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3.被害

セディルナというのは、俺のすぐ下に生まれた妹だ。

ちなみに俺たちは基本的に人間の姿をとっている。これは、母であるノクリアが人間の姿以外になれないからだ。母の本質は魔族だと俺は思うが、人間の国で作為的に生み出されていた存在で、母体が人間のため、純粋な魔族にはない制限が色々ある。

というわけで、家族は基本的に人間の姿であるが、父の性質を受け継いでいればいるほど、身体を変化させられる。父の性質を最大限に使えるように生まれた俺の本来の姿は、濃い魔力の塊だ。どんな姿にもなることができる。

一方のセディルナは、母が、母の友人をモデルに生んだために、変化があまり得意ではない。人型を基本とし、本体は他の形になれない。ただし、父と同じに、力を分けて分体を作ることができる。その際、妹にとって最も効率よく自在に動かせるのが、ネコだ。


さて。

まさか、セディルナにかち会うとは思わなかったな、と俺は思った。

妹の得意分野の分体がネコなので、他の兄弟がネコになるのを嫌がるのである。そこを逆手にとって、娘にこの姿が俺だとバレないようにとネコになったのだが。


案の定、窓の外で、白ネコは黒ネコの俺の姿をジトッとした目で睨んでいる。

不満そうだ。


俺は無言で首を傾げてみせた。

世の中の魔族に、ネコ化を禁ずる、なんてルールはないだろう?

勝手に不満に思ってろ。


俺もジィと冷たく見下す。

白ネコはフルフルっと身を震わせた。どうやら俺の態度に、苛立ったらしい。


一方で、

ぺし

と、白い前足で窓ガラスをたたいてきた。


「ニャー!」

と、セディルナは鳴いた。


にゃー

と俺も投げやりに答えた。


ペシ、にゃー!

ペシペシ、にゃーにゃにゃー!


セディルナが窓の外で、静かながらに騒いでいる。

多分、入れろと言っているのだろう。


やだよ。俺の可愛いセルリエカが眠ってるんだぞ。こんな時間に窓開けて部屋に冷気を入れたくない。


ぺしぺしぺし! にゃーにゃーにゃー!


そもそも、俺もお前もネコだろう。おかしいだろう、ネコが勝手に窓開けるとか。


ニャッニャニャニャー!!


セディルナが窓の外で本格的に騒ぎ始めた。


仕方ない。

俺はネコにしては器用に力を込めて、窓を開けてやった。


「ニャッ!」

セディルナが一声上げて部屋にするりと入ってくる。

俺は黒ネコの姿で、また器用に窓を閉めた。


「ニャッ、ニャニャニャニャー!!!」

煩い。俺はため息をついた。


セディルナが怒ったように俺に体当たりを仕掛けて来る。

なんだよ、面倒くさ。

俺はスィと避けて、繰り出されてきたネコパンチを手を伸ばして白ネコの頭を抑えつける。

「・・・ニャ」

静かにしろ、と俺は言いたい。

「にゃ! にゃにゃにゃ!」

何を怒っているのかさっぱり分からん。


それもこれも、娘のセルリエカに正体がバレないように、お互いに能力をぎりぎり抑えた分体を出しているからだ。つまり、ネコらしくしか話せない。そして俺たちは本当のネコではないので、このような場合、会話が通じないのだ。


なんだか勝手に怒っている白ネコを踏みつけて黙らせる。俺の下でバタバタしていたが、結局何をしようと俺の方が強いのだ。しばらくしたら暴れるのを諦めたらしく動きが止まる。

面倒くさい。

と思いつつ上からのいてやる。


すると、白ネコ姿のセディルナは、部屋の中を見回し、俺の可愛いセルリエカがスゥスゥ眠っているのを傍にいって確認した。スンスン匂いを嗅ぐので俺も傍に行く。

ペロリ、と勝手にセルリエカの頬を舐めたが、セディルナだってセルリエカを気に入っての事なのだから大目に見てやる。


ベッドからまた床に飛び降りる白ネコに、俺はベッドの上に留まって見降ろした。


ニャア

と、白ネコが一声鳴いた。

なんだ。だから何言ってんのか分からん。

これがイーギルドなら、どんな姿でも思念で会話できるんだが、他の兄弟にはそれが無い。


ニャアニャア

と、今度は、訴えるように白ネコが鳴いた。

だから何だ。


うにゃあ・・・

白ネコが途方に暮れたように俯き、それからまた俺を見て、うにゃあにゃあ、と情けない声を上げた。


にゃあ、ニャアニャアニャア、にゃあにゃあ・・・

フルフルと白ネコは震えながら俯き、床に座り込む。

ニャアニャア、ニャア・・・


俺も床に降りた。正面に座り、様子を眺める。


ニャア・・・


お前、泣いているのか?


訴えに来たか?


