最初の一歩(踏み外し)
「どうして私なのですか? 」
「そんなことを言う人は初めてだなぁ、大抵の人は喜んだりはしゃいだりしてくれるんだよぉ」
神様と名乗る人はポリポリと頭を掻いている。本当に不思議そうな顔だ。
「えぇと、名前は藤崎礼さん、穂村高校の二年生だね。異世界転生、なんて突拍子もないこと聞いたら驚くのは分かるんだけど、そんな嫌な顔しないでくれないかなぁ」
子供に諭す親のような口振りの神様。
「丁重にお断りさせていただきます」
私は額を畳に擦り付けるように頭を下げた。
「お断りされても困るんだよぉ」
どうしてこうなったのか、私は走馬灯を追うように考え始めた。
「関東地方は、午後から雷を伴う強い雨が降るとみられ、早めの帰宅を……」
天気予報は70%という数字で脅しをかけている。
「礼、今日は早めに帰ってくるのよ」
「分かってます。それじゃあ行ってくるね」
母と軽く会話をして家を出る。今日が地球最後の日だったら何をする? なんて話題があったら、私は母親と一緒に過ごすと決めている。
私の母、藤崎心は女手一つで私を育ててくれた。三十代後半になって8つも年下の男と結婚したが、私が産まれてすぐに父が病死。50才をとうに越え、シワだらけになってしまったが、今も会社員として働いている。弱いところを私に見せないようにする母親を誇りに思っているが、最近ため息が増えたようだ。何か悩みがあるのか、それともただの老いのせいか、どうにも聞きづらいことのような気がしていた。
「ーい、礼さん起きてる? おーい」
「さくらか、おはよう」
「おはようー、じゃないよ! もう、横断歩道でぼーっとしてると危ないよー。この前も食パンかじりながらぼーっと歩いて人とぶつかってたじゃない」
「あれはロールパンだから」
「あーごめんごめん最近物忘れがひどくてー、ってそういう問題じゃない! 」
このやかましいのは萌木さくら。クラスメイトだ。頭に名前の通り桜の髪飾りをしている。人に覚えてもらいやすくするため、らしい。友達か親友かといわれるとよく分から「親友ですー! 」親友だそうだ。
「さくらは今日も一段とやかましいね」
「やかましいってなんだ! しかも"も"って言ったな! 」
「桃なんて言ってないよ」
「今日も! だよ。相変わらず"失礼"なやつだね」
「礼は尽くしてますー」
これで!? とはしたないぐらいぽかーんと大きな口を開けた親友をよそに青になった信号を渡る。私達にとってここまでが挨拶のようなものだ。気の置けない仲、という意味では親友と呼べるのかもしれない。
「で、朝からどうしたの? 」
「どうした、って今日1限小テストだって忘れたの? 」
「それなら予習復習済んでるから問題ない」
「なら! 」
「またノート見せてほしいの? 人のノート10分20分見たって変わらないよ」
「変わるの!前五点上がったし」
「赤点ギリギリだったね」
「だから見せて! 」
こうも人は開き直れるものなのかと苦笑しつつ、ノートを差し出す。歩きスマホならぬ"歩き復習"をした親友はテストをシャーペンと鉛筆の両手持ちで乗りきったようだ。今回の数学に選択問題なんてなかったはずだが……
昼休み、親友はダッシュで買ってきたパンを食べながら珍しく静かだった。
「今日は大人しいね、いつもパンくずこぼしながらしょうもない話するのに」
「しょうもないって……じゃあ聞いてくれる? なんか掲示板で変な噂があってね」
さくらは机に身を乗り出して話始める。
「またオカルトかぁ、どうせきさらぎ駅みたいな都市伝説で夜更かししたんだ」
「今度はマジだよ! 何でも1人で歩いてると "夢はありますか?" なんて聞いて回る大人がいるんだって。その質問に "ない" って答えた人が次の日から学校や会社に来なくなってそのまま行方不明って話なの。異世界転生だ、なんて言ってた人もいたんだよ! 」
「ただの不審者というか事件じゃん。警察ざたになってるんじゃないの? 」
「それが何故か分からないけど被害届を家族や会社が出さないそうなの」
「じゃあ旅行とか帰省? 」
「掲示板でもそういう流れなんだけど連絡なしに急に休むなんて変じゃない? それに "ある" って答えた人が経緯に何人も現れたんだよ」
「 "ない" って答えた人は? 」
「……何人もいたけど」
「じゃあ眉唾じゃない」
「そうだけどぉ、お願いだから一緒に帰ろうよ」
こういう噂好きが臆病なのはおきまりなのだろうか。
「あなたバスケ部じゃない。私帰宅部、無理」
「ジュース奢るからぁ」
「早く帰る約束なの、雨も降るし」
「そんなー」
「 "ある" って言えばいい話じゃない。次体育でしょ、早く食べて」
「は! そうだった! 」
体育でもバスケが出来る親友はいそいそとパンを詰め込み出した。かくいう私は先程のオカルトについて考えていた。
(夢か、 そんなもの "ない" のよね)
放課後、案の定雲が黒く染まっていく様子を見た私はすがる親友をよそに帰路につき、朝と同じ横断歩道にいた。ふと横断歩道の向かいを見ると、占いの文字、そして紫一色に身を包んだでっぷりと太った老婆が見えた。
(朝あんな人いたかな? )
信号を渡り、特に気にせず横を通りすぎようとした時、
「つまらない人生を送っていないかい? 」
私はなぜか振り向いてしまった。
「やっぱりつまらないんだね」
「いえ、大きなひとりごとだと思っただけです」
「本当にそうかい?藤崎礼さん」
「! 」
どうして私の名前を知っている?名札なんてものは小学生で外したはずなのに。
「あなたいったい何者ですか? 」
「私は占い師さ。朝からここで占いをしてる」
「朝から? 」
こんな人朝からいただろうか?
「そうさ、こんなところで占いをしてる。おかげで悪目立ちするもんだ」
……そりゃそうでしょ。住宅街で紫の塊がいたんだったら。
「でも礼さん、あんただけは気付かなかったね。悩みごとだろう? この老体に聞かせてくれないかい」
「……朝は無視しただけです」
「一瞥くらいはするもんだと思うんだけどね。横のお友達は会釈してくれたよ」
「急ぎますので、失礼します」
早く帰ろうとした私に老婆はおどけたような口振りで言い放つ。
「怖い怖い、親の躾かな」
「! 母親を侮辱するのですか」
「さぁね、どうせ生きるだけで精一杯、明日を迎える事だけを考えて生きてる口だろう? 」
「何ですって……」
「金も希望もなく、お先真っ暗といったところだ。どうして生きてるんだか分かったもんじゃない」
「こいつ! 」
咄嗟に胸ぐらをつかんで睨み付ける。
「そんな強い目が出来るんだ、さぞかし素晴らしい夢をお持ちなんだね? 」
今思えばここがデッドラインだった。
「そんなものなくったって生きていける」
「……そうかい、それは残念。もういいよ、行きな」
「……失礼します」
なんて失礼な物言いだろう。あの見た目で礼儀を知らないのだろうか。私は1秒でも早く立ち去るため早足で歩き出した。
「……後悔先に立たず。ってやつだね」
老婆は神妙な顔で少女の後ろ姿を見送った。
なろう初投稿となります。読み専でしたが何となく思い付いたので書くことにしました。書きなぐりとなったり、遅くなるかもしれません。少しでも興味を持っていただけたら幸いです。