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4.抵抗

勇者シマザキダイチは、起床後、スピィーシアーリに町に連れて行くように命じた。

食事を採るためだ。

「まぁ、この世界の料理、不味いんだけどな」

とスピィーシアーリの頭部の上で勇者はボヤく。


「本当に。不味いよなあ」

朝日の輝く中。勇者が指示したのは、まだ行ったことのない人間の国だ。


ひょっとして、人間すべての国に、天罰を?


スピィーシアーリには掴めない。


***


朝食に入った店で勇者はまた荒れた。剣を振り回すのでタチが悪い。

「くっそ不味いんだよ!」


人々は、傍にいるスピィーシアーリを責めた。

「あんた、何とかしてくれよ! 勇者のお供なんだろ!」

「いいえ。違う」

硬い声で返事をする。それ以上答える義理は無い。この状態は、お供などではない。まるで捕虜だ。

人化の水を飲んで人間の姿になったスピィーシアーリの顔や腕、各所に痣や傷があるのが人間にも分かるはずだ。


スピィーシアーリの頑なな声に、人間は顔を歪めて舌打ちをした。

「なんだよアイツは!」

罵るくせに小声なのは、聞きとがめられるのを恐れたのだろう。

けれど勇者の能力は人の範囲を超えている。小さな罵声に気付いて笑う。

「お前。世界を救う勇者サマに、何悪口言ってんだ、お前何様?」


軽く詰め寄って剣先を向けられた男の膝が震え始めた。

「なぁ、お前の方が偉いの? じゃあお前が行けば? 魔王退治。だってこの俺より上なんだろー? 俺より偉いんなら、じゃあお前が行けよ、命捨てて戦ってこいよ!」

ヒュッと風を切って降ろし、勇者は片手で胸倉を掴んでそのまま男を宙に持ち上げた。楽々と。


男が息をつめて苦しそうにするのを、勇者が嘲る。ドンと机に男を放り出す。

机の上の食器が大きな音をたてて机から零れ落ちる。


「嫌になるな」

と店内を見回して勇者は全てを見下した。

「料理は不味い、礼儀はなってない、命をかけてくれるものに感謝の気持ちが全くない!」


あーあ、うんざりだ、なんでお前らのために命かけなきゃなんないんだよ


と勇者は嘲った。


スピィーシアーリは気づいた。

そうだ。失念していた、と。


シマザキダイチは、命を懸けて、魔王と戦わなくてはならない。そのように呼び出された存在だ。


だから、それが嫌で暴れている?


だが、魔王の家族でないと知らない事実だが、勇者シマザキダイチは魔王の孫だ。戦わずに平和的に解決できるはず。

実際に、彼の姉、勇者リンはそうだった。


なのに彼は、暴れたくて暴れている。

スピィーシアーリは顔をしかめた。


***


いつも通りに勇者はあさましく愚かな振る舞いをする。人を馬鹿にして、物を勝手に漁って気に入ったものを勝手に自分の懐に入れる。

同時に、自分が召喚勇者だと大声で知らせて回る。


召喚勇者だ。俺を称えろ。俺のすることに文句をつけるな。

大人しく全てを差し出せば良い。こちらは命を懸けて魔王討伐にいかねばならないのだから。


なのに、実際には魔王討伐に行く気など全くなさそうだ。

大義名分を吹聴して、好きなように振る舞っているだけに見える。


初め、勇者は自ら人々に嫌われるような行いをしている、演技をしているとスピィーシアーリは感じた。

痛めつけられて、彼は本当にこのような性格かもしれない、とも思う。分からない。

だけど時々、奇妙な感じがする。

彼は本心を隠している。少なくとも心を開いてなどいないのだ。


この勇者は、この世界の誰にも理解を求めていない。


世界に、ただ一人だけ。


そう思った時に、やはりスピィーシアーリは奇妙な感覚に陥ってしまう。


勇者シマザキダイチは、たまたま、魔王の孫だ。

だけど、もし他の者が勇者として呼び出されていたら。


きっと本当に、勇者はこの世で一人ぼっちなのかもしれない。


彼は、それを訴えようとしているのだろうか?

