5.探す
とある人間の国の一つで。
セルリエカは、護衛をしてくれている4人の兵士に一生懸命になぐさめられていた。
ついに大泣きしているからだ。
理由は、あのクソ勇者にある。
辿り着く国々で、罵声まで浴びせられるようになったのだ。
人々の目が増々冷たくなり、他国の王も、問題のある勇者を召喚した国の王、セルリエカを高圧的に見下す。
「ふぇっ、えっ、えっ、えぐっ」
会見中は耐えたのを心から褒めたい。セルリエカ、よくやった。
黒ネコの姿で、俺は一生懸命にニャーニャーと鳴き、今は、両手で涙をぬぐいながら泣いているセルリエカをなぐさめた。
白ネコもスリスリと身体をセルリエカにすりつけて慰めようとしている。
兵士も声をかけてくれる。
「あんなに辛く当たらなくても」
「全くです。大人げない」
「どうか泣き止んで下さい。どうぞ、これでお顔を拭いてください」
「・・・セルリエカ様が悪いのではないと、俺は思います」
一生懸命彼らなりに気遣ってくれる。
この4人はセルリエカの味方であるように思う。
そう思うと、今回の一件は、この4人を見つけられたことを喜ぶべきかもしれない。
一方で、セルリエカは8歳児とはいえ国王だ。責められてもそれを受け入れる器が求められる。
今は幼く、うまく言い返せないのが悔しいが、負けないで欲しいと親として願ってしまう。
しかしだ。セルリエカは8歳児とはいえ一国の王だ。
なのに、他国の王から完全に見下されている。尊重や協力の姿勢が全くない。
何だ。
お前ら、潰されたいか?
俺は、多方面に苛立ちを覚えた。
人間どもは本当に碌でもない。
あの勇者を勝手に召喚したのは事実だが、力を恐れて手を出さず好き勝手にさせて勇者をやり過ごしておいて、セルリエカには居丈高に文句を言う。
セルリエカには偉そうに振る舞う事ができるからだ。
イライラとする。
イライライライラ。
***
一方。ある山の中。
セディルナが、叫んだ。
「イーギルドッ!!」
無言のイーギルドの背に隠されているイーギルドの愛妻のサァアクィアラがビクリ、と跳ねるようになる。
構わずセディルナは自分より背の高いイーギルドの胸倉を掴みにかかり、つめをたてた。
「スピィーシアーリの気配がっ入らない! 無いいぃっ!」
「気配。夫婦の契約印を通してもですか?」
驚き、静かに確認したイーギルドに対して、セディルナは喚いた。
「無い! 無いのよっ! うぁああああ! スピィーシアーリィ!!」
急に喚き始めたセディルナの言葉に、イーギルドの背から、愛妻が恐る恐る「イーギルド様」と不安そうに呼ぶ。
イーギルドも眉を潜めた。
夫婦で気配さえ掴めないというのはただ事ではない。
「ダイチ。ダイチ。シマザキダイチッ!」
震えるセディルナから、怒りが噴出されていく。空気がビリビリと震えていく。セディルナ本体の身体に稲妻のような模様が、まるで亀裂のように入ってくる。
「セディルナ。落ち着いてくれ」
「落ち着かずに、イラレルカァア!」
イーギルドを睨んだセディルナの顔面は真っ黒く変色していた。目が黄金色に輝いている。
イーギルドは少しだけ息を飲み、それから息を吐いた。
「探しに行きましょう。兄にも報告しました。許可も得ましたから」
「探す」
「はい。私の妻も同行する。・・・良いかセディルナ。絶対に私の妻に危害を与えるな。でないと、」
「分かった。行く。行こう」
怒りのために、短い単語を繰り返すようになってしまった姉を前に、妻を背に。
ゆっくりと、妻を潰さないように注意しながら、イーギルドは身体を変化させる。
イーギルドにとって一番適しているのは、ドラゴンの姿だ。
白いゴツゴツした姿になりながら、途中で、背に隠していた妻を首元に乗せる。決して落とさないように、隆起した骨で守ってやる。
