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TSサキュバス転生ほど残酷な物語はない!  作者: 前花篩上
欲獣への目醒め
21/50

track21 少年の夢

「……………ここ……何処だ……?」


意識が徐々に覚醒する。


網膜を刺した光景は、八畳程の古ぼけた部屋。その中央に俺は立っていた。

散らばった服に食品ゴミ。辛うじて点いている天井の白色電球は、不規則な点滅を繰り返し今にも消えてしまいそうだった。


緑色のカーテンの隙間からは月光が差しており少なくとも夜なのだろう。

………しかし、どういうことだ?



「異世界じゃ…………無い………?」



全ての物に見覚えがある。畳、カーテン、商品名が印字された食品、部屋の間取り………明らかに転生前の世界にあった文明だった。


想像にあまりにも反した光景に眩暈がする。何故異世界で遭遇した少年の夢に俺の前世の記憶にある物がこれ程存在しているんだ………?





智里ともり!いつまで寝てんの、ほら起きて」



すると左方すぐ近くから女性の声が聞こえる。荒い口調だが何処となく優しい、不思議と安らぐような声だった。



「ん………何時………?今………」


「もう19時だよ。早く食べて早く寝ないと、明日遅刻しちゃうよ?」




足元を見ると、そこには少年がうつ伏せで寝ていた。

………この女性の息子だろうか。




「てか本当にここ夢なのか………?俺の声も聞こえてないみたいだし、物にも……………触れねぇ」




空間にある物体の幾つかを触ろうとしたが、悉く指がすり抜ける。

修行で行った介入に比べて異常なまでに意識がはっきりしており現実世界での感覚と相違ないのだが、どうやらここに居る人間は俺を認識していないらしい。


こんなことは今までなかった。夢に入れても干渉できなきゃ意味がない………!!




「遅刻はまずい!すぐ食べる!」




そう言って飛び上がるように起床した少年。



「………あぁっ!!」



………その横顔を見て、思わず驚愕した。

彼は、先程まで戦っていた傲慢の欲獣の主……あの男によって獣に変えられた少年だった。


夢の主まで俺を認識出来てないとは……いよいよ本格的に詰みかけて来た匂いがする。助けてママ………




「いただきます!!」


「ごめんね、せっかく好きなカレーなのに量少なくて」


「んぐ……もぐ……ううん、旨いから全然オッケー!」




小さな正方形のテーブの前に胡坐をかき、無我夢中でカレーを頬張る少年。名前はさっき……智里って言ってたな。

対面に座る母親は、その様子をただ微笑みながら眺めていた。




「明日から中学生かぁ……智里、大丈夫そう?」


「もっちろん!お手伝いさんとも仲良くなったし、先生も助けてくれるって言ってたじゃん!」


「本当はお母さんがもっと智里の傍にいなきゃいけないのに…………ごめんね」




次第に母親の顔色が曇っていく。

お手伝いさん?どういうことだろうか。彼女の言葉も………。

………まさかこの子……



「また言ってる。母さんの口癖だよ?………そんな悲しい声聞かせないで。”ごめん”は無し!」


「あ……はは………また言っちゃったね。………うん、もう言わないね!母さん」


「それも口癖だけどね」



意地悪な笑みで言った後、二人は笑っていた。


…………自然と、俺も。


部屋の大きさや盛られた食事の少なさから察するに、恐らくかなり貧しい家庭なのだろう。

それでも必死で子供を支える母親と、不安を抱える母親を悲しませない智里。彼らの会話から互いの優しさが痛い程に感じられたんだろう。


だが………




「これのどこが”傲慢”なんだ………?」




強制的な欲獣化とは言え、欲望の力に呑まれてしまった以上その夢には相応の現象が起こる筈だ。

破壊欲なら主はただ狂ったように暴れ、色欲なら狂ったように性を貪る。


でもこの空間にはどこにも傲慢たらしめる現象が無い。

唯々、イレギュラーな夢だった。




「…………―――!……さん………!………」




新しい音が耳朶に触れる。

音の源は母親の後方にある玄関。


数回のインターホンと、低い男の声。

二つの音に母親は小さく肩を震わせ驚いていた。




「……お客さんじゃない?」


「え……う、うん!ちょっとごめんね智里!」




ハッとした様に立ち上がった後、彼女は重い足取りで玄関へと向かった。


ドアノブを捻り静かに少しだけ扉を開ける。


そこには、中肉中背の初老の男性が立っていた。

紺色の作業服を着て右手には何やら親子への手土産と思しきビニール袋を提げている。




佳那子かなこさん、突然すまないね」


「村内………さん………こ、こんばんは」


「ちょっとこの辺で仕事入ってたからついでに。はい、これ智里君と食べて」




どうやら父親ではないらしい。

薄々感じてはいたが智里は母子家庭なのだろう。………でも、そうであればこの男は何なんだ?


貼り付けた様な笑みで袋を母親………佳那子へと渡す。

逡巡を見せつつ受け取り中を覗くと、彼女は困り果てた表情を浮かべてその袋を男に突き返した。




「あの!………受け取れません」


「…………だから気持ちだって。清水が死んでから佳那子さん一人であの子育ててるんだ、これくらいむしろ少ない方だよ」




よく見ると、白いビニールから数種類の菓子の上にかなり厚めの茶封筒が乗っているのが僅かに透けて見えた。


………金……か?


もし中身が万札なら相当な金額に違いない。

金銭的な支援を受けてるって事か…………いや、でも彼女の反応は明らかに”押し付けられている”ような雰囲気だった。




「稲神さん、だね」


「はっ!?…………え、え!?どこ!?どこから!?」




突然、脳に直接侵入するかの如く声が聞こえた。


辺りをキョロキョロ見渡すが当然声の主は見当たらない。智里も我関せずといった様子でカレーに喰らいついている。




「僕は智里。この夢の主だよ」


「はぁ!?でも今智里は目の前に………」


「これは夢というより僕の記憶と言った方が正しいかもね。……僕の場合は欲望が過去に依存し過ぎているから」


「記憶だと……?夢よりも更に深い領域まで介入してんじゃねぇか!マジでイレギュラー過ぎるぞ今回………」




強制的な欲獣化に伴う異常なのだろうか………何もかもが謎だった。




「……ごめんね」


「え?」


「僕はあなたに酷いことをしてしまった。それに、あなたの大切な人たちも巻き込んでしまって……」


「何言ってんだよ、お前はなんにも悪くない。全部あの変態ローブ野郎のせいだ」


「違う!………従ったんだ、僕はあの人に。自分の意思で、欲獣になったんだ」


「…………どういう……事だ?」


「あなたを……殺せば、叶えてくれるって。僕の”傲慢”を叶えてくれるって………だから……」




すると突然、玄関の方で怒鳴り声がした。………あの男の声だ。



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