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6.末の妹

日付は変わりましたが2話目

ところで、俺や世界の半分以上は、勇者シマザキダイチについて危機感を募らせていたはずだ。

しかし、そんなところとはお構いなしの者たちもいる。

その一人に、俺の末の妹、リィリアも入っていた。


具体的に言うとだ。

リィリアは、こんな状況下、夫婦喧嘩をしていたのだ。


***


「馬鹿っ! ソライテンなんて、もう要らない」

と、リィリアは叫んだ。

「気に入らないなら、出ていけばいい」

と、リィリアの旦那、ソライテンは抑えた低い声で答えた。


リィリアはさらに泣いて叫んだ。

「私は! 浮気してやるから、ソライテンなんて捨ててやるから!」

「・・・それで気がすむなら、そうすりゃ良い」


リィリアは全く静まらなかった。

「ソライテンなんて、捨てて、勇者の元に走るから!」

「勇者? おい、待てよ」

ソライテンが眉をひそめたのは、勇者ダイチの素行の悪さは、すでに魔族の知るところにまでなっているからで。つまり、リィリアの癇癪とはいえ、ソライテンはリィリアを心配したのだ。


だけど、リィリアは馬鹿だった。ソライテンの事になると非常に考えが浅くなる。


一方で、リィリアは、自分が強者であるほどに強く相手を魅了する性質をきちんと知っている。

勇者ダイチが、異世界に行った兄のディーゼの息子であり、つまり半分は確実にこの世界の魔族の血を引いている・・・つまり、自分の能力が勇者にさえ働くはずであると判断していた。


「ソライテンなんか、知らないっ!!」

リィリアは叫び、毎回途方に暮れてしまうソライテンの目の前から姿をくらませた。


ソライテンが慌てて動き出す前に、リィリアはリィリアの言うことなら何でも聞いてしまう魔獣を使役し、あっという間に人間側にたどり着いてしまったのだ。


***


リィリアが、夫婦喧嘩を頻発してしまうワケを、一応、説明しておこう。

単純に、俺が、リィリアの旦那となったソライテンを気の毒に思っているからである。


本当、リィリア、勘弁してやれよ、と俺は呆れるように思っている。毎回。

その一方で、俺は自分の妻のイフェルを、ますます得難く思うわけだが。


***


リィリアは、母ノクリアが、己の特性を引き継ぐために生んだ娘だ。強い魅了の力を持つ。

母ノクリアは、望む性質を持つ子を産むことができる。


母は、能力制限をかけずに生んでしまった俺が、生まれた瞬間に母を求めたので恐れを抱いた。

母の望みのままに子ができると気づかないまま、5人目までが生まれたが、全ての恩恵を願って生まれた一番目の俺の能力はすさまじかった。そして、俺は伴侶に母を望んだ。

魔族において、血縁者同士の婚姻は全く問題ない。双方合意があればそれが全てだ。

俺は、制限を受けず生まれてきた強者であるがゆえに、恐らく父以上に、母に魅了されたのだ。


しかし、人間として育った母の倫理観では、息子が母を求める事は受け入れられなかった。加えて、母は父を夫と決め、そこから決して変えなかった。

なのに俺が母を求めて父と争うようになったので、母は、無意識に、次に生む子どもに能力制限をかけたのだ。


今言いたいのは。

母は、能力を引き継ぐために意図して生んだ6番目の子に、母の持っている倫理観において正しくあるように、家族を決して魅了しないようにと制限をかけたことだ。


このようにして生まれた末の妹リィリアは、しかし、生まれながらに魔王一家の末の可愛いお姫様であった。

つまり。魅了こそ通じないが、家族みんなから愛された。

そして、家族以外は、多かれ少なかれ、全てリィリアに魅了され、リィリアをチヤホヤした。すぐ上の兄、弱者として産み落とされてしまった5番目のディーゼの性格が卑屈になるほどに。


リィリアはセディルナとは違う性格をしている。

大人しく控えめでいながらも、自分が愛されている事を知っている。価値がある事を知っている。

つまり、リィリアは、自分が一番であるのが当たり前の世界で育ってきた。


***


そのリィリアは。

ある時期、両親と一緒に、世界の風景を見について回っていた。

他の兄弟たちはそれぞれ勝手に動いていたが、リィリアは基本的に大人しく、両親から見ても可愛い末の娘だったので、旅先にも一緒に行ったのだ。


そんな中で、リィリアは不思議なものを見つけた。

それから、リィリアは父を呼んだ。


魔王である父は、それが何かに気付いて驚いた。


先代の魔王の時代、魔族と人間が全面的に争っていた時代。

その時に、人間から封印された魔族の強者だったのだ。


リィリアの働きかけでほんの少し緩まった封印を、父と母がしっかりと解いた。

母は人間として生きていたので、人間の扱う術について、魔族の中では誰よりも詳しい。


封印を解かれて現れたのは、父に並ぶほどの強者の魔族だった。

リィリアは一目で彼に惚れた。

家族以外に強者がいない世界の中で、突然現れた、リィリアを超える強者だったのだから。


封印を解かれ、父や母から説明を受けた強者は酷く驚いたが、最終的には状況を正しく理解した。

本当はすぐにでも人間に報復に行きたかったが、リィリアがずっとそいつに抱き付いていて離れず、しかも本気で全力で魅了する意思を持って訴えた結果、強者の心もぐらりと動いた。ついでに言うなら、ずっと文字通りべったり張り付かれたような状態に困惑、報復に行くには非常に邪魔、ということも大きな理由となったようだ。


