9.人間
後の世に暴君だとか、批判されたとしても。
そんな事は関係ない。
俺たちが強者だ。俺たちは、俺たちが大切に思うものを守るために生きている。
それが他から見て酷い時代になったとしても全く構わない。
慈悲や理想や仮初めの平和を尊ぶ奴ならそう動けばいい。
でも少なくとも俺は、家族を害するものは排除したい。それだけの力も俺にはある。
今まで大人しくいたのは、守りたい家族が、その方法を拒否していたからだ。それを認めなかったから。
だから人間の傲慢の多くを見逃してきた。
なのに、それでも大人しくできないなら、壊す方法以外、もう手段を俺たちは知らない。
様子を見る時間はもう終わり。
だけど、イフェルはこの期においても迷う。
ならば。
「魔族を受け入れ、受け入れられる人間と。孤立無援で滅んでいくと人間と。あからさまに、分けてみよう」
じっと見つめて来るイフェルを見つめ返して、俺は言った。
***
「逃げ道を作っておけばいい」
と、俺は話した。きっとこれはイフェルと俺との妥協点になるだろう。
あなたが俺の逃げ道になってくれたように。俺があなたに惚れるのを許してくれたように。居場所をくれたように。
人間にも、逃げ道を、与えてやれば良い。
名案だ。
「逃げ道?」
不安そうだ。
「この国が、丁度、良い具合なんじゃないか」
「どういう事?」
「セルリエカを王と認める人間は、この国に住めばいい。守ってやろう」
「・・・そう」
どこか意表を突かれたようにぼんやりと返事をしてから、イフェルは言葉の意味を検討しだしたようだ。
「そう」
と、今度はしっかりとした口調でもう一度言った。
どうだ。良い案だろう。
俺は上機嫌になった。これで決まればすぐさま手配をしよう。
魔王である父に協力を求める事も苦ではない。セルリエカの未来に関わる事だからだ。
「茶でも入れようか」
イフェルの結論を待つために、俺がにこやかに立ち上がった時だ。
ハッとイフェルが顔を上げた。
「ねぇ! 忘れてるわよ!」
「何が」
なんだよ。
「勇者を召喚してしまってるわ! シマザキダイチよ! あなたより強いかもしれないって、言ったじゃない。殺されたらどうするの?」
イフェルが泣きそうな顔で訴えてきた。
「あー。存在、忘れてた。うっかりと」
「早く見つけて、元の世界に返さないと心配よ!」
「あいつなぁ・・・。見つかんないんだよなぁ。親父がついに国滅ぼして、悪いちょっと浮かれてた」
「スピィーシアーリだって探さないといけないでしょうっ!」
「あー。探してるんだが」
「呑気な事言ってないで!」
***
一方で。
兵士Dが、恐る恐る、口を開いた。
「ありがとうございます。面目ありません・・・」
「ううん。いつも助けてくれてるから、私だって頑張ったよ」
「はい」
少し偉そうに胸を張る様子に、どこか強張っていた兵士Dは少し笑った。
AとBも、ホッとしている。
ただし、Cはセルリエカと視線を合わせない。
セルリエカは姿を人間のように戻したが、どうやら見られていたらしい。
特にCが怯えている。
「お父様、お父様」
気づいているのか、いないのか。セルリエカが、俺を脇に押すようにした。
「なんだ?」
「私、また頑張るので、また隠れていてくださいね!」
セルリエカがやる気になって笑顔をくれる。思わず俺の頬もゆるむ。
だけどな。
つい抱き上げてやりながら、俺は諭した。
「出発前と状況が変わっている。聞いただろう。国が一つ潰れた。リィリアを捕まえようとした人間の自業自得だ。だが、人間は自らの行いを顧みず、魔族に敵意を向けている」
まあ、もともと隠していただけで、ずっとあったものだがな。
なぁ、と俺は兵士4人を見やった。
全員、俺に恐れをなしたようで顔をこわばらせる。
「お前たちには感謝してる。セルリエカはイフィルの国王の血を引く。半分はお前たちと同じ人間。きちんと守ってくれて有難いと思っている。これからもよろしく頼みたいんだが」