「ニャッ」

と俺は言った。

セディルナが弱った姿を見せるのはかなり珍しい。妹のセディルナはプライドが高く上から目線が好きな強者だからだ。


それなのに、こんな姿を見せるとしたら、きっとセディルナの旦那、スピィシアーリに何かがあったのだ。


だが、お互いネコの姿だ。

これでは埒が明かない。本体に確認に行くべきだろう。

なら、イーギルドを使いに出すか。イーギルドに見てもらえれば、すぐさま俺に思念で状況を報告してもらえる。


とはいえ深夜だった。

イーギルドにも家庭がある。あいつの邪魔はしてやりたくない。


明日の朝まで待つべきか。


***


勇者シマザキダイチに命じられて、深夜に黒いドラゴンが飛ぶ。

空に複数の月があるのが、勇者には珍しいのだという。だから、空から見たいのだと。


「おい、スピィシアーリ。ドラゴンっぽく、ここでブレスの一つ二つ、吹いてみろよ」

「・・・」


「おい、聞いてんだろ」

ゴン、と頭部に衝撃が入り、黒いドラゴンの軌跡が揺れた。

ただ拳を打ち付けるだけなのに、酷く重たい。

きっと、すでに満身創痍になっているからダメージが入りやすいのだろう。


ヨロリ、と飛行姿勢を立て直して、スピィシアーリは仕方なく口を開いた。

「無理だ。僕はそんな種族じゃない。・・・もっと上位者なら可能になるけれど、僕はそうじゃない」

「弱いもんな」

コンコン、と今度は、剣の柄で頭部を叩かれた。


「なぁ、この世で、一番お前が良いなって思う場所ってどこだ?」

などと勇者は尋ねた。

スピィシアーリは口を開かなかった。

大切な奥様の傍だ、なんて言いたくもないし、勇者の求める答えはそこでもないと分かっている。それに万一口に出して、勇者が奥様のいる場所に向かいたいなどと言い出される可能性を恐れたから。


