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7.現実

意識が遠のきそうになる。それすら怖くてリィリアは必死で意識を掴んでいようとする。


助けて、助けて

願うのに、叫んで知らせたいのに、恐ろしくて声など出ない。


「リィリア!」

ドン、と圧力を受けた。

急に術の糸のひっぱりが弱まって、ゆるやかに倒れていたリィリアの身体が勢いを持って倒れる。

けれど地面にぶつかる前に、柔らかく包まれ、抱え上げられた。


震えながら視線を上げれば、父がリィリアを抱きしめていた。


「お、とうさま」


魔王である父はリィリアの言葉に少しだけ安堵に目を細めてくれる。

「おとうさま」

リィリアは震える。おさまらない。

父が、リィリアの身体に未だに絡みつく術の糸を払うようにしてくれた。バラバラとちぎれて落ちていく術。全部は解け切っていないけれど、もう大丈夫だ。助けに来てくれた。

それでも、まだ恐怖で落ち着かない。


怖い。怖い、怖い 怖い


父はリィリアを片腕で強く抱きしめてくれながら、静かだった。

父は正面を見た。

その動きに、未だに震えながら、リィリアも父の視線の先を、そして周囲を見た。


父とリィリアの周りには、黒い霧がもくもくと流れていた。

これは父の力だ。父が、力を振るっている。

とても、静かだ。


けれど少し遠くでは、騒いでいる。

カッと緑色の光が立ち昇ろうとして、途中で終わって消えていく。


ッ!

急に地面が震えた。

リィリアは驚き、父は少し顔をしかめた。


ド! ン! ・・・ッャ!