「はい」
と、Aは返事をした。
BもDも返事をしたが、Cが固まっている。
「無理にとは言わない。半分、俺の血をひいて、頑張った時の姿は人からはみ出てしまう。セルリエカの性格は分かってくれてると思ったが。なんていうか」
どう言おうか。
強制して守らせて、裏切られる方が困る。
嫌なら去ってもらいたい。
まぁ、勇者の捜索はもう打ち切らせるつもりだ。
困った結果、言う事にした。
「セルリエカの容姿が人間として、まぁアレなら」
「アレ?」
と言葉の途中で、俺に抱えられたセルリエカが首を傾げた。
「可愛すぎるなら」
と俺は真顔で言いかけ、セルリエカと視線が合ったために顔を綻ばせて笑う。目にいれても痛くないほどに可愛い。本日も。
「だが、人の好みはそれぞれだ。それは理解してやる。任務もキツイだろうし。嫌なら、支障がでるから離れてくれ」
と俺はまとめた。
兵士たちは困惑している。
セルリエカも困惑している。ツンツン、と、俺をつついてきた。
「お父様・・・。私、頑張っていました」
「あぁ、そうだな」
とデレる俺。
「だから、最後まで頑張りたいです」
「だがな。状況が変わってる上に、お前はまだ子どもだ。もう城に帰ろう」
「でも、勇者シマザキダイチを追いかけるって思って出てきたのです。私は、召喚した国の王様です・・・」
「あぁ。セルリエカはよくやってる」
褒め称えたい。ギュッと抱きしめてやる。
だかセルリエカは冷静だった。
「最後まで、きちんとしないと、いけないと思います」
うーん。
でもなぁ。
今、万が一勇者に会ったとして、勇者がセルリエカにどう向かうか全く分からない。
人間の国々も、魔族の血を引くと有名なセルリエカをあからさまに敵視するだろう。
加えて、頑張ってきてくれた兵士も、セルリエカ本来の姿を見て動揺している。
帰らせる、この一択しかない。
だが。セルリエカが意思を通したくて泣きそうだ。
うーん。どういう手法だと、セルリエカも納得してくれる。
可愛すぎるゆえに悩む。
困ったので、目の前の兵士たちに話を振ってみた。どんな反応するかも見てみたいと思った。
「お前ら、どう思う?」
兵士たちは少し仲間内で視線を交し合い、Bが勇気を出したように切り出した。
「勇者については、どうされるのでしょうか?」
「問題があるのは変わりないからな。探さないといけないのも事実だが」
と俺は中途半端に答えてみてから、気が変わった。
「聞くが。俺と妻が引退した途端、人間どもが勝手に勇者召喚なんてやったんだ。国王のセルリエカの許可もとらず、相談もせずにな。なのに、人間どもはセルリエカに対応を任せて放置だ。さんざん悪口叩かれてる勇者だってのにな。本来は、人間、まぁイフィルの人間が、全力挙げて勇者を回収するとかするべきだと思わないか?」
兵士たちが顔を見合わせ、AとBとDが戸惑ったように頷いてきた。
気になるのはCだ。動かない。セルリエカの姿がそこまでショックだったのかと思うと、俺は苛立ちを覚えた。
まぁABDは俺の言葉に反応をしている。俺は続けた。
「セルリエカは国王だ。なのに、協力しない。お前ら以外な。勇者を勝手に召喚しといて、身勝手な話だな。お前らも人間だ。どう思う。あと、どうしてセルリエカについてきてくれた」
「・・・お一人では危険だと思いました」とAが答えた。
「こいつが決めたので、俺もその通りだと思いました」とBが答えた。
「・・・お気の毒だと、思いました。小さな子どもなのに」とCが答えた。
「国王様なので」とがDが答えた
そっか。
質問の片方にしか返事がないが、まぁ良いか。聞いていたからには思うところはあったはずだ。
俺は正直、こいつらをセルリエカの味方にしたかった。
だから。
