track26 眼光炯炯
「………………マジでやんのぉ?」
「当ったり前でしょ!!!このデラネ・ローワスター様が直々にあんたを見極めてやるのよ!!?感謝しなさい!!!」
時刻、まだギリギリ朝。
場所、バカでかい中庭。
良く分からないセンスの彫刻が点々と乱立する、並みの運動場より広い芝生の庭の中央にて………俺とメスガキは互いに対峙していた。
庭と大窓を介して繋がる食事の間からは、騎士団員数十名とハンス及び智里が、ハラハラしたような視線を投げかけている。
あの後、彼女は俺を軽々と抱え込み、一目散にこの場所へと強制移動させた。
その体に似合わない力に驚愕し………成す術無く今に至る。
「ちょっとデラネ!!!テストは会食が終わって小休憩挟んでから行う予定でしょ!!?」
「小休憩て………オリエンテーションかよ」
「やるなら早い方が良いじゃないアイラ。………どの道、テスト監督は私の担当なんだからさぁ?」
「テスト監督………?」
すると、騎士団側から聞き覚えのある声がまた一つ現れた。
「第三部隊から代表者一名が、新入団員への実技テストを行うのよシーラちゃん!!」
そのあまりの野太さに振り返ると、そこにはあの繁華街に佇むアレな店”ラム・ドゥ・ニュイ”のオカマ店主、ルイス・ジェラルドが手を振りながら解説していた。
…………彼は先日のローブ男の一件でロミィと共に対象を撃破し、その褒賞と損害への補償として多額の資金を得て自身の店を増築したらしい。噂では、如何わしさが当社比5倍になっているとかいるとか。
「うわっルイスさん!!?いたんですかやっぱり!!!」
「”うわっ”て何!!?………とにかく、デラネがシーラちゃんの実力を認めた時点で、少なくとも私達の方のテストは合格よ!頑張って!!」
「いやいや頑張ってと言われても…………こんないきなりの展開認められるんですか!?」
堪らず、ラルクス隊長を一瞥し助けを求める。
すると、彼は”任せろ”といった勇ましい眼差しと共に腕を組む。
静かに席を立ち、皆の中央へ足を運び………そして声高に叫んだ。
「よし!!!!!!もうやっちゃおう!!!!!!」
「…………………………は」
「やっちゃおうぜ!!!実技テスト!!!!!」
”まさか”
いや有り得ないとは思いながら、俺は夥しく並んだ食事達の方に目を凝らす。
そして、隊長が座っていた場所…………そこには、鮮やかな葡萄色を携えた素敵な液体が、香りを逃がさない為考え抜かれた曲線を描くグラスに思いっきり入っていた。
………おまけに傍らには、空のボトルが3本。
完全に、キマッている。
「おいラルクス貴様!!!いつの間にワイン勝手に出してきたんだ!!!」
俺の青ざめた顔に気付いたハンスは、ボトルを手に取りラルクスを叱責する。
………しかも勝手に出して飲んでたのかよあのオッサン。
「ハハハ!!さぁ、隊長の了解も得られた所で早速やりましょうか?シーラちゃん?」
「い、いやいやいや待て待て!!!あれは完全にノーカンじゃ………」
「問答無用!!!」
突如、デラネは右手の甲に噛み付いた。
不敵に笑った後……その腕を振るい、芝生の上に直線状に血液を付着させる。
「形式的とか言ってたけど…………私はそんな温い事しないわ。アンタもさっさと欲獣になりなさい!!」
「………も………………?」
「デラネ!!!それ以上勝手な事………!!」
ハンスが止めるが、もう遅かった。
芝生に散った血液はまるで輝くような真紅を帯び始め、悍ましい瘴気と共に唯々濃く、一つの”直線”と成る
「”従いなさい”」
直線が、瞳が如く身を開く。
………いや、見間違いではない。角膜、虹彩、それにより成す瞳孔、反射する水晶体。
それはもう紛れも無く、巨大な眼球だった。
「な………!!何だよこれ………!!」
「キャハ!!明らかにヤバそうでしょ?ほら、さっさと欲獣化して私の腕でも足でも引きちぎらないと………大変なことになるかもしれないよぉ?」
「馬鹿言え!!………い、いくらヤバそうでも………そんな事する訳ねぇだろうが!!」
滲み出る恐怖に本能的に抗うが、何故か震えが止まらない。
潜在へと語り掛けるような瞳はそれ程に悍ましいものだった。
俺の返答に舌打ちをし、デラネは呆れた様な溜息を吐く。
「あっそ。………話には聞いてたけど、やっぱり甘いわね。反吐が出るわ」
「ほ、放っとけ………!!俺はただ………」
「じゃあ、綺麗事も言えなくしてあげる」
懐から取り出したのはありふれた短刀。
鞘を無造作に投げ捨てると、彼女は徐に軍服を少し脱ぎ右腕を露出させ……刃を腕の付け根に当てた。
偶然か、そこにも赤い糸は当然の様に縫われている。
「…………何の真似だお前…………!!」
「べっつにぃ~~~?…………只の遊び」
刹那、彼女は刃を通した。
そう。自分自身の手で、自分自身の腕を、何の躊躇も無く切り落としたのだ。
摂理に従い吹き出る鮮血。重力に従い落ちる右腕。
脳がそれを事実であると認識するのに、時間はかからなかった。
「あ………………あぁ……………!!」
血が抜けていく右腕を視界に映した瞬間、俺の意識は沸騰するかの如く暴れ出した。
「あぁぁあああああぁあ!!!!…………嘘だ…………嘘だろ……!!お前………!!!」
「アハハハハハ!!!見えた!?見えたぁ!?腕が千切れる所ちゃあぁんと見えたかなぁ!?」
………食事の間から、何やら声が聞こえる。
しかし、もはや聴覚すらまともに働いてはいなかった。
彼女はしゃがみ、落ちた腕を拾い上げる。
そのまま悠然とこちらへ歩み寄ると………無邪気な笑みを浮かべ、いつの間にか膝を突き嗚咽していた俺の髪を掴む。
「箱庭遊びはもう終わり。ここから先は地獄でも何でもない、只の”日常”よ」
「あぁ………あ…………ぁ………」
肉塊と化した右腕の手掌が口を開き、ケタケタ笑いながらその名を告げた。
「私達は”庇護欲”。宜しくね……………クソガキ」