振動が近づいて来て、リィリアを抱える父が身体の向きを変えた。

父が険しい顔を向ける。


それでも、伸ばされた手に、腕に、リィリアを渡した。

リィリアの夫のソライテンに。


ソライテンは蒼白な顔で、リィリアを見ていた。

それから受け渡されたリィリアを強く抱きしめた。

「リィリア・・・!」


リィリアは泣き声を上げた。

夫婦の契約印を通して、ソライテンがどれだけリィリアの喪失を恐れたのかが、伝わっている。


えっ、えっ、とソライテンに縋って泣くリィリアを、ソライテンは声も出せずに抱きしめている。


「直接の転移ができないからな。これで最速なのだ。許してやれ」

と、父が冷えた声で、リィリアたちに言った。

リィリアが震えて、ソライテンは無言のままだ。

だけど強い感情が流れて来る。

リィリアは未だに恐怖を収められていないし、ソライテンは喪失への恐れを深くしたままだ。


リィリアはやっと言えた。

「ごめん、なさい」

ごめんなさい


ソライテンは無言のまま。『また』失う事をどれだけ恐れたのかが、契約印を通して伝わり続ける。


「この国は、許された」

とポツリ、と父が冷えたままの声で言った。


「・・・何だ」

とソライテンが尋ねた。

ソライテンと父は、同じ時代から生きている強者同士だ。リィリアを抜いても交流を持っている。


「ノクリアが。仕方ないと言ってくれた。喜べ、ソライテン」

と、父は笑った。

「この国ならば、一人残らず殺して良いと、言っているぞ」


黒い霧が流れる中で、ソライテンはリィリアを抱きしめたまま顔を上げ、父を見た。

「そうか」

と、ソライテンは呟いた。


「足りないが、仕方ない」

「あぁ、でも」

と、ソライテンは笑った。


「やっとだ」


瞬間、少し遠くで、メリッという音がした。

リィリアが見ると、そこにあった大きな建物が消えていた。チラチラ出ていた光が無い。


「一人残さず」

「あぁ」

父とソライテンが、力を放った。

黒い霧が周囲に立ち込める。その中、さまざまな音が、遠くから聞こえた。


***


「空から押しつぶすような能力か? ソライテンだろうか」

と、ドラゴンの姿で現場の近くまで現れたイーギルドは、背に乗っている姉セディルナと愛妻サァアクィアラに教えた。

「良いのでしょうか」

と恐々とイーギルドに返事をしたのは、愛妻だ。

「その、せっかく、全面戦争をしないでいたのに・・・」

少し落ち込んだ様子だ。

イーギルドはどう返答したものかと少し考える。


ちなみに、姉のセディルナは黙ってジィッと、イーギルドの背、つまり上空から、瞬く間に人間の国一つが滅んでいく様を見つめていた。


「父は、攻撃を仕掛けてこない限りは、と常々言い渡していた。余程の事があったからだろう」

「これから、どうなるのでしょうか・・・」

愛妻は心細そうに尋ねて来る。


「最悪、全面戦争だろうが・・・愚かな事だな。人間は全滅を望むのか」

「でも、ノクリア様も、イフェル様も、人間ではありませんか。セルリエカちゃんだって悲しみます」

「サァアクィアラ。心配しなくて良いわ。お母様も、ルディアンお兄様も、私も、人間が好きなんじゃないのよ。イフェルが好きなの。だから、イフェルさえいれば、他の人間はいらないのよ」

セディルナが飄々(ひょうひょう)と、事実を告げた。

愛妻は口を噤んでしまった。きっと、その事実を受け止めているからだろう。


「お父様はねぇ。お母様が泣いて止めるから、イフェルを含めて人間を残したのよ。でも、本当は殺したかったの。ねぇ、サァアクィアラだってそうでしょう? スピィーシアーリも、諦めてるだけだって教えてくれた。生き残っている長命種は、親しいみんなを殺されて、人間に復讐を考えている。私たちは強いのに、その後で生まれたから、ちゃんと実感できないだけで」


「・・・リィリアが捕らえられそうになった。そこにいるのは、父とリィリアとソライテンで間違いない」

「リィリア様を?」

「そうだ。兄が情報をくれた」


「馬鹿ね」

と、酷く冷たく、セディルナが呟いた。

「結果を予想する能力すら、持たないのかしら」


***


なんということだ。


人間の国イフィルにいる本体の俺。その額に、縦ジワが深く表れている。

セルリエカに同行中の黒猫の額も同様だが。


「全面戦争になる」

「・・・」

頭を抱えつつも教えた俺の横には、妻のイフェル。


しばらく互いに口を閉ざし、先にイフェルが切り出した。

「この状況下で、魔王サマの可愛い末娘を攫おうなんてマネ、する方が悪いのよ」

「おい、そんな常識的な事を言っている場合かよ。一国で済まないぞ。それにセルリエカは有名だ。今、人間の国々を移動中なんだぞ!」

敵視されて被害にあったらどうすんだ!


「セルリエカは、ルディアンが絶対守りなさい!」

「当たり前だろ!」


「有能だっていう、4人の得難い兵士もよ。良いわね」

「分かってるよ! 当たり前だろが、俺を何だと」

「世界で一番強い男」

じっとイフェルは事実を宣告する審判員のような真面目な表情で、俺を見つめた。

俺は厳粛に頷いた。


「セルリエカは任せろ。イフェルはどう動くんだ」

と俺も真面目に答える。少し心配だ。

この国で、セルリエカの前に王をしていた妻イフェルは、じっと考えるように答える。

「ルディアン」

「あぁ」


「私は、セルリエカが心地よく生きていく事の出来る世界を望むわ」

「・・・あぁ」

同感だ。俺も頷く。


「どうせなら、一掃した方が、私たちのためになるのかもしれない」

「一掃?」


「私は」

と、イフェルは仕方なさそうに笑った。

「可愛い我が子と愛しの旦那様がいたら、他は捨てても構わない浅はかな人間なんだわ」


***


魔族が。魔王が。人間の国を潰した。半日もかけずに。

その話は、数日あれば完全に人間中に広まった。


「馬鹿じゃね?」

と、勇者ダイチは大仰に首を傾げた。

「お前ら、さんざん、俺に悪口言ってたろ。さっさと消えろだとか間違いで呼ばれたカスだとかさ。それが何今更? おい、分かってる? 馬鹿だろ? なんで俺が、助けないといけないの? 命がけで? 俺、お前らに全く愛着とかないし」