「セルリエカだが、知っての通り、半分は魔族だ。さっき、お前らを助けるために姿を変えた。魔族から見ると可愛い姿だが、それでお前らから距離とられたらセルリエカが傷つくんだが」
「えっ」
セルリエカが驚いて俺の顔を見た。それから、4人の兵士を。
4人ともが、気まずそうな顔をした。
「お前らのために姿を変えたってのに人間ってヤツはな」
と俺は見下した。
「セルリエカ。頼む帰ろう。心配なんだ」
これは本心だ。
俺の言葉に、Cが顔を瞬間に赤らめて俺を睨んだ。
「我々は、責任を果たそうと、セルリエカ様に従い各国を回っておりました!」
「ふぅん」
と俺は馬鹿にしたように笑ってみせた。
「で?」
と俺は尋ねた。
Cは続く言葉が出なかった。ぐっと息を飲むようにしたが、俺を睨んでいる。こういう事ができるのは、やはり力の差に鈍い人間ならではだよな。
一方で、セルリエカが慌ててしまった。
「お父様! 喧嘩をしないでください、兵士さんたちは旅の間、ずっと私を守ってくれてました!」
あぁ、知ってる。見てたからな。
「そうなのか?」
と俺は知らないふりで首を傾げた。
「はい、そうです!」
「へー」
と俺は半信半疑っぽく兵士たちを見やる。
兵士たちは頷いたり戸惑ったりだが、Cは俺を睨んでいる。ひょっとして、自分は守っていたのにと、怒っているのか?
俺は首を傾げたまま、
「なら、任せよう」
と告げた。
「セルリエカを城まで無事に届けろ。だが状況は悪化している。俺も同行する」
4人の兵士は意表を突かれたようだ。キョトンとしている。
「セルリエカをこのまま頼む」
と続けると、4人とも戸惑いながら、しかし「はい」とそれぞれ返事をしていった。
***
転移で一瞬で城に戻した方が安心だ。しかし兵士たちがあまりに弱いので、俺の魔力による転移に耐えられない可能性がある。
スピィーシアーリがいればな。
ほどほどに弱くて空が飛べるので、一般兵も運べるはず。セディルナが借りるのを怒り狂わなければ、という前提だか。
スピィーシアーリ、本当どうしているのか。忘れかけて本当に済まなかった。早く探し出してやらないと。
さて。
そういうわけで、仕方なくセルリエカたちとは、通常移動でイフィルまで戻る他ない。
***
「イフェル。礼を言われたぞ」
と、城で俺は妻のイフェルに話しかけた。
イフェルは少し不思議そうに俺の言葉の続きを待った。
話の出来る分体で同行する俺は、兵士たちに勇者について色々聞いてみることにしたのだ。
黒ネコでは回収できていない情報があるかもしれないから。
そのうち兵士たちは俺に慣れたようで、普通に返事してくるようになった。
そしたら。
「魔族の俺たちが、人間の代わりに勇者探しを続けるって恩着せてやったら、『ありがとうございます』だと」
「まぁ」
俺の驚きを理解したように、イフェルも目を丸くし、それから笑んだ。
「礼儀正しい兵士ね」
嬉しそうだ。
「まぁ、無闇に怯えさせないよう力も抑えてるし、見た目は人間だし、俺の存在に慣れたんだろうが・・・」
「良い関係を築いているわね」
「そうだな」
と俺は頷きつつ、戸惑っているのを自覚した。
兵士Cも、セルリエカには前のようにマメマメしく接するようになっている。
俺に対抗心を燃やしたことが原因のような。変なもんだな。
しかし、あれだな。
俺たちが関わらざるを得ない、国の上層部は、頑なに魔族に拒否反応を示す。その一方で、一般の人間は、案外俺たちとも話が分かり合えるんだろうか。
そう思うと・・・
「国を丸ッと殺すのは早計なのか」
少しぼやくように考えを口にしてみた。
イフェルからの言葉が無いので、ふと顔をあげて様子を見る。すると、真顔で俺をじっと見つめていた。
それから、イフェルは少し嬉しそうに表情を緩めた。
ん?
機嫌良さそうに隣の部屋に物を取りに行った(多分菓子だな)様子の妻に、少し考えてみる。
俺がイフェル以外の人間を、少しでも評価したのが嬉しかったのかもしれない。