「・・・好きな人の傍とか言うなよ」

と、笑った声で、勇者が言ったのでスピィシアーリは心底驚いた。動揺して、飛行ルートがぐらつく。


一拍後、忍ぶような笑い声がスピィーシアーリの頭上から聞こえた。勇者はスピィーシアーリの頭部にいるのだ。


「セディルナ様か」

と楽しそうに勇者は言った。

スピィーシアーリはまた動揺した。


妙に親しさが込められた声に聞こえたのだ。


確認するべきか? いや、危険を冒すべきではない。


勇者は、スピィーシアーリから自白を強要して勇者の興味ある情報を引き出した後、面白そうにスピィーシアーリを殴ったのだ。

蹴って殴って、魔法まで試して、スピィーシアーリの弱さと、己の強さを確認して、彼は満足そうに笑って見せた。

最終的に気を失ってドラゴンの姿で倒れてしまったのを、勇者は今度は回復させた。

性根の腐っている事に、全回復ではなく、痛みを持ちながらも、ギリギリ動けるライン程度に。


だから今も、動けるけれど、背骨に痛みが走る。

だけどもう、逃げる事は無理だと、スピィーシアーリは察していた。


どうしたら良いのか、分からない。

更なる痛みから逃れるために、勇者の気まぐれな命令を受け入れて、彼の足になってしまう。


こんなに実力差があっては・・・他の者に助けを求めても、助けを求めた相手に被害だけをもたらす。


どうして良いのか、分からない。


***


勇者が降り立てと命じた岩場にスピィーシアーリは降り立つ。

ここはまだ人間の領域だ。けれど山の上なので、人間の住まいは近くには無い。


勇者はスピィーシアーリの頭部から飛び降りて、改めて周囲を見回し、目を細めてまた月を観賞した。

「今日はここで寝るか」

と勇者が呟いたので驚いた。

人間にとって居心地の良い場所ではないからだ。

高い山の上だから大きな岩がゴロゴロしている。風も強く吹いていて、寒いはずだ。


あまりに不思議で、スピィーシアーリは尋ねた。

「町に行かないのはどうして」

「・・・」

勇者は少し奇妙な顔で無言でスピィーシアーリを見やった。

それから、まじまじと言った。

「スピィーシアーリの話し方って子どもみたいだよな。『どうして?』『なぜ?』」

そうして肩をすくめる。


スピィーシアーリは少し違和感を覚えた。なんだろう。


黒いドラゴンの姿でジィと勇者を見つめていると、勇者はまるで、気を取り直したように笑った。

「ドラゴンを枕に寝るって、楽しそうだから。お前が枕」

「・・・」

スピィーシアーリは違和感の正体が掴めないながらも、また尋ねた。

「僕が、眠っている間にきみを襲う事は考えないの?」

「俺の方が強いから、無理だろ」

うっそりと笑うのに、やはり奇妙な感覚がくる。


「僕は。子どもで良いから、教えてもらえないか」

「あぁ?」

勇者は急に不機嫌になった。


「ダイチは、何をしたいのか、教えてくれないか」

「言うわけねぇだろ」

と、勇者はおどけたようにしてから真顔を作ってみせ、それからすぐ吹き出した。

「自分勝手に勇者召喚なんてする世界に、天罰が下ったんじゃねーの」


「天罰って。だけど、ダイチが、荒そうとしているだけだ」

「バッカだなぁ、スピィーシアーリは。何も分かってない。勇者は魔王を倒すために呼ばれたんだぜ? 身勝手に、都合よく」

勇者は語った。

「身の程知らずに、思い知らせてやるよ。勝手に呼び出して、思い通りに行くと思うから、馬鹿なんだってな」

「それは、人間に?」

スピィーシアーリは尋ねた。自分を除き、勇者は今のところ、人間の世界で暴れている。呼び出したのが人間だからか。


「お前は本当にアホウだな」

呆れたように勇者は言った。

「お前さぁ・・・」

と言いかけて、勇者は表情を切りかえた。スピィーシアーリの胸が騒いだ。切り替える前、勇者シマザキダイチは、本音を零しかけていた。少し真摯な眼差しが、見えたのだ。


彼は、何かを企み、そして隠そうとしている。

スピィーシアーリにはそう思えた。


だけど、決して油断してはならない。彼は、スピィーシアーリの身体を易々と痛めつけたのだ。


「魔族だって天罰を受けるべきだよな」

と勇者は光る月を背負って笑って見せた。

「お前ら、基本的に甘いんだよ」


その言葉は、妙にスピィーシアーリの心に残った。


***


枕を命じられて、スピィーシアーリはそのまま口をつぐむことになる。

勇者はスピィーシアーリの腹に持たれかかって眠ってしまった。


***


一方。

翌朝。宿屋で目を覚ましたセルリエカは驚いた。

「ネコが増えてる!」


ニャッと白ネコがまんまと返事をするので、ポコッと黒ネコの俺は頭を叩いた。

お前、正体を隠す気あるのか? 野良は普通、返事しねーよ!


「ノルのお友達?」

とセルリエカが尋ねてくるのを、しっぽを揺らすだけに。


セリエルカは魔族と人間のハーフだ。下手を打つと正体がバレる。そうしたらセルリエカが傷つくだろう。自分で頑張っていると思っているところに、親がずっと着いてきていたとあれば。


そのあたり、セディルナにもよくよく伝えておかなければ。


***


朝すぐに、俺は思念で弟のイーギルドに指令を送っていた。

『どこにいるか分からんが、セディルナの本体のところに言って話を聞いてきてくれ!』と。

イーギルドはすぐさま、魔族の世界を探し、セディルナの居場所を突き止めた。


スピィーシアーリの一番のねぐらにいた。スピィーシアーリはドラゴンなので、種族的に岩場がねぐらだ。


ただし、妹のセディルナはあまりそこにいない。岩以外周りに何もないから退屈になるのだ。

なのに、泣きながらそこでスピィーシアーリを待っているという。意味が分からん。


イーギルドが思念で伝えてくれた。

『スピィーシアーリが勇者ダイチに半殺しの目に。一度意識が途切れたと。スピィーシアーリが逃げられない状況らしく、あの姉が自責の念で泣いています』


うーむ。

本体に送られる思念を受け取りながら、俺は、傍の白ネコを眺めてみる。

今、妹である白ネコはグルグルと喉をならし、俺の娘にコビを売っている。この妹にとって、他者は自分を可愛がるために存在しているらしい。

まんまと娘に撫でてもらって嬉しそうな白ネコに、俺の額には縦皺が。


随分スピィーシアーリが厄介なことになっている。

イーギルドに確認してみる。

『俺がスピィーシアーリを奪還しに行った方が良いと思うか?』


正直、会った事がないために、力のほどが分からない。


『相当強いようです』

と、イーギルドから返事が来た。

『妻が調べてくれました』

『・・・なんでだ?』

と俺。


イーギルドの妻は、岩石に関係の深い種族だ。

ちなみに、本来は強いのだが、強者は全て、父親の前の魔王の代で人間や勇者に殺されている。


基本的に、この世の魔族は全てそうだ。

当時まだ幼く弱い者ばかりが生き残った。

その中で、異世界から戻ることのできた父親だけが強者だった。だから魔王になった。


つまり、魔王である父、そこから生まれた家族以外、弱者しかいない。一部、例外はあったが。

基本的には、本来強くなれる種族であっても、今は弱い個体ばかりなのだ。


『昨日、勇者ダイチとスピィーシアーリが、岩場で休んだので、調査に向かった同族がいるという事です。スピィーシアーリは随分弱っているとも言っています。泣きそうだ』

『誰が。スピィーシアーリか、お前か、お前の妻か』

『妻が』

『なるほど。しかし勇者に気付かれる恐れがあるのを、勇気がある種族だな』

『・・・俺の役に立ちたいという妻のサポートを、一族が・・・』

『へー』


良かったな。

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