召喚したことについて、怒って喚いて見せているのだから。


***


ところで、勇者シマザキダイチの、移動速度は速い。

現れて8日目なのに、すでに人間の国々の9割を訪れている。スピィーシアーリの飛行が大いに貢献しているが。

どうも、全ての国を周ろうとしているようだ。


一方、人間の国々では、すでに勇者について噂が広まっていたようだ。


昼食にと向かわされた新たな町で。

飛行中のスピィーシアーリは急にバランスを崩した。


「うわ!」

勇者も驚いて声を出す。

スピィーシアーリは体勢を立て直そうとしたが、さらにバランスが乱された。術が飛んで来たのだ。


真下に墜落しそうになるのを、勇者が力を使ってスピィーシアーリを引っ張るように誘導した。広場に滑るように落ちる。ダメージが比較的少なくて済んだ。


『発動:混乱付与:生命削除』

種族に特化された人間の術を使われたのが分かった。スピィーシアーリの身体から、どっと力が奪われた。

苦しくなってドラゴンのまま暴れそうになるのを、勇者がパン、とスピィーシアーリの身体を叩いた。

「落ち着けよ!」

ドン、と身体に重みが増した。急にスピィーシアーリは落ち着きを取り戻した。

どうやら勇者ダイチが何かの術をスピィーシアーリに使ったようだ。


見たところ、広場の周りには戦闘的な人間は見えない。だが、見えないだけで建物の中に潜んでる。

この広場に降りることができたのは偶然だ。

ならば、つまり、この町全体に、このような包囲網が敷かれていた?


「あーあ、がっかりだな」

と勇者ダイチは誰も見えない町に向かって笑った。

「呼び出しといて、次はこれか? うわーあ、信じらんねーな」


やはり演技している。スピィーシアーリはそう思った。


『発動:明光』

急に明るい光源が頭上に浮かぶ。視界が白んで目がくらむ。


「にんげんには、がっかりだなぁ」

と、奪われた視界の中で、勇者ダイチの余裕のある笑い声がした。


***


結果として、勇者はまんまと空に逃れた。

勇者は自力で空中浮遊できたのだ。勇者にとって巨体であるのに、スピィーシアーリを胸元から持ち上げて空に飛んだ。


当然追撃の術が襲ってきたが、あっさりと勇者は無効化した。


「もう、俺強すぎてドン引き。世界獲れそう。いっそ俺様魔王様」

などとスピィーシアーリを担いで空の上で呟いている。


それから、体格差で時折グラリとバランスを崩しそうになりながら、一歩一歩、宙を踏むように町の外に移動した。


***


草原の上に転がされる。

「あー。災難だねぇ、スピィーシアーリ」

勇者ダイチはそう呟いて、スピィーシアーリに絡みついた術の鎖をあっさり解除してくれた。


「ありがとう・・・」

とつい反射的に礼を言うと、勇者は無言でポンポン、とドラゴンの身体を叩いた。鼓舞するように。


どうして、自分を見捨てず、あの包囲網から連れて出てくれたのだろう。

スピィーシアーリは疑問に思う。


確かにスピィーシアーリがいた方が、空を飛んで早く移動できる。

足として必要だから、連れて出たのか?


だけど非常に不思議な事に、人間の町で襲われた時、勇者はスピィーシアーリを完璧に庇い、守ったのだ。

不敵に笑いながら、人間を罵りながら。


加えて、スピィーシアーリも、自分にできる攻撃をした。とはいえあまりに人間の町に被害を出しては、後々問題になると分かっている。せっかく平和になった世の中に、わざわざ火種を巻きたくない。

だから、せいぜい地面を震わせて相手の足元をぐらつかせたぐらい。それでも人間は攻撃できなくなったのだから十分に戦功はあげている。

そのスピィーシアーリの行いに、勇者は戦いの最中、

「おっ、やるなぁ」

と妙にのんびりとした声を零したのだ。

妙に平和的で穏やかな声にスピィーシアーリには聞こえた。

思わずこぼれた、本当の声?


分からない。

スピィーシアーリは、疑問を口にした。


「ダイチ。聞いて良いか?」

「何。良いけど」

と、珍しい事に、勇者は許可を出した。


「ダイチは、こうなることを、分かっていたのか?」

「ん? そんなわけないだろ」

と勇者は、鼻でスピィーシアーリを笑った。


「僕は、ダイチを守った。白炎を身体で弾いた」

「あー、あれな。助かったわ、ありがと」

思い出したように、少し首を傾げて宙を見るように勇者は言った。

「でもそれ言うなら、俺がいたから助かっただろ、お前も」

「それについては、ありがとう」

とスピィーシアーリも答える。


言っても、無駄だろうか。また鼻で笑われて、終わりだろうか。

下手したら殴られるかもしれない。

けれど、スピィーシアーリは知りたかった。どうしても理解ができなかったからだ。


スピィーシアーリは、アピールした。

「僕は、キミが世界に現れてから、ずっとお供をしている。その努力に、僕は報いてもらいたい」

「はぁ!?」

勇者の機嫌が悪くなる。

それでもスピィーシアーリは覚悟して尋ねた。どうせ殴られるとしても、真実を求めた結果なら、まだましだ。何も分からないまま殴られるより、知ろうとした結果の方が。


「きみが人間に、勇者への誠意と感謝とお金を求めるみたいに。僕は、ダイチに聞きたい。ダイチは・・・」

スピィーシアーリは気持ちを言葉に出しながら、表現を探した。

「ダイチは、一人で、この世界で誰にも心を打ち明けずに、何かを成し遂げるつもりなの?」

「・・・は?」

と勇者ダイチは顔をしかめて首を傾げた。


「ダイチは、世界に不本意に召喚された勇者だ。だからといって・・・いや、だから。誰にも言わずに、計画を完遂するつもり? キミは、すべてに嫌われようとしている。自分の正義を振りかざして、暴れている」

