無感、先の未来への恐怖………それらを残したまま、壊れた人形の様に生きていくでしょう」



返答はない。それでも構わず言葉を紡いでいく。



「貴女は理解しようとしてくれた。僕に後悔が残らないように、そして僕が明日から希望を持って生きていける様に。…………シーラ様は”綺麗事だ”なんて笑うかもしれませんが、あの時僕に掛けてくれた言葉一つ一つが、今では命の様に重く……大切なものなんです」



早死になんて絶対にさせない



「確かにこれから先、救えなかった人達を無数に記憶に刻んでいくでしょう。……でも、貴女が居なければ救われなかった者もいるんです……!!」



彼女の意思も殺させない



「綺麗事でも、自己満足でもいいじゃないですか!!…………救いたいもの全部救って、端から端まで全部護る。そんな貴女の正義を、僕は決して折らせはしない!!!」




こんなに、声を荒げる性分でもなかったんだけどな。


これも全部、貴女のせいですシーラ様。


責任……取って下さい。







混濁する意識の中で、確かに聞こえた。


間違いなく智里の声だ。



「………俺が言ったこと、覚えてなくて良い事まで覚えてんだもんな、あいつ」



耳を傾けたら、手を伸ばしたら、もう戻って来れなくなるぞ。


それでもいいのか。一時の言葉と感情に流されて、後悔するのはお前だ。



「確かに自己満足だよ。綺麗事でどうにかなるもんじゃないって事も十分に理解した。……でも、後悔はしないよきっと」



何故そう言い切れる



「それは………」




…………気が付くと、景色が変わっていた。


嗚咽する程の悪臭と無限に広がる死体の山は跡形も無く消え去り、愚直に蒼い空の下に、見慣れた顔が並んでいる。




庇護欲レギオンが………消え……」


「シーラ様!!」



察したハンス達が一斉に駆け寄ってくる。


その中で、智里はただ俺を見て静かに微笑んでいた。


……情けねぇなあ俺、本当に。




「シーラたんだだだ大丈夫!!?意識ある!?怖かったねぇもう大丈夫だからね!!」


アイラさんの激烈な抱擁に呼吸を制限されつつ、俺はデラネに目を向ける。

彼女は依然険しい表情を浮かべ、苛立ちを声に乗せた。




「そんなにシーラが心配なら……どうして誰もこの子を止めないのよ」


「………」


「私は嫌なの!!!何も知らずに戦って、呆気なく無慈悲に死んでいく……そんな仲間なんて見たくない!!!」



憎らしい笑みは消え、ただ涙を浮かべて訴える少女がそこにいた。


立ち上がり、集まった団員達を掻き分けて、覚束ない足取りでデラネの前に歩む。




「ありがとう」


「……え」


「途中から、何となく分かってた。本当はお前が俺を心配してくれてんだって。マジで度を超してるとは思うが………まぁ、不器用なだけなんだろ」


「うるさい!!……分かってるなら、入団は諦め……」


「いいや、俺は入るよ。第三騎士団に」



その言葉に彼女は目を見開き、一層歯を食いしばりながら俺の胸倉に掴みかかった。



「あれだけの惨状を見て、まだそんな腑抜けた事を言うの!!?」


「……確かに、地獄だったよ。騎士団に入ればあんな光景を無数に見る事になる」


「そうよ!!だから私は……!!」


「でも俺が死ぬ気で戦えば、あの死体の山も減らせるかも知れない。……そして、騎士団の皆の足引っ張らないくらい強くなれればもっと……減らせるかも知れない」



智里の言葉が次々によぎる。



「俺は、死にに行く訳じゃないし後悔もしない。リスクも承知の上で、お前たちの仲間に入れて欲しい」


「……嫌……嫌よ!!どうして分かってくれないの……?」


「デラネ」



声を掛けたのはハンスだった。



「私とヴィエラ様は勿論、アンリとルイス、そしてロミィ様も……直接シーラ様が戦う姿を見てきた。…………彼女は決して一時の血の迷いで命を賭けた訳ではないし、ましてや自分の力に酔ってなどいない。ただ己が欲望に従い、差し伸べられる手を可能な限り幾らでも伸ばしているだけだ」


「…………」


「ヴィエラ様の言う通り彼女は止められない。……でも、私達が護れば良い。国だけでなく仲間も守れずして何が騎士団だ」


「ハンス……」


「私達は疾うにそれを理解し、覚悟しているだけだ。……あとはデラネ、お前が覚悟を決めろ」



デラネは沈黙し、乾ききらない涙目をそのままにこちらに顔を向けた。

俺は只一つ頷き、彼女の返答を待つ。



「…………最後に、一つだけ聞かせて」


「何だ?」


「どうして、言い切れるの?……後悔しないって」



具体性のある返答など持ち合わせていない。

馬鹿は馬鹿らしく、思ったことを率直に述べるだけだ。



「俺はどこまでも無責任で欲望に忠実な…………欲獣だからだよ」



そう言うと、彼女は小さく”馬鹿”と呟き、再び涙を浮かべてしまった。



お久しぶりです(厚顔無恥)

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