リィリアは自分が愛されることを疑わず、そいつにすぐに夫婦の契約を求めた。

そいつは強者であるゆえに知恵もあり、状況を把握してある程度落ち着いた上で、リィリアの熱意に負けた。まぁ結局強者なので、リィリアが全力解放した魅了の力によろめいたわけだ。


こうして。めでたくリィリアは強者の伴侶を得た。

同時に、父も地位の安泰を得た。突然現れた強者は、リィリアを妻とすることで、父に従う意思を示したからだ。

これには母がとても喜んだらしい。父の力となってくれる者が現れた上、娘にも想い人ができたのだから。


しかし、問題が発覚する。

リィリアが惚れ、夫としたその強者-ソライテンには、前の魔王の時代、まだ夫婦の契約までは交わしていなかったが、すでに想い合っていた者がいたのである。

強者で、口には出さずとも、いつも互いを気にかけていた。

けれどソライテンの想い人は人間側に殺される。直後にソライテンも封印を受けた。


それは終わった時代の事だ。今は昔。けれど確実に存在する過去。


ソライテンが過去の想い人を未だに思い出すのは仕方のない事だと、俺たちは思っている。

特に、ソライテンは戦いの最中で封印され、意識もずっと無かった。つまり、時間を飛ばして目覚めたせいで、過去が俺たちよりひどく間近にある。封印の直前に目の前で殺されたという想い人を思い出したり、考えてしまうのは仕方のない事だ。

それは、リィリアが理解してやらなくちゃならない。


だけど、リィリアは、ずっと全てから可愛がられて生きてきた。常に一番だったのだ。

だから、ソライテンが何かの折に、他の人を想うのがリィリアには耐えられない。


だから。リィリアはソライテンと、結構な頻度で夫婦喧嘩を起こす。

ソライテンは毎回途方に暮れる。

リィリアが、自分を受け付けなくなるからだ。


思い出すのを怒っているのは分かる。

だけど、思い出すのを止めろと言われても無理な話だ。

今の状態がソライテンのリィリアへの全力。これ以上を求められても、ソライテンには難しい。


だけど、リィリアがそれを許さず泣くのなら、不幸にしてしまうのなら、リィリアのために別れた方が良いのでは無いかと、ソライテンは考えてしまう。

だから、リィリアの癇癪を、ソライテンは旨く宥められない。距離を取って、『好きにすればいい』と言ってしまうのだ。


で。だ。

今回、こんな事態の最中に、リィリアたちはまたも夫婦喧嘩をしたらしい。


***


どうやら、リィリアも気づいていたようだ。

勇者シマザキダイチが、この世で並ぶもののない強者であると。


ソライテンが過去を忘れられないなら、ソライテンを捨てて、さらなる強者に鞍替えを。

癇癪を起して、そんな風に、思いついてしまったのだろう。

それは、ソライテンへの当てつけだったはず。


黙っていても、ずっとリィリアは他の者よりチヤホヤされてきた。

だから。甘やかされすぎの馬鹿なのだ。


俺や、イーギルド、セディルナやゼクセウムが探しても見つけられないのに、どうして勇者ダイチに会えると、リィリアは思ってしまったのだろう。


リィリアはソライテンへの当てつけの勢いのまま、人間側の場所に飛び込んだ。


そして、人間たちはすぐに気づいた。

リィリアが単独で、ノコノコと人間側に現れたという事を。


***


リィリアが、町に降り立ち、勇者ダイチを探すために少し町を歩いた程度の、頃合いだった。


急に、周りから人がいなくなった。

気づいて、リィリアは周囲を見回す。

その瞬間。


町全体が、檻のように緑色の線を紡いだ。


「!」

ギクリとリィリアの身体が強張った。本能で、不味いと察したせいだ。


硬直したリィリアの全身に、ヒュン、と縄のようなものが絡みつく。

驚いて見れば、縄のように見えるのは、人間の使う術で。文字がグルグルと流れている。


リィリアはとっさに叫んで助けを求めようとしたが、

ヒッ

という音が、漏れただけ。


リィリアは、叫ぶ事すら、ろくにできない自分を知った。


***


どうして、なぜ、と混乱している。

なにが、誰が、こんな事を。


全身に絡みつく緑色の術の糸に身動きできない。

リィリアは倒れる。けれど糸のせいで、ギシギシと鳴る。ゆっくりとしか倒れない。引っ張られて酷く苦しい。


『早くしろ! 魔王に気付かれる前に隠さなければ』

と、誰かが言った。

『完了です!』

と誰かが答えた。


リィリアは、突然思い出した。

母ノクリアが、人間として生まれた理由を。

リィリアからみて、母は完全に魔族。なのに、母は自分を人間だと言う。理由は・・・母が、人の国で生まれたから。育てられたから。


その理由は。母に繋がる遠い先祖が、人間に捕らえられて、ずっと利用されて。その結果生まれた一人が、母だったから。


母。弱いけれど、強者を魅了する事ができる。

母に繋がる、遠い先祖が・・・一番初めに、人間に狙われて、捕えられた。

その先祖は、死んだ後も、利用された。利用されて、他の魔族も捕まってしまって、その先祖の能力を継がせるために、人間は魔族に近いものを生み続けていて・・・。


それは、過去の話で・・・終わった話で・・・。

父が、人間が持っていた、魔族の身体を全て、回収したから。

だから人間は、もう魔族の力を使う事はできなくなって・・・。


でも。


リィリアは唐突に理解した。


繰り返されるのだ、と。


リィリアを捕らえて。おとりにして。他の魔族も捕らえて。

死んだ後も、利用して、人間は、魔族の力を、再び取り込む・・・。


リィリアは、良いように利用される。死ぬまで。死んでからも。


ドッと涙があふれてきた。


現実を理解できてしまったから。

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