21.世界と予兆
ある日ある時。
イーギルドの封印が、ついに解けた。
飛びついて喜ぶサァサクィアラを巨大なドラゴンの姿で受け止めて、それから二人で後ろを振り返る。
息を殺すように、じっと見る。
しばらく見つめてから、イーギルドが穏やかに言った。
「大丈夫です。私が、ずっとお守りしています。だから安心してください」
まだ封印されたままの兄に向かうイーギルドに、一呼吸おいてから、そっとサァサクィアラが申し出た。
「私も、ずっとお傍に居ります。イーギルド様」
「ありがとう」
「はい」
幸せが満ちたように笑み合う。
「私の封印も解けたのだ。ルディアンお兄様もすぐ解けるはず」
イーギルドの言葉に、しかし、サァサクィアラが少し動きを止めた。イーギルドは微妙な変化に気付く。
「どうした、サァサクィアラ?」
「いえ、あの・・・」
イーギルドは不思議に思う。サァサクィアラはどうやら遠慮しているようだ。
「どうした?」
もう一度尋ねてみる。サァサクィアラはおずおずと、申し出た。
「いえ、私の、勘違いとは思うのですが・・・」
「勘違いでも良い」
「はい。あの・・・イーギルド様の封印と、ルディアン様とは、少しかかりかたが違うようですね」
「なに?」
イーギルドは、再び後ろの兄を振り返った。
兄は人型を保つのが難しいほど消耗していた。今は、丸い繭のような状態。不思議な卵のようだ。
「どうしてそう思う、サァサクィアラ」
「はい。あの、イーギルド様は少しずつ動いて、このように解かれました。イーギルド様のものが解けたという事は、封印は半分解けたという事ではありませんか」
イーギルドはじっと聞く。
「けれど、イーギルド様が解かれてこのように戻られましたのに、ルディアン様には特に変化が見えません。・・・思えば、この封印は、ルディアン様を封じるためのものでした。イーギルド様が盾となり、イーギルド様まで封じられていたのです。けれど術の本命はルディアン様、だとしたら、ルディアン様には解けにくい封印なのかもしれない、と・・・」
一気に訴えたサァサクィアラは、話しすぎたかとふと口をつぐんで顔を赤らめた。
恥ずかしがっているのがイーギルドには良く分かる。
今までは会話だけだったのが自ら触れることができる。イーギルドは潰さないよう注意しながらサァサクィアラをそっと撫でた。
「なるほどな」
と、イーギルドは告げられた内容に少し落胆を感じながらもそう答えた。
だがこれは傍で様子を見続けてくれた妻の感想。きっと、贔屓目に見てしまう自分よりも正しいだろう。
「まだ、ルディアンお兄様は、このままか・・・」
「あの、私の、勘違いなのかも、しれません」
余計な事を言ったかと落ち込みそうになるサァサクィアラを優しくなだめつつ、イーギルドはこう乞うた。
「なら、やはりここで守っていたいのだが。サァサクィアラは許してくれるか?」
「・・・はい! 勿論です!」
「ありがとう」
「ふふ」
イーギルドは、それから気が付いた。身体がどうも動かしにくい。
「大丈夫ですか・・・?」
「どうも、身体が固まってしまったようだ・・・ん? 変化できない」
「え?」
「姿を変えようとしたのだが。少し窮屈だからな」
サァサクィアラは不安そうにじっと見ている。
「長い時間同じ姿勢で固まっていたから変化を忘れてしまったのかもしれない」
「・・・まぁ」
冗談だと言えれば良いが、本気である。
「困りましたね・・・」
「ドラゴンの姿では、ここから出るのも難しいな」
サァサクィアラの顔が曇ってしまう。
「まぁ、そのうち思い出すだろう」
「はい」
コクリ、と頷いてくれる愛妻を見て、イーギルドは笑んでみせた。
***
ねぇ、ルディアン! 良い方法を思いついたの!
ね?
***
「王様、大変です!! 凶悪なドラゴンの封印が解けたと報告が!」
***
イフェル。聞いてくれ。
シマザキダイチが、召喚時に、何を人間どもに乞われたかを!
**
人間だからって一括りにしないでください。
俺たちは、セルリエカ様がとても良い子だって知ってます。
***
私も、その、勇者の顔を拝みに行ってはいけないだろうか? その、・・・
ノクリアは館にいた方が良い。留守番を頼みたい。
しかし、その、皆が戦いに行くというのに、私も参加したいと、それにイフェルのいる国だから、・・・
ノクリア。我々で十分だ。顔をみせにいくだけだ。そんなに落ち込むな。
***
あいつはセルリエカのために怒ってくれる。
あいつは多分、本当は、俺たちに会いたかったんじゃないだろうか。
ならせめて、顔は見せてやりたい。たとえ和やかな場にならなくとも。
イーギルド。頼めるか? どうもあいつは、本心を話すことを極端に警戒している。つまり、こちらも極秘裏に進めた方が良い気がする。
あいつが俺たちに見せているのは、結論に至った上での表面だけのように見える。
え? いや、スピィーシアーリの態度がな。なぜか、正しく協力的に見えたんだ。セディルナの元を離れてるってのに、自分の意志もあって従っているように見えた。つまり、一見して分かるようなものではないものが、含まれている。そう思う。
***
「なぁ、ルディアン様。召喚されてさ、魔王とか倒さないと帰れないって、酷いよなぁ。でもさ。俺、別に帰らせてもらわなくても大丈夫だぜ? だって俺、もう超強いし。人の力なんて頼る必要ないしな!」
***
そういえば、ディーゼは、シマザキハナに会うために、何度も、自分から異世界に行こうとした。
こちらから、別の世界に行く方法は存在するのだから。
そして、実際に、異世界に渡ったきり。
ディーゼは、自ら他の世界に行く方法を、息子に伝えてあるのでは。
このシマザキダイチは、召喚された勇者でありながら。
条件を満たさずとも、自分で元の世界に行けば良いのだ。
帰して貰わなくとも、自分の力で帰ることができるのだ。
***
「ほんと、魔族サマもさぁ! 勇者召喚なんてされてんじゃねぇよ。ばっかじゃねぇの!」
***
普通に会えれば良かったな。
だけど、会えたことは、嬉しいよ。
そして、お前は、俺たちを助けようとしてるって事も。
感謝するよ、勇者ダイチ。
***
ねぇ、ルディアン。
召喚の術ってね、毎回、進歩させてるのよ?
ふふ、違うわよ、本なんて焼いても同じよ同じ、人間の記憶力を馬鹿にしないでちょうだい。
で、ね、この術なんだけど
***
ある国の創世記メンバーの言葉
『世の中って、何が良いのか悪いのか、俺のような馬鹿には良く分からないって思う。
だから、俺みたいな馬鹿は、好きか嫌いかで判断してさ。それが世の中にどんなに大事かとか、分からないから、もう関係なしで、好きだ嫌いだでやってしまおうと思う。
そうじゃなきゃ、俺たちみたいな普通のには、何もできないと、俺は思う。
違うよ、俺は偶然、みんなの先頭に立ってしまっただけでさ、俺なんて、ずっと兵士Aとか呼ばれてたんだぞ。名前なんてないぐらいの、只の兵士の一人なんだ』
***
みんな。
今日はこの町の歴史を教えましょうね。
ここに住んでいるのは、天空人です。誰かに聞かれたら、そう答えるんですよ。
空に浮かんでいる町に住んでいるんです。
浮かんでいない? ふふ、そうですね。でもそれは秘密。シーッ。
だって、浮かんでいるって思った方が、楽しいし夢があるでしょう。ふふ。
***
良いですか。
この世界には、勝手に、人を呼びだしてしまう術があるんです。
そこにいっても、慌てる事はありません。
今からちゃんと教えてあげますからね。
何をすればいいか。
そして、この町の歴史のことも、きちんと教えてあげますよ。
良いですか。魔族を倒せ、などと言う人は、悪い人です。
この町を滅ぼそうとする考えを持っている人たちなのですから。
この町の人たちは、昔、そのような悪い人たちに大変な目にあったたくさんの人のうち、幸運にも直接、神様に助けてもらった人たちの子孫ばかりなんですよ。
そして、多かれ少なかれ、皆、セルリエカ様の、そしてこの町の神様たちの血を受け継いでいるのです。
***
「確かに、封印が解かれたようです」
「3匹目のドラゴンが現れてしまったと言うのか!?」
「予言の通りになってしまったらどうする。3番目が世界を滅ぼすなどと」
「馬鹿な、そんなものを信じてはいけません」
「しかしドラゴンに襲われてはひとたまりもない! その昔に人間に封じられ、人間を酷く恨んでいると聞く!」
***
あのね。術を、こっそり、差し替えていくの。どうかしら。
差し替える・・・?
そうよ。ちょっとずつ、ちょっとずつ。人間は改良していくから、術は毎回少しずつ違うものなのよ。それをね、こっそり、私たちのものに変えていくの。仕込んでいくのよ。
仕込む。どうやって。
そっと。アイデアを練っている時に、囁いてみたり?
ははは。イフェルって怖い女だよな。
もう。酷いわね。真面目に提案しているの。私たちのセルリエカのためよ!
分かってる。そうだな。それ良い案だよ。ぜひ、仕込もう。世界中の術に。・・・ごめんな、からかっただけだ。機嫌直して。
***
ある場所にしまいこまれた古書
『人間の国々の中に、極秘に、魔王の領域といわれる場所が存在する。
ただし、そこに封印されているのは神である。
つまり魔王が、善良な神を封じたのだ。
勇敢なるものは、その地を訪ね、スクェリの枝を捧げ、トールトスの池の水を、オルリティアの石で作った盃に注ぎ、飲み干すが良い。
封印されてもなお、神は善良な者になら、大いなる知恵と力を貸してくださることだろう』
***
俺たちは、ルディアン様が守ってくれたことを忘れない。
人間が招いた勇者に滅ぼされた国の民を、救ってくれたことも。
英知備える王を寄越してくれたことも。
たかが夢だったとしても。ルディアン様が現れて頼んだんだから。
意味のない事かもしれないけど、俺はやりたい。
なぁ。みんな。
***
一人は封印を調べ、一人は暗号めいた記録に残し、一人は別の地に混ざり、一人は
***
「王よ! 異世界から勇者を招くほかありません!」
「だが、大昔は、その勇者によって滅ぼされた国があったというではないか! 禁術だと! 賢者も予言している、災いを招くだろうと!」
「馬鹿な、予言などと! 現実と歴史を見ろ、勇者は一人の例外を除き、魔王討伐の手段として有効であり、人間の最後の切り札であった!」
***
混ぜちゃうのよ。私たちの術を。
召喚なんてしなければ良いのに、してしまったら天罰が下るだけ。
異世界なんかに届かせない。ねぇ、この世で最も強い『人間』は? この町の人々でしょう。魔族化しかけて、人には無いほどの魔力と強さを備えている。でもそれ以外は人間でしょう?
だから、呼ばれて降りるのは、この町の、私たちの町の誰かよ。そのように術を変えるわ。
セルリエカにもお願いしましょ。未来に備えて。
正しい歴史と共に、伝えてもらうの。
***
***
***
洞窟には、美しい精霊がいるという。
精霊に許してもらえれば、巨大なドラゴンの場所まで案内してもらう事ができるはず。
ドラゴンの問答に勝てたなら、きっと対面を許される。
捧げものを忘れずに。
そうすれば、真実と力を神は与えてくれるだろう。