「セディルナ。早く好きな場所へ」
声掛けに、ヒュッと呼吸音のみでセディルナが、巨体のドラゴンとなったイーギルドの背に飛び移った。
イーギルドは、スピィーシアーリの一番の寝床を崩さないように、ゆるやかに宙に浮かび上がる。
地上から距離を得た時、イーギルドは世界に向かって吠えた。世界への合図だ。
世界が、イーギルドに気付いて空を見た。
***
「ねぇ、ノル」
セルリエカが、黒ネコ姿の俺に話しかけてきた。そっと秘密話をするように。
「ミルと、ケンカしたの?」
『ミル』とは、セルリエカが白ネコにつけた名前だ。由来はミルクだ。
俺は、その問いに首を傾げてみせた。
セルリエカは俺を賢いと認識するようになっているが、だからといって全て通じるような賢さであってはならない。ので、分からない演技も必要である。
「うーん。ノルにも分からないかなぁ」
セルリエカは不安そうに呟いた。
その背後、白ネコが扉のところで詰めを研ぐように立ち上がったのを、慌てて兵士Aが板切れを扉と白ネコの間に差し込んだ。
ここ数日、白ネコは殺気立っている。理由を俺は知っている。スピィーシアーリの気配がセディルナに届かなくなったからだ。
今、セディルナ本体は、イーギルドの背にのり、世界を飛んでスピィーシアーリを探して回っている。
だけど、行方が掴めない。
何かあったのは間違いない。そもそも、俺たちが居場所を探して掴めないということ自体がおかしい。
勇者シマザキダイチの居場所も直接掴めないから、スピィーシアーリだけでなく、勇者シマザキダイチごと、隠蔽魔法でも使っている可能性がある。
俺も、スピィーシアーリについて心配している。
その一方で、俺たちに同行している白ネコの様子が日々ヤバクなる。怒りで顔面をピクピクけいれんさせるので、セルリエカたちも怯え始めている。
セディルナ、お前・・・。
ネコのふりが無理ならもうここから離れろよ。
「あっ! 割れた!」
「もう5枚目だろ・・・」
兵士AとBが嘆く。
白ネコの様子を見れば、兵士Cが慌てて新しい板を突っ込み、白ネコは気が狂ったように爪を向ける。
セディルナ。出てけよ。
シャッと、俺もつい、白ネコに向かって威嚇をした。
***
勇者シマザキダイチの、現在地は分からない。
だが、相変わらず、人間の世界では悪評だらけだ。
どうも順調に悪評を増やしている。つまり、少なくとも勇者の方は死んでなどいない。
だが。
「お付きの若者も、ボロボロになってたって。お付きの人にも暴力振るってるんだよ。怖いね」
などという噂も、出てくるようになった。
今までは、勇者シマザキダイチ一行の悪口だったのが、勇者への悪口、付き人への同情というものに変化している。
情報収集にと、あえて町の食堂にいってきた兵士BとDが町の声を拾ってきた。
『勇者と一緒にいるの、どうもつかまったドラゴンでさ。でも酷いもんだ、無理やり使われててさ、ドラゴンの姿になったら、羽がボロボロになってんだよ。血が流れたままだって』
『人の姿にならされてるらしいけど、首に鎖つけられててさ、動かないと無理やりひっぱって連れていかれててさ。魔族は嫌いだけど、あれはちょっと無理だねぇ』
とか、そんな感じ。
「・・・スピィーシアーリ・・・」
セルリエカも、スピィーシアーリには可愛がってもらっている。そのスピィーシアーリがボロボロだという話にセルリエカはショックを受けて、すでにしくしく泣きだしている。
俺も傍に行って顔を舐めてやるが、同情した兵士Aが気の毒そうにセルリエカの背を撫でてくれる。
で。
白ネコだが。
セディルナは、すでにこの場にいない。
きっと、兵士たちがこの話を聞いてくる前に、すでにどこかで噂を耳にしたのだろう。