顔色を変えてすがろうとする人間たちを、勇者ダイチは軽く蹴り上げる。止めるように足に縋っているから、そうしないと動けないという理由であるのだろうけど。


「はー? 金銀財宝で、俺の命と代えられるわけないだろ。ちげーよ、これは、俺への慰謝料。わかります? い、しゃ、りょ、う。異世界から誘拐された俺への、償いの金だよ。支払って当然のモンなの。それで魔王倒せとか、はー? 被害者によくそんなコト押し付けられるよねぇ?」


「ていうかさ、俺、腹減ってんだけど。ちょっとでも、俺がウマイって思うメシ食わしてくれるんならまだマシだけどさぁ。こっちの世界のメシ、本気でもぅマズイよな。あーあ、家に帰ってメシ食いたい。羊羹ようかん喰いたい」


はぁ、と勇者は大きなため息をついた。


***


「ダイチ。聞いて良い?」

「うーん。気が乗らない」


「でも聞くよ」

「お前も馬鹿だよなぁ、スピィーシアーリ」


「これからどうするつもり?」

「そうだなぁ」


「・・・セディルナ様は、きっと僕を探してくれている。キミなんて、すぐに八つ裂きだよ」

「それは無いだろ。俺、多分相当強いぜ」

勇者は、ボロボロの若者に向かって肩をすくめた。

「会いたいか? セディルナ様」


「会いたいよ」

「お前は、本当に正直者で嫌になるなぁ」

「ごめんね」

「良いよ。俺が殴ってやれば良いだけだから」

「痛いんだよ」

「そりゃそうだろ」

「じくじくしてる」

「ドラゴンのくせに弱いよなぁ、スピィーシアーリ」


「ねぇ、ダイチ」

「んー」


「僕は、セディルナ様が来てくれたら、ダイチなんて捨てて、セディルナ様のところに行くからね」

「無理だろ」

と勇者は不思議そうに言った。「俺の方が強いんだけど」


「・・・少し寝る」

「良いけど」


「・・・その前に、お願いがあるんだけど」

「眠たいくせによくしゃべる」


「セディルナ様が眠るのをなかなか許してくれないから、眠る前に話すクセがついてしまって」

「ははは」


「お願いだけど。写真を、見せて欲しいんだ」

「・・・ん」


チャラ、と細いチェーンが外される。


***


「魔王が、人間の国を襲ったという事を、知っているのか」


セルリエカは、その国の王には会えず、たった一人の士官に見下されている。

セルリエカは顔色を白くしながら、頷き、「はい」と答えた。


ちなみに俺は、さすがに黒ネコ姿では他国の王宮内に連れて行ってもらえないので、勝手に王宮内をうろついて盗み聞いているところである。


「その国は、わが国と友好な関係を結んでいた。その国を、潰したのは、あなたの祖父だ」

「は、い」


四人の兵士は、護衛ではあるが、身分が低い。貴族ですらない一般兵なので、この部屋には通されたが、壁際に立たされている。

兵士Aはじっと相手の表情を見つめている。Bの顔は強張っている。Cはセルリエカを心配しているのが良く分かる。Dはどうやら周囲に気を払っている。


うん。そうだな。この部屋を、多くの人間が囲んでいる。

罠だ。

とはいえ、この黒ネコの分体1つ潰せば守り切ることはできるだろう。

すぐ傍に、スピィーシアーリ探索に動いていた分体3体も集めている。どのようにも動く事ができる。


「粗末な者を誤って異世界から召喚した罪。魔族の血を受け継ぐという大きな罪。人間が、魔族などの支配を受けているのは、そもそもがあなたの国イフィルの失態から始まった事」

「それは間違いです! 人間が死なずに生きてるのは、お婆様とお爺様のお陰です!」

「ハッ。なぜ、魔族に感謝など。誤った環境で育つから、あなたはそのように曲げられてしまったのです。まぁ、そもそも」

と、そいつはセルリエカをあざ笑った。

「あんたが生まれたこと自体が、大きな誤りですが」

「!」

セルリエカが大きく震えた。


もう駄目だな、と俺は思った。

この国、もう駄目だ。


どうやって、殺そうかな。


もう、良いかな。親父だって一つ潰したんだから。

ここだって、俺の独断で殺しても、良いよな?

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