「・・・」

「何かあっても、ダイチは強いからなんとかなる。だからそんな風に振る舞ってる。だけど・・・僕を助けてくれたのは、どうして? 本当にダイチが酷い人間なら、僕は見捨てられるべきだった。空を早く移動したいというなら、僕でなくても良いはずだ」

「いや、お前しかドラゴン、知らないけど」

とどこか不思議そうに勇者は答えた。

「ドラゴンって憧れなんだよな。それをむざむざ殺させるわけないだろ?」

「そうなのか?」

とスピィーシアーリは確認した。

「そうだろ」

と勇者は頷いた。


おかしい。

何か大切な事を確認しようとしたのに、結局思い違いだったらしい。


困って、スピィーシアーリは口を閉じた。


「・・・言いたいのはそれだけかぁ?」

と勇者が肩に剣を担いで、黒いドラゴンのスピィーシアーリに近づく。


ひょっとして、前ぶれなく突然殺されるのだろうか。殺気などは感じないが、勇者の気まぐれな一太刀が相当な威力を持つことは確信できる。


だから、スピィーシアーリは口を開いた。何かを話したかったのは、恐怖を誤魔化すためかもしれない。

「背中が痛いんだ」

「あぁ、ボロボロだもんな」

と勇者は同意した。

そして、剣を持っていない方の手を伸ばしてスピィーシアーリに触れた。


ポゥ、と回復の術がかけられたのが分かった。

背中の痛みが取れた。


スピィーシアーリは驚いて、勇者をじっと見た。

勇者は、どうだ、と確認するように無言でスピィーシアーリの視線を受けて見つめ返した。


スピィーシアーリはまた言った。

「僕は、ダイチのことが、良く分からない」

「そりゃそうだろ」

と勇者は言った。


「話してくれれば、分かり合う事だってできると思うのに。きみは、本心を隠している」

スピィーシアーリは続けた。

「一人か二人か、何人か、きみの事をきちんと知っていたって、良いと思うんだけど。世界の秘密みたいになったとしても」

勇者は妙な顔をしてから、苦笑した。

「お前、スピィーシアーリって、変な事言うヤツだなぁ」

それから、勇者は先を促した。

「それで?」

少し優し気だと、スピィーシアーリは思った。


「一つ、きみの願いを、誠実に叶える。僕の倫理観に反したことはお断りするけど」

「なんだよそれ」

と勇者はまた苦笑した。だけど楽しそうだ。


「だから、お願いがある。僕に、きみが隠している気持ちを教えて欲しい」

「なんで?」


「・・・分からない。でも、全てを隠して一人いるのは、辛くないの?」

「へー。ふぅん」

と勇者は不思議そうに答えた。


少しだけ考えたようになってから、

「まぁ、そうだな。それでスピィーシアーリが仲間になるって言うなら、教えてやらなくもないんだけど」

と勇者は言った。

スピィーシアーリを試そうとしているのが、スピィーシアーリには分かった。


***


スピィーシアーリは、勇者を乗せて空を飛ぶ。

勇者が移動したいと言ったのだ。

誰も足を踏み入れないような、だけどスピィーシアーリがとても良いと思う景色の場所に連れて行ってくれと頼んできた。


だから、誠実に、スピィーシアーリが知る中で、一番良いと思う場所に連れていく。

雲の上に突き出た山の上。

そこには小屋が立っている。魔族が建てた小屋。つまりこちらは魔族の領域だ。


魔族の領域だと知った途端、

「まだ人間の国にいたいんだけどなぁ」

と不満そうに勇者ダイチは言った。

スピィーシアーリは詫びた。

「ごめんなさい。だけど、きみの言った条件には、人間の国の中で、というのは無かったから」


その言葉に、勇者ダイチは楽しそうに、ハハハ、と笑った。


小屋の傍に降り立つ。

スピィーシアーリは普段は黒いドラゴンの姿のままで、そこからの景色を楽しむのだが、勇者が小屋に入りたいと言ってきた。

「おい、人間になれよ。なれるんだろ?」


その言葉に、スピィーシアーリは期待した。

ひょっとして、人間の姿になったなら、何かを打ち明けてくれるのではないか。


人化の水はまだ残っている。それを口に含んで、スピィーシアーリは人間の姿に変わる。

ドラゴンの姿からの体格差で、宙から落ちるように現れるスピィーシアーリを、勇者は妙な真顔で見つめていた。


勇者はスピィーシアーリに小屋の扉を開けさせる。

それから勇者が先に踏み入り、スピィーシアーリも入るように命じた。


そして、勇者が聖域を展開した。魔族が一切関知できない完璧な結界。


***


勇者シマザキダイチは、独り言のように言った。

「お前が協力するなら良いんだけどなぁ」

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