この町に入った途端、白ネコはブルブルと震え、俺をカッと睨むように視線を寄越し、クァッ、とかみつく前のように口を大きくあけてみせ。
俺が、なんだよ、と思って見やっている中、プィッと後ろを向き、タァッと町の外に駆けて行った。
兵士Cがそれに気づいたが、白ネコを止める事はしなかった。
兵士たちも、白ネコの奇行に神経を使い疲れていたからだろう。
セルリエカは随分遅れてから白ネコが消えた事に気付いたが、兵士の
「一匹で走って向こうに行ってしまいました」
「ネコは本来気ままですからね」
となどという報告に、
「そっか」
と頷いただけだった。
心配しつつも、最近の様子がおかしい事は、セルリエカだって怯えつつ分かっていたのだから。
***
さて。スピィーシアーリが心配だった。
俺も動く事にした。
とはいえ、本体自ら行く必要はない。俺は妻イフェルの傍を離れるわけにはいかない。
なぜなら、人間が、俺のいない間に妻に何をするか全く信用が置けないからだ。
というわけで、分体を10ほど作って、探しに向かう。
***
「ルディアンお兄様」
「ん」
セルリエカたちからは遠く離れた人間の国にいる分体が、後ろから馴染みの声をかけられた。
分体の俺は後ろに意識を向ける。
屋根の隙間から地上を見れば、イーギルドの下の弟、ゼクセウムが俺を眩し気に見上げていた。
「お前、人の領域に来てるのか?」
犬の姿の分体のまま、地上に飛び降りて俺は聞く。
ゼクセウムは肩をすくめた。
「俺は、魔族と人間の調停役ですから。どっちにだっているよ」
「気を付けろよ」
「うん。十分に」
「で、今は何してる」
と俺は聞いた。
「今現在は、スピィーシアーリの捜索だよ」
「そうか」
「ルディアンお兄様は」
「俺もだ。気になってな」
「そうですか」
俺たちは眉をしかめた。俺たちが探して見つからない。余程の事だ。
「・・・おい。アイツは、スピィーシアーリの事を知ってるか」
と俺は嫌々、確認した。アイツとは魔王である父の事だ。正直自ら話題にしたくないほどに気に喰わない。
「もちろん。ただ・・・」
とゼクセウムは顔を曇らせた。
「お父様は魔王だから直接動くのを抑えている。事態は把握してるって言ってたけど」
「・・・抑える必要があるって事か」
「お父様が言ってる事だけど、勇者と魔王という関係は、対峙したら相手が何者か分かるって。だから、隠れて様子を見るのがお父様には難しいらしくて。いきなり殺し合いになったら不味いでしょう。だから、勇者ダイチがどういう性格か掴めないでいる今、直接会わないようにと屋敷にいるまま」
「ほー」
「ルディアンお兄様も、こんなに出歩いていて大丈夫?」
とゼクセウムは聞いてきた。
俺は考えて言った。
「所詮は分体だ。本体は城から離れない。イフェルが心配だからな」
「そうだね」
とゼクセウムも同意する。
妻のイフェルは、魔族の俺を旦那にしてくれた。だけど、それでイフェルもろともひっくるめて敵だと思っている人間もいる。それは間違いのない事だ。
少し様子を見ただけで、魔王を殺すために勇者を召喚するようなヤツらなのだから。
「分体で、勇者ダイチと会った事は?」
「まだ無い。だが、向こうに気付かれて攻撃されたら面倒だな」
「うん」
「分体でも負けるのは屈辱だからな」
「・・・勇者ダイチと殺し合いとか絶対しないでね」
「ゼクセウム。ダイチを見た事は?」
「まだ無いんだ。あのさ。ルディアンお兄様。俺は思うんだけど」
「なんだ。勿体ぶって」
「・・・ひょっとして、ダイチは、この世の誰よりも、強い?」
「・・・」
俺は無言でいた。
だけど、俺だって気づいている。
誰もが居場所を掴もうとしているのに、掴めていないのは。
向こうの方が、俺たちより秀でているからだ。
勇者はきっと、魔王よりも強者の俺にさえ勝てるほどの、強者